第10話 ♪  いよいよ本番  ♪

-48-


 ♪ ダダダダーン・ダ・ダ・ダ・ダ・ダン ♪

 Mスタのテーマソングが高らかに響きわたり出演者の間に緊張感がきりりと走る。


「はい。モリタです」

「下北 さやかです」

「毎日暑いですね」

「熱帯夜がしばらく続くそうです」

「エアコンの故障に気を付けて」

 モリタさんのひとことコメントに続けて。


「今日は珍しい現象が起きます。お楽しみに」

 観客席からどよめきが起きて、出演者が新曲のMelodyと共に階段を次々に降りてくる。

「はい、有希子さん」

 白いマイクが渡されて、にっこりと微笑む岡野 有希子さん。


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「色とりどりの風船を降らすからね」

「楽しみにしてて」

「この子ネコのぬいぐるみちょっとバスケットに入れて持ってみて」

 小道具さんがいっぱい案を出してくれる。


「がんばってね。僕の楽曲を気に入ってもらえると嬉しいな。最後だからしっかり歌ってね」

 坂本 隆一さんが照れくさそうな笑顔で励ましてあげている。

「はい」

 髪をセットされながら、可憐そのものの笑顔をふりまく有希子さん。

「あの……伴奏のピアノは弾いてもらえるんですか?」

 恥ずかしそうにはにかみながら、隆一さんの目をしっかりと見つめて尋ねる有希子さん。

「まかせといて、僕が右手をこう上げて合図するから。歌い出しの時にこっちを見てね」


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「よかったね、有希子さん」

 弥生と有希子さんは、ぱちん☆と手を合わせて笑っちゃった。


「次の曲は、坂本 隆一さん作曲の……」

 モリタさんがそこで一呼吸置いて。

「Glassのハーモニー」

 続いて厳粛なMelodyが流れて、幕が上がると、広大な草原に一台のピアノと風に吹かれた美しい髪の少女のイメージでセットが出来上がっていた。


 坂本 隆一さんの美しいピアノの演奏を打ち合わせどおり振り返って、じっと聞き入っている岡野 有希子さん。

 右手を上げて、うんと軽く頷いて合図をする坂本 隆一さん。

 そっと風のように歌い出す有希子さん。


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 「出逢いは簡単

 別れはきっと訪れて


 生まれ変わっても

 きっとあなたとめぐり会う


 風はそよぐ

 この荒れ果てた地上に


 わたしは小鳥になって 歌うの


 緑と風のハーモニー

 谷間を流れていくの


 わたしは小鳥になって 現れて

 あなたはきっとわたしを見つける」


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 曲の間奏の間に、色とりどりの風船がゆっくりと降りてきて、見上げた子ネコのぬいぐるみを抱えた岡野 有希子さんの立ち姿は、あまりにも可憐で初々しくて愛らしかった。


 坂本 隆一さんはピアノと向き合って、白く清らかな魂へのレクイエムのごとく胸に押し寄せる荒波に巻き起こる己の感情をも共に昇天させるような、美しすぎる旋律を奏でていた。


 音楽が終わると、割れるような拍手が響いた。

「よかったよ」

 坂本 隆一さんが有希子さんの肩にそっと手を回して、固く握手を交わした後。

「それじゃ、これで帰るからね」

「冷たいんじゃないの? 隆一さん」

 弥生がすかさず口をはさむと、

「ううん。もう十分。弥生さん」


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「これでいいの?」

「ありがとうございました。坂本 隆一さんには奥さんも子供もいますから」

 坂本 隆一さんが、くしゃくしゃとしたどこか愛嬌のある笑顔を残してその場を立ち去った。


「ショックじゃない?」

 坂本 隆一さんの後ろ姿を見送りながら、尋ねる弥生に。

「坂本 隆一さんは大人ですから。でも、子供っぽいところも実は魅力なの」

「そうなんだ……確かに、才能もある上に、ピュアな人だったね」

「そういうところが好きだったの」

 そう言って、隆一さんの背中を見送る有希子さんの顔はどこか晴れやかだった。


 モリタさんが番組終了後にやってきて、

「有希子ちゃんよかったよ。で……」


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 カバンから白い封筒を取り出すと。

「これ、最後のギャラ。受け取っといてね」

 愛想笑いするモリタさんに。

 有希子さんはにっこりと笑って。

「もうわたしは死んでいるから、お金はいりません。気持だけでけっこうです。急に出演させていただきまして。本当にありがとうございました」

「そんなの、ちゃんともらっといてよ。有希子ちゃん」

「もらっても、もう使えないですから」

「残念だね」

「はい」

 どこか潔い態度の有希子さんに。

 弥生はすっかり見直して。

 その凛とした横顔に見ほれちゃったんだ。


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