第9話 ♭ Mスタ出演 ♭
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金曜日の5時過ぎに、ABSテレビ局の横に黒塗りの車が横付けにされた。
隣には憧れの坂本 隆一さんが乗っていた。
8時から始まる、生放送の「Mスターステーション」のリハーサルが既に始まっていた。
坂本 隆一さんが黒塗りの高級車から降りると、周囲からうわっとどよめきが起きた。
「坂本 隆一さん」
「隆一さんよ」
「どうしたんですか急に」
騒がしい声が、沸き上がって。その中を坂本 隆一さんが平然とした顔でエレベーターに乗り込んでいく。
早速、音楽ディレクターに挨拶をする坂本 隆一さん。
「時間をあけてくれないかな、今夜のために」
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カセットテープをカタンとチーフディレクターの手に渡す隆一さん。
「3分14秒の曲だから、今から急いで構成してくれない?」
「懐かしいね」
坂本 隆一さんとディレクターはしばしの間、熱い抱擁を交わした。
「衣装はどれを選ぶ? きみのイメージは、リトルプリンセスだったね」
衣装部屋でのん気にCHOICEする坂本 隆一さん。
「これはどうだろう?」
クローゼットの奧の方に、掛けられた衣装に目がいった。
うわーっ目を輝かせる、岡野 有希子さん。その衣装には、驚くべきことに岡野 有希子さんとはっきり書かれたタグが付けられていた。
「きっときみの新曲の衣装だったんじゃないかな?」
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隆一さんが手を伸ばして、その衣装を取ってくれた。
「きみに着てもらえると、その衣装も本望だよ」
有希子さんが微笑みながら、衣装を受け取った。
「歌はさっき練習したから、早速着てみよう」
ドレスのサイズはぴったりだった。
黒いヴェルヴェットに白いシルクの袖口が品よく見える。レースと色んな色彩のビーズ飾りがふんだんに惜しみなく使用されている。
髪の毛をふんわりウェーブにセットされて、ちょっと今時風に見えるように、すそにシャギーを入れてもらった。
大きな手鏡を渡されて、
「はい、どう? こんな感じで」
しげしげと食い入るように鏡の中の自分の姿に見とれる岡野 有希子さん。
「うん、こんな感じ」
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鏡を前に置いて、ふわっとドレスが風に舞うように立ち上がった。
「化粧を直してくるね」
メイクさん達が、用具を一式貸してくれる。
「どういう感じに仕上げたいの? よかったら、アドバイスしてあげるよ」
メイク仲間の間ではすこぶる有名な、浅瀬さんが透明感の強いリキッドファンデーションと明るいピンク色のチークバイダーとパステル調のアイシャドーを3色。(イエローパープルとペパーミントとパールピンク)
それからゴージャス感のある少し大人の色の淡いレッドベージュのリップとパール感覚のグロスを出してきてくれた。
「うわぁ。すごいですね。有希子が生きていた頃はこんなグロスとかなかったですもんね」
感動したという風に、メイク道具一式を、ちゃらちゃら触って感触を確かめている有希子さん。
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「うん……この際だから、色のCHOICEはメイクさんにお任せしちゃおうかな。仕上げは自分でします」
「そうそう。これが流行のカラーね」
メイクの浅瀬さんが次々に新色の定番を積み上げていく。
「ごてごてした感じには、しないから。思い切っていっぱい使っちゃうからね」
ふふっと微笑む有希子さんと、メイク仲間さん達。
急いで仕上げなくちゃね───。
「弥生さん、こっちに来て来て」
呼び声が掛かって、振り返ると。
淡いスポットが当たって、パール感のある光輝くようなメイクが施された有希子さんが立っていた。
リップはゴージャス感たっぷりで、水に濡れたばかりのような透明感のある、今にも雫がこぼれ落ちそうな感触に、丁寧に仕上げられ
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ていて。有希子さんの小さくて高級フランス人形のような精緻な口元が微笑むと、まさに魅惑の唇だった。
チークパウダーの効果でほんのり頬に健康的な赤みが差した感じで。
「ほんとうに生きているみたいだね、有希子さん」
思わず本音を漏らすと。
有希子さんが微笑み返してくれた。
「素材も大事だけど、メイクを重ねていくんじゃなくて。命を吹き込むように、雰囲気を出すように仕上げていくことも肝心なんだよ、弥生ちゃん」
そうなんだ……と感心して有希子さんの完成されたばかりのお顔をしげしげと拝見していると。
メイクの浅瀬さんが、「メイクの処世術」という自著を手渡してくれた。
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「弥生ちゃんは純和風のオリエンタルな顔立ちだからね。化粧の施しようがあるよ。時間があるから一度やってみる?」
「面白そうだから、やってもらおうかな」
メイク室の大きな鏡に向かって、改めてしげしげと自分の顔をよくよく見てみた。
小さい頃から見慣れた顔だけど、亡くなった純和風で美人と近所でも有名だったお母さんの貴子似のこの顔。
一重瞼だし、小さい頃キツネとからかわれたつり上がり気味の細い目。
肌は白くて綺麗だとよく言われるけれど、陽射しの強いこの季節はそばかすがすごく気になる。
小顔は小顔、まゆ毛は薄くて先になるとよく見えないくらい。
唇は薄くて、勉強頑張りすぎてあまり血色もよくないうえに受け口。
「こんな私でも、きれいになれますか?」
「大丈夫。大丈夫」
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さっさっさと自然に弥生の直毛で真っ黒の髪を櫛で梳かしながら。
「きれいになる、きれいになれる。と自分に暗示をかけていく過程もとても大切だよ。きれいなオーラをメイクさんもつくるけど、自分からも出さなくちゃね、弥生ちゃん」
「メイクを施す方と、される方が一緒に作り上げる魔法なんだね」
「そういいうこと、そういうこと」
楽しみ、楽しみというように大きな鏡の中を見つめていると。
「弥生ちゃんの顔のコンプレックスはどこかな?」
さりげないやさしい口調の聞き方で、思わず心がほぐれていく。
「やっぱり目かな? お母さん譲りの細い切れ長の目がコンプレックスといっちゃいそうなんだ。目の上の肉が厚くて、腫れぼったく見えるし、疲れたような表情に見えないこともないしね」
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「まかしておいて、オリエンタル風の異色美人に仕上げてあげるからね」
弥生の肌の色に似た色彩の、明るい白のさらっとした下地クリームが手際よく塗られ、目元にシャープな感じにアイラインが引かれ、薄いまゆ毛をぼかしていくように眉が自然にかたちよく弓形が描かれた。
「繊細なお肌だからね。毎日、最低でも化粧水、乳液でお手入れをしないと。弥生ちゃんは今は若いからいいけど、そばかすひとつにしても今からお肌のケアをしておかないとあとあと苦労するよ」
メイクの浅瀬さんが、ポーチに入った基礎化粧品入れのセットを弥生にくれた。
「とりあえず、それを使ってみて。肌に合わなかったらすぐに使うのやめてね」
メイクしたての、浅瀬さんいわくオリエンタル風異色美人に仕上げられた弥生は、写真を撮ってもらって、浅瀬さんにちゃんとお礼を言ったんだ。
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