第4話 モブの恩返し
休み時間の一件がキッカケで噂は急速に沈静化し、その後は何か言われるようなことも特になかった。
田中は苛立っている様子ではあったが、十分懲りただろうし今後は大人しくしているだろう。
もしまた何かちょっかいを出すようなら、その時は———
「……ゲーセンでも行くか」
寄り道せずに帰宅するつもりだったが、気分転換にゲーセンへ立ち寄る事にした。
中へ入ると、学校帰りの学生でいつも以上の賑わいを見せていた。
「さてと……」
目的があって来たわけじゃないので、とりあえず適当にぶらぶら歩いて回る。
クレーンゲームコーナーを見て回っていると、予想外の人物が視界に映った。
「え、篠原?」
そこにいたのは学園の女神様こと篠原玲奈だった。
篠原は何やら真剣な表情でゲームをプレイしている。
……何か欲しい景品でもあるのだろうか?
でも、篠原がゲーセンに来ているのは正直意外……というか驚いた。
ギャルゲーの設定では篠原はゲームがあまり好きではなかったし、ストーリーでも主人公と一緒に遊びに行く時ぐらいしか足を運んでなかったからな。
「……早河君?」
篠原が俺に気付く。
「奇遇だな、篠原」
「そうね。早河君はどうしてここに?」
「偶々近くを通りかかったから、ついでに寄っただけだ。そう言う篠原は?」
「私は……この景品が欲しくて来たの」
その景品とは可愛らしいクマのぬいぐるみだった。
「前に妹と一緒にここに来た時にこのぬいぐるみをすごく欲しがっていたから、あの子を喜ばせる為に取りたいのよね」
妹……結奈ちゃんの事か。
結奈ちゃんは篠原の歳の離れた妹である。
そして、実は篠原はかなりのシスコンだ。
結奈ちゃんが喜ぶ為なら何でもやってあげるぐらい献身的で、そして結奈ちゃんを泣かせたり悲しませたりする奴には一切容赦無い。
まぁ、そんな奴は俺も許さんけど。
「でも……」
財布を確認して、篠原は深いため息をついた。
どうやら手持ちを使い切ってしまったらしい。
「残念だけどまた出直すわ」
「ちょっと待ってくれ」
踵を返そうとする篠原を呼び止める。
「丁度さっきのお礼がしたいと思っていたから、このぬいぐるみは俺が代わりに取って篠原に譲るよ」
「気持ちだけで大丈夫よ。あれは早河君の為にやったわけじゃないって言ったでしょ?」
「でも、勝手だけど俺は恩を感じてる。だから恩返しさせてくれるまで、何度でも頼むつもりだ」
「……本当に勝手ね」
俺が引かない事を察したようで、篠原は諦めたような表情を浮かべる。
「……分かったわ。それじゃあ……お願いしてもいいかしら?」
「おう」
「でも無理はしないで」
「大丈夫だ」
今の言葉は虚勢ではなく本音。
モブキャラにだって特技はある。
前世でクレーンゲームマスターと呼ばれていた俺にかかれば、ワンコインもあれば十分だ。
アームの位置を調整してボタンを押すと、アームがぬいぐるみを持ち上げそのまま取り出し口へと運ぶ。
「す、すごいわ。たった一回で……」
篠原は衝撃のあまり言葉を失っている。
ゲットしたぬいぐるみを篠原に渡す。
「ほ、本当にありがとう」
「どういたしまして。妹さん、喜んでくれると良いな」
「……」
篠原は何か言いたそうな顔で俺を見つめる。
「早河君って……優しいのね」
「え?」
「な、何でもないわ」
その後、篠原を出口まで見送る。
店を出る直前、篠原は立ち止まりこちらを振り返った。
「早河君……また明日ね」
「お、おう……また明日」
まさか篠原とこんなやり取りを交わす事になるなんて……
また明日……か。
あれ、明日って確か……
◇◇◇◇◇
———翌日。
今日は重要な日だ。
なぜなら主人公———立花優斗とヒロインの初めてのイベントが発生するのだから。
「おはよう。早河君」
「お、おはよう。篠原」
登校してきた篠原と挨拶を交わす。
篠原から挨拶されたのは初めてだったので、驚いて少しぎこちなくなってしまった。
「ねぇ、早河君」
「どうした?」
「次の休み時間、少し時間を貰えないかしら? その……伝えたい事があるの」
…………え?
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