第5話 Å 初恋の人 Å
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「彼はアシスタントディレクターだったの。TVの俗に言うADさん、収録の時に優しく声をかけてきてくれたの。それがきっかけで仲良くなって……」
岡野 有希子さんの瞳がだんだんと輝いてくる。
「局の廊下ですれ違った時に一言必ず声を掛けてくれたり、音声のマイクをそっと付けてくれる瞬間の眼差し。さらさらの髪が揺れてわたしの肩にそっと掛かって」
そこで息を継ぐと、不意に切なそうな表情を浮かべた。
「でも、私だって分かってくれるかな? 怖がられないかな?」
弥生はそっと有希子さんの小さな白い手を握りしめた。
「もう死んじゃってるんだもんね……わたし」
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「大丈夫、弥生が一緒についていってあげるから安心してね。有希子さん」
有希子さんが、やっとほっとしたように、潤んだ瞳のまま微笑んだ。
岡野 有希子さんの細い肩を押すように、病院の入り口まで一緒に出た。
透が、弥生がんばってねと言って、有希子さんに口ぱくで「悔いのないようにね」と微笑みかけた。
弥生は大丈夫と、うるさくないようにと、こっちも口ぱくで応えた。
透の瞳にぽっと明るい光りがともって、何とも言えない心強い気持に不思議となれた。
これからのこの事件解決に、弥生の心は透と同行だよ!
「Fテレビ局まで案内してくれる?」
都内鳩マークの○優タクシーに乗り込んで、隣の座席にちょこんと座った岡野 有希子さんにこれからの行き先を尋ねてみた。
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「新宿アルタ前まで」
タクシーの運転手さんがどこから声が聞こえてきたのか? というふうに後部座席あたりを見回していたけれど、すぐに気を取り直して。
「アルタ前ね、すぐ着くからね」
警備員さんの目をかいくぐるように、受付を通り過ぎようとすると、すぐに声を掛けられた。
「ちょっと、待って! あなたは誰?」
変装用のグラサンを慌てて外して、
「岡野 有希子さんってご存じ?」
「あぁ、あの3年前に事故で……」
「そう! この女の子ね」
3年前のアイドル専門のグラビア雑誌の、表紙を守衛さんに、ちらっとだけ見せた。
「不幸だったねぇ。いい子だったんだけど、いつも笑顔で私に挨拶してくれたよ。ほら、あの新人の子みたいに」
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キラキラの衣装を着た、今を時めくアイドル達が元気よいあいさつをして、次々通り過ぎていく。
「ADの真咲 学人さんに用事なんですけど」
「はいどうぞ。こっちね」
なんだかあっけなく、通してもらえた。
岡野 有希子さんの願いが通じたのかもしれない。
よかったね。
これで第一関門突破!
こつこつとテレビ局の3階の廊下を歩きながら振り返ると、こころなしか岡野 有希子さんの顔が悲しそうで辛そうだった。
「大丈夫?」
ADルームの前で弥生が立ち止まると、
「ダメ、心の決心がつかない」
後ずさるように弥生の目を縋るように見つめていた。
「ここまで来て?」
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「うん……自分でも情けないんだけど、もう死んじゃったから。私が岡野 有希子だって分かってくれないんじゃないかって……」
「後悔するんじゃない?」
「……」
しばらく考えた後、
「きっと後悔すると思う」
どこかふっきれたような口調で弥生の瞳を真剣に見つめる姿に安心して。
「そうでしょう? 思い切って行こうよ」
と優しく後押しをしてあげる。
うん、と涙で潤んだ瞳を上げて、岡野 有希子さんは、たった今開かれたばかりの白いドアの前に立って、おそるおそる一歩を踏み出した。
「あの……」
懐かしい、少し鼻にかかった甘いミルキーヴォイスが広いADルームに響きわたった。
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すると、奧の方にいた、黒いトレーナーの袖をまくった肩幅の広くて若いアシスタントディレクターの1人が、びっくりして振り向いた。
「その声は……」
「真咲 学人さんですか?」
弥生がすかさず声を掛けると、すっ飛んできた。
音声の黒いコードを持ったまま、軽く息を弾ませている。
「ところで、君は誰?」
「巫女 弥生。本名、如月 弥生といいます」
「どこの巫女さん? 弥生さんっていうの?」
「はじめまして」
さっと軽く握手を交わした。
「ところで、さっきの声は?」
弥生は黙って後ろを指さした。
そこの一角だけきらきらとした光りが一筋差していた。
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「見えますか? 声の主が」
「どういうこと? 何を言ってるの、君」
さらさらの長い髪をかき上げながら、少し不安そうな表情で弥生を問いつめる真咲さん。
「これから起こることに驚かないで下さい」
しばらく経ってから、はいと真咲さんが答えた。
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