第13話 †  教会での結婚式  †

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「わざわざありがとうございました」

 お父さんが腰をかがめて玄関まで出てきた。

「ところでね、有希子さん。せっかくだからね、真咲さんと最後に教会の前で写真を撮っておかないかしら」


 お母さんが、部屋の奥からウェディングドレスを出してきてくれた。

「お姉ちゃんが結婚式で着たドレスなんだけどね、お前の最後の晴れ姿をこの目に焼き付けておきたいの」


 岡野 有希子さんの、うわぁというなんともいえない歓声に似た吐息がもれた。

「お姉ちゃん結婚したんだ」

「去年の秋に銀行員の人柄のよい同い年の人と挙式をあげたのよ」


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「そうなんだ、お姉ちゃん幸せだね。写真はある?」

 お母さんが急いで箪笥の奧に取りに行った。

 写真の中のお姉さんはとても綺麗だった。

「お姉ちゃん幸せそうだね」

 どこか遠くの外国で式を挙げた時の1枚のスナップ───。

 お姉ちゃんが、隣の優しくて誠実そうな有希子にとってお兄さんになる人に腕を回して愛しそうに寄り添っている。

「よかったね、お姉ちゃん。小さい頃から、お姉ちゃんの後ろを追っかけて走り回って、お姉ちゃんのもの何でも欲しがったりしてよく困らせたけど、今となっては全てなつかしい。いい思い出だよ」

「有希子にとって家族ってどういう思い出なの?」

「どうしたの、お母さん」

「ちょっと聞いておきたいと思ってね」


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「うん……優しくて、どこかほんわかしていてよい意味で家庭的で。それでもちゃんと厳しくしつけてくれたいいお母さんだった。お父さんは、真面目で誠実で勤勉で、多少仕事人間なところもあったけど。わたしを1人の人間としていつも認めてくれて、独立心を育ててくれたね。負けず嫌いなところもお父さんに似たのかな?」

 お父さんが、こらこらというように。相好を崩して有希子さんをお茶の間で眺めている。


「家族の反対を押し切って芸能界入りしちゃってごめんね?」

「いまとなってはね」

 お母さんがあきらめたというように、天井を仰いだ。

「なんで、あの時。あんなに頑固だったのかしらね? 有希子は」

「なんでかな?……自分の可能性を試してみたかったのかな? 夢だったの。ブラウン


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管の向こうの世界は、とても華やかでみんな輝いていて。その先に果てしなくキラキラしたおとぎ話のような夢の世界が広がっているような気がしたの。それでね……。その憧れの世界に、バーン☆て飛び込めそうな気がしたの」

「それでどうだったの、有希子」

「うん。頑張ったよ。睡眠時間2時間の時だって弱音を吐かなかったし、ロケバスの中の冷めたお弁当にだって文句ひとつ言わなかったし。仕事も最初は楽しかった」

「どこで、どうなって……歯車がひとつづつズレていっちゃったのかな? 有希子さん」

 弥生が話の矛先をちょっと変えてみた。

「思うように時間もとれないし、せっかくの休みの日もプライバシーが全くなくて、外に出るとすぐに写真を撮られるし。色々、ストレスがたまってきちゃって。ノイローゼ寸前になって、逃げ出したくなったの」

「逃げ出しちゃってどうだった?」


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「よくなかった……結局、なにひとついいことなかったの。苦しかった……」

「ちゃんとこの世の世界に、決着をつけような? 有希子さん」

「うん……」

「有希子、こっちこっち」


 有希子さんが小さい頃から通っていた聖書教会までの道のりを有希子さんの家族と、弥生、真咲さんとで一緒に歩いた。

「なつかしいわね、有希子」

 垣根の続いた家並みに門灯が幻想的に光る。

 幼い頃から、有希子さんを知っている人達が犬を連れた散歩がてら、会釈で通り過ぎていく。

「この田園のあぜ道も覚えているの? 子供の頃によく遊びに来たでしょう?」

「うん、春には蓮華の花が一面咲き誇って、花飾りにして遊んだ。たんぽぽの茎で草笛をつくって鳴らせたね」


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「いちど、家に大きいねずみがひっかかったことを覚えている?」

「覚えている。チーズより油揚げの切れ端の方が大好物だったね? あのネズミさん」

「けっきょく、ネズミ捕りで捕まえたんだけどこの田園に放しにきちゃったね」

 楽しい思いで話に花が咲いて、いっこうに話は尽きる気配がない。

「おかしかったわね。犬を飼っていたことも覚えている?」

「ハッシィーでしょ? なつかしいね。可愛かったね」

「うちに来てすぐの時、自転車の輪っかに首を突っ込んで抜けなくなってね」

「ドジだったよね、お父さん」

「数時間かけてやっと抜けたときには、ホントほっとしたよ」

「あぜ道をどんどんどん……って勝手に1人で走っていって……」

「コケたでしょ!?」


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「そうそう」

「すごい勢いで走ってて、ドテっていきなりぶっ飛ぶように泥だらけの田園の中に転がって行っちゃって」

「おかしかったよね」

「側を通った親子連れが、すとんきょうな声をあげてね。あのタヌキこけた。こけたってね」

「タヌキじゃないってね!?」

「傑作だったよね」


「あれ!? あそこにいるのハッシィーじゃない?」

 数メートル先の電信柱の陰に、白くて目に茶色のブチのある鼻が真っ黒の犬の姿が見えた。

「ハッシィー、ハッシィー!」

 犬はどんどんと走ってきて、最初に有希子さん、次にお母さん、最後にお父さんにじゃれついて鼻をなすりつけた。


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「みんな帰ってきたね」

「そういえばもうそろそろお盆だね」

 走馬燈がくるくると回っているのが垣根越しに見えた。

「ハッシィー、覚えてくれていたんだ?」

 白くてブチのある、なんともいえず愛嬌のあるハッシィーは元気よく尻尾をふりながら、こくんとうなずいた。

「よかったね、有希子。もうちょっとで着くからね。ほら、教会が見えてきた」

 教会へとなだらかに続く坂をなつかしい思いを込めながら、一歩一歩かみしめるように登っていく有希子さん。

「もうこれが最後なんだよね」

 弥生は有希子さんと一緒に、満点の星の空を眺めた。

「終わりがあるから、生きているものが愛しいんだよきっと」

「今日のことをよく記憶に残しておいてね、みんな」


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 みんなで星空を見上げた。星の光は何億光年もかかってこの星に降り注ぐ。

 今見ている光は、ずっと昔の光りで、その長い歴史を刻む星でさえもう滅んでいるかもしれない。

 でも、確かにその光りを受け取ったよ。


「弥生さん、弥生さん。もう着いたよ」

 白くて大きな十字架がシンボルマークの白い教会が暗闇の中にひっそりと建っていた。


 ───悩めるものは門戸を叩きなさい


 というガラス中の掲示板に書かれた文字。

「お父さんとお母さんは、どういう時この教会に来たの?」

「お前が生まれるずっと前にね。お前と同じくらい生きることに悩んでいた時間があったの」

「お互い若かったからね」


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 お父さんとお母さんが、ふふっと顔を見合わせて笑った。

「この教会で、お父さんとお母さんは結ばれたんだよ。そして、有希子とお姉ちゃんが生まれた」

「幸せなひとときをありがとうね」

「お父さんもお母さんも本当にお前のことを愛していたんだよ」

 教会の裏に回ると、庭木に神父さんが水をあげていた。弥生が声を掛けると、水をやる手を止めた。

「最近暑いですからね。日中の日照りが強い時に水をやると木が弱ってしまいますからね。今、あげているんですよ」

 そして、岡野さんの両親を見て、

「お久しぶりです。どうしましたか?」

「有希子がね、有希子が帰ってきたんですよ」

「最後の晴れ姿を祝福してやって下さい」

 笠原神父の粋な計らいで、聖堂が開けられた。


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「飾り付けを手伝ってくれる、弥生さん」

 聖書教会の子供のお遊戯室のおもちゃとかクリスマスツリーの飾り付けのモールときら星の用具が詰められた宝箱を神父さんが持ってきてくれた。

 ぬいぐるみをぽんぽんぽん☆と参列者の席に置いていって。

 前後の椅子と椅子の間を金のモールでつないだ。

「なんだかメルヘンチィックでいいね」

「くまさんもぞうさんもお祝いしてくれてるよ」

 有希子さんと真咲さんが、弥生さんありがとうと笑ってくれた。

 聖壇のロウソクには、あかあかと炎が灯されみんなの安らかな笑顔の上で炎の幻影が揺れていた。

「小さい頃に、キャンドルサービスで白いロウソクを持って賛美歌を歌って回ったことを覚えてる?」


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 神父さんがなつかしそうに、有希子さんの聖母マリアのような形がよくて上品な白い額を見ながら話し出す。


「きみのキャンドルだけが一番早く溶けきってしまって。きみが困った顔をして。すぐに新しいロウソクをあげたら、笑顔が戻ったね」

「神父さん優しかった」

「きみはあの頃から、ほんとうに可愛らしかったよ。天使みたいにね」

 有希子さんが頬を赤らめて、真咲さんの方を振り返った。

「ティアラをはめるよ、有希子さん」

 白い可憐な花模様のヴェールのかけられた有希子さんの頭上に燦然と輝くティアラが被せられた。

「きれい、きれい。有希子さん!」

「真咲さんもせっかくだから黒のタキシードを着ましょうよ」


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 神父さんが教会の奧から、ちょっと古びた大きめのタキシードを出してきて、すぐに試着してみた真咲さんがダボダボなのがおかしくて。

 みんなでおなかを抱えて笑った。


「それでは、有希子ちゃんと真咲さんもっと寄り添って」

 ツーショットの幸せいっぱいの二人を写真に収めると。

 近所から噂を聞きつけて集まってきた人達から拍手と声援が飛んだ。

「おめでとう、有希子さん。幸せにね」


「有希子。いま、お姉ちゃんと電話が繋がったの」

 お母さんとお父さんが電話口で、有希子、有希子が帰ってきたのよ。いま、近くの教会で結婚式をあげてるの。と涙ぐみながら、それでも楽しそうに話している。


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「うん、うん。有希子に代わるのね?」

 白っぽいヴェージュの電話の子機が、次々と手渡されて最後に有希子さんのもとに辿り着いた。

「はい、有希子さん」

 笑顔で電話を受け取る有希子さん。


「お姉ちゃん、結婚したんだね。おめでとう」

 よく通る明るすぎる甘い声が教会中に響きわたって。

「有希子おめでとう。そばに行ってあげられなくてごめんね。見届けてあげたかったのに」


「ううん。有希子はもう大丈夫。おねえちゃん、わたしの分も幸せになってね」

「ありがとう……お姉ちゃんの中ではいつまでも有希子は可愛い可愛い妹だからね」

「うん……」


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 止めどなくこぼれ落ちる涙をそのままに、教会中から惜しみない拍手がいつまでも鳴りやまなかった。

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