第3話 女神様を敵に回すべからず

「よう、早河」


 休み時間になってすぐ、一人の男子生徒がニヤニヤと嫌味な笑みを湛えながら俺のところへやって来た。

 ……なんだ田中か。


「お前、雛森に告白したんだって?」

「……ああ。したよ」


 今更嘘をついても仕方ない。

 むしろより否定すると面倒な事になりそうなので、素直に認める。


「お前みたいな奴の告白を雛森が受けるわけないって、する前から分からなかったのか? それとも、もしかしたらって期待してたのか? だとしたらキモい勘違いすんなよ陰キャが。身の程を弁えろ」


 随分と言いたい放題言ってくれる。

 そもそも、何でコイツにこんな事を言われなきゃいけないんだ? 

 お前、関係ないじゃん。


 雛森は今、日直の仕事で教室にいない。

 偶然ではなく、田中が雛森が教室を出たのを見計らったからである。

 

 それからも田中は俺に罵詈雑言の雨を浴びせ続ける。

 しかし、それも長くは続かなかった。


 なぜなら———


「おい———」

「ちょっといいかしら?」


 さすがに我慢の限界が来てしまったところで、突然予想外の人物が割って入って来た。


 声の主———篠原玲奈は読んでいた本をパタリと閉じ、田中へ視線を移す。


「っ」


 篠原は冷え切った眼差しで田中を射竦める。

 その迫力に気圧され、田中は息を呑んだ。

 クラスメート達の注目が篠原に集まる。

 

「さっきから随分と好き勝手言っているけれど、どうしてわざわざそんな事をするの?」

「そ、それは……」

「そもそも田中君、あなたは無関係でしょ?」

「……」


 どうやらぐうの音も出ないようだ。


「なら、余計な口を挟むのはやめなさい。それと悪口を言うのも、人の事を見下した態度や物言いもね」

「べ、別に俺は早河を見下してないし、それに悪口を言ったつもりもない。ただ俺は忠告とアドバイスをしていただけだ。高望みせず身の丈にあった恋愛をした方が良いってな」

「高望み?」


 篠原は小首を傾げる。


「ああ。相手は学園の聖女様だ。片やスクールカーストトップの雛森、片やただの男子生徒の早河。明らかに釣り合ってないだろ」

「それはあなたの主観でしょ? でも、その理屈で言うなら……田中君も人の事言えない事になるんじゃないかしら?」

「っ」


 一体どういう意味……あっ、そう言えばゲームでは田中って篠原に振られてる設定だったな。

 篠原は雛森と並んで学園が誇る二大美少女だ。

 片やスクールカーストトップの学園の女神様、片やただの男子生徒の田中……さっき自分で言った事が綺麗に跳ね返っている。

 

 田中は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに逃げるようにして教室を後にした。

 田中が去った事でクラスメート達の緊張の糸が切れる。

 中には呼吸をずっと我慢していたのか、大きく息を吸ったり吐いたりしている生徒も見受けられた。


 そんな彼らを見渡しながら篠原は続けて言葉を紡ぐ。

 

「あなた達もよ。傷心中の人を慰めるのではなく、馬鹿にしたり笑い者にすると言うのはどうなの? 自分が逆の立場になった時の事を考えてみたらどうかしら?」


 反論は誰からも上がらなかった。

 皆んなバツの悪そうな顔をしている。


 シーンと静まり返る教室。

 その静寂を破ったのは、日直の仕事から戻って来た雛森だった。


「え……な、何かありました?」


 教室の重苦しい空気を感じて、あたふたする天使様。

 そんな愛らしい姿に思わず目惚れてしまいそうになる。


「篠原」

「何かしら?」

「ありがとう」

「……早河君の為じゃないわ。隣で騒がしくされて読書に集中できなかったから、静かにしてもらっただけよ」


 勿論それもあるのだろう。

 でも俺は、気が強くて人にも自分にも厳しい篠原が、とても優しい一面を持っている事を知っている。

 それに、本来なら俺がどうにか対処すべきだったところを篠原に助けてもらったのだから、感謝するのは当然である。


「それでも……ありがとう」

「…………」


 篠原はそっぽを向いてしまう。

 この時彼女の頬が少し赤みを帯びていたのだが、その事に俺が気付くことはないのだった。

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