第12話 & 最後のデート &
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「真咲さん最後に2人っきりでデートがしたいな」
「生きている間は、忙しすぎて普通のデートも出来なかったもんな」
真咲さんが同情したように、有希子さんの髪に手をやった。
「真咲さんの手、あたたかいね……やっぱり生きている人間の体はあたたかくて……涙が出そう」
泣きじゃくりそうになる有希子さんに。
「夏の暑い時はね、ちょっと涼しいぐらいが体にいいんだよ。ひやっとするぐらいがね。化けて出てきてくれて本当によかったよ」
「なに? その言い方……失礼でしょう?」
真咲さんのユーモアたっぷりの口調に、有希子さんの顔が綻んだ。
「今から海辺でデートしようか?」
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真咲さんのひとことで有希子さんと弥生の3人を乗せた車は一番近い海に向かって高速を走らせた。
時速のメーターは、ゆうに100km/hを越えていて。窓を開けるのが好きな弥生の耳元を風がびゅんびゅん通りすぎていく。
「飛ばしすぎ! 真咲さん」
「もう有希子には時間が残されてないからな。それはもう。飛ばす飛ばす!」
真咲さんの愛車で、流行りの POP-MUSIC をフルボリュームでかけながら海まで一直線に向かった。
なつかしい夏のナンバーが掛かる度に、心はさざ波のように揺れて、切ない気持でいっぱいになる。
夏の夜はなんだか感傷的になっちゃうね。
夜風はひんやり冷たくてとても気持が良くて、みんなで車を降りて夜道の散歩に出掛
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けた。真咲さんが足下の小石を拾って、腕を水平に滑らせるように、海に向かって投げた。
小石は、つつつつつ ─────っと5回海面に姿を現しては潜り最後に沈んだ。
「真咲さん、上手だね」
弥生も真似して小石を投げてみたけど、すぐには上手く投げられなかった。
「ちょっとコツがあるんだ。かしてごらん」
真咲さんが小石の持ち方を教えてくれた。
「こうやってひねるように持つ」
真咲さんの教えてくれた通りに先が丸くなった小石を投げると、今度は上手くいった。
「真咲さんは有希子さんのどういうところが好きだったのかな」
「聞いてみて、弥生さん。わたしも一度聞いてみたかったの」
「うん……」
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空を眺めて、少し伸びかけてきたヒゲを手でさすりながら真咲さんが感慨深そうにおもむろに口を開く。
「やっぱり素直な子だったね。もちろん愛嬌もあったし、礼儀も正しかった。親に可愛がられて大事に育てられたのが見ているだけでよく分かる子だったよ」
「ありがとう。真咲さんに会えてよかった」
真咲さんの顔が、なんとも言えないやるせない表情になって、じっと有希子さんの瞳を見つめた。
「Kiss していい?」
こくんと頷く有希子さん。
愛する2人は見つめ合った後、自然に体を寄せ合って口づけた───。
そっと目をそらす弥生の前で、
2人は長い長いあいだ、お互いの愛を確かめ合うように見つめ合っていた。
13 ‡ 親子の対面 ‡
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「でね、やっぱり最後にお父さんとお母さんに会っておかないといけないんじゃないかな」
弥生が最後にアドバイスした。
「自分を生んでくれて17才まで育ててくれた両親に挨拶をしておかないと、成仏させてあげない」
岡野 有希子さんは、涙を流して答えてくれた。
「親の反対を押し切って、芸能界に入って、こういう結果になって絶対こんな姿になって今さら会いに行ったら怒ると思うの」
「だめだめ、そんなの」
「でも……やっぱり会いたい。有希子を小さい頃から可愛がってくれたお父さんとお母さんに」
「そんなの当然だよね」
真咲さんが同情してくれた。
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「有希子ちゃんの家に一度電話してみようか。突然現れたら、きっとびっくりしちゃうからね」
真咲さんが黒いケータイをピピピッと押して、岡野 有希子さんの髪を優しく撫でた。
「大丈夫だからね」
有希子さんは、ずっと泣いていた。
トゥルルルー…… トゥルルルー……
ケータイが繋がって、有希子さんにとって聞き慣れたはずの声の主が出た。
「はい、岡野です」
「もしもし、真咲です。有希子さんと生前に交流がありましたテレビ明日のアシスタントディレクターです。仲のよい、お兄さんと妹みたいな関係だったんですけど」
「有希子がそちらにいってますか……」
押し殺したような、悲しみを精一杯堪えたような声がした。
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「そんな気がふとしたんです。またこの世に戻ってきたような……有希子がまだどこかで生きているような気がずっとしていましたから」
「ちょっと待って下さい……いま代わります」
真咲さんが、黒いケータイを有希子さんの白くて華奢な手にそっと握らせた。
「お母さん……」
「有希子、有希子なのね?」
「今から、会いに行ってもいい?」
「会いに来て……有希子」
電話のやりとりを側で聞いていた、弥生と真咲さんは、本当にほっとして。
「早速、今から行きましょう」
今度は真咲さんのマイカーに乗って岡野 有希子さんの実家に向かった。
外はもうすっかり暗くなって、車の走る音だけしか聞こえなかった。
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「岡野」という古びた木の表札が掛けられた二階建ての家の前には、ほんのりと門灯が白っぽく灯っていた。
車が滑るように家の前に止まると、中から慌ただしい物音が聞こえてきて。
門戸のガラスの向こうに二人の人影が見えた。
「有希子、有希子なの?」
お母さんがエプロン姿で現れた。
「お母さん、わたし…わたしだって分かる?」
「あなたのことを忘れたことはないの」
お母さんが涙をいっぱいうかべた潤んだ瞳で有希子さんの顔を見た。
「また帰ってきてくれたのね」
有希子さんとお母さんは、しっかりと抱き合った。
「また生まれ変わっても、お母さんの子に生まれてきてね」
「うん。お母さんありがとう。本当にお母さんの子でよかった」
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