第17話 変わる関係、変わる呼び方
「これからも雛森と一緒にいたいな」
「……えっ」
俺の言葉を聞いて雛森は愕然としていた。
「は、早河君。いきなりどうしたんですか?」
「雛森さ、もう今日で俺と関わるのは最後にしようって考えてない?」
「っ……」
図星の反応。
どうして分かったの? と、雛森の表情が問うていた。
「ここに戻って来る途中、女子生徒が俺と雛森の事を話してるのを聞いたんだ。それで戻って来たら雛森が思い詰めている顔をしてたから、もしかしたらって思って」
「……さっきの人達が言っていました。私達が一緒にいるのは変だと。それに、学校の人達が同じような事を言っているのも耳にしました」
学校の人達……美術の授業で俺と雛森がペアを組んだのを知っている生徒達か。
雛森と俺は、振った振られたの関係。
そんな二人が一緒にいることに疑問を感じる人はいるだろう。
でも……
「一番大切なのは雛森自身がどう思っているかだ。それに、俺と雛森が一緒にいるのを周囲がとやかく言う筋合いも権利もない」
「そ、そうかもしれませんが、で、でも……」
もしも雛森が、周りの目を気にして俺と関わらないようにしようと考えていただけなら、話はここで終わっていただろう。
でも、まだ終わりじゃない。
「雛森は、告白を断った身である自分が一緒にいると俺に辛い思いをさせてしまうとも考えているんだな?」
「……は、はい」
実際、雛森は俺に気を遣ったり負い目を感じているような態度を見せていた。
雛森は俺の事を思って、考えて……こんなに悩んで、苦しんでいる。
その責任は俺にある。
雛森にこんな思いをさせてしまっている自分に嫌気がさす。
自己嫌悪に陥る。
本当なら、もう関わらない方が良いのかもしれない。
でもそれは、雛森の本心を聞かないで勝手に決めてはいけない。
お互いに腹を割って話す必要がある。
「私は早河君の優しさに甘えて一緒にさせてもらっています。でも、私が一緒にいることで早河君が辛い思いをするのなら、私は……」
「俺は今日、自分から雛森を誘った。もし一緒にいるのが辛いと思ってるなら、そんなことはしない。それに辛いというなら、雛森が俺と関わらなくなる方がもっとずっと辛い」
「ど、どうしてですか?」
「最初に言ったように、俺は雛森とこれからも一緒にいたいから。そしてそれだけじゃなくて、俺は雛森と……友達になりたいから」
「っ」
雛森の瞳が大きく見開く。
「……雛森」
俺は自分の気持ちを改めて包み隠さず伝える。
「俺は雛森と友達になってこれからも一緒にいたい。そして今日みたいな楽しい時間をまた一緒に過ごしたい。これが嘘偽りのない俺の気持ちだ。だから次は、雛森の本心を聞かせてくれないか?」
俺は今日、ストーリーで何度も見た雛森が心から楽しんでいる時の笑顔を、幾度も目にした。
でも楽しんでいるからと言って、雛森がこれからも俺と一緒にいたいと思っているかは、彼女の本心を聞くまでは分からない。
俺は雛森の言葉に従う。
それが俺にできる唯一の……
そして少し間を置いた後、雛森は意を決してこう紡ぐのだった。
「私も……です。私も、早河君とお友達になりたいです。そして、これからも早河君と一緒にいたいです」
「ありがとう。なら、そうしよう」
お互いがそう望んでいるのだから。
「は、はいっ!」
雛森は力強く頷いた。
さっきまで暗かった雛森の表情に、ようやく明るさが戻る。
今日、雛森と腹を割って話せて本当に良かった。
もしそうしなかったら今の関係を築く事は絶対に出来なかったし、お互いにしこりが残っただろうから。
「改めてこれからよろしくな、雛森」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺達の関係も、ただのクラスメートから友達に変わったのだった。
この先何か言って来る人が現れるかもしれないが、大切なのはこの関係を俺達自身が納得していることだ。
「よし……じゃあ、帰るか」
「……」
雛森は不満そうな顔をする。
「もう帰るんですか? さっき私ともっと一緒にいたいと言ってくれたのに……」
「い、いやでももう遅いし……」
「ふふっ。冗談です。ごめんなさい」
どうやら雛森は俺を揶揄っている様子。
気兼ねなく冗談を言ったり揶揄ったりする雛森を見て、俺達の距離が縮まっていると実感する。
「まったく……これ以上遅くなったら雛森のご両親が心配するだろ」
「……」
「雛森?」
「あの……早河君。一つお願いがあるのですが……」
「なんだ?」
雛森は頬を微かに赤らめ、少し恥ずかしそうにしながらこう言うのである。
「その……せっかくお友達になったのですから、これからは……な、名前で呼び合いませんか?」
「えっ」
「だ、ダメ……ですか?」
雛森に上目遣いで懇願されたら断れるわけないじゃないか。
それに、俺もそうしたいと思ったから断る理由もない。
一度、大きく深呼吸をする。
そして……
「わ、分かった……さ、沙紀」
「はいっ。晴哉君」
沙紀は満面の笑みで喜びを露わにしたのだった。
◇◇◇◇◇
———翌日。
「おはようございます、晴哉君」
「おはよう、沙紀」
登校して沙紀と挨拶を交わすと、周囲の生徒達がざわめき出す。
昨日、俺達の間に何があったかを知らないのだから当然か。
「……」
「ん? どうした、篠原?」
「……別に。なんでもないわ…………ばか」
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