第9話 $  真田先生はどこに?  $

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 今日は土曜日の放課後。

 女鹿 ひとみさんと真田先生が勤めていた大学の研究室を訪れる事にした。

「真田先生? ここのところ見かけないわねえ」

 事務のおばさんが不審そうに弥生達を見る。

「部屋の鍵を渡しましょうか」

「お願いします」

 鍵を借りて真田先生の研究室に向かうと、鍵は既に開かれていて論文が床に散乱していた。

「遅かったか……」

 慌てて机の上を調べると大きく「X」と書かれたファイルがあった。

[X]


「何かな、このファイル」

 手に持つとずしりと重かった。


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 中から色んな科学雑誌の切り抜きと一緒に分厚い論文が出てきた。

「人間の染色体地図に関する文献……」

「真田先生が言っていた実験です」

 女鹿 ひとみさんが大きく目を見開いて、信じられないといった顔をする。

「現在、人間の染色体の構造はよく知られていなくて、せいぜい大腸菌の染色体地図が明らかにされているだけなんです」

「それを真田先生が明らかにしたっていうわけか」

「世界中、解明しようと必死ですから……大変。この論文途中から紛失してるわ」

「えっ」

 慌てて論文を読むと途中の大事な人間の染色体の構造式の記載がすっぽり抜けている。

「やはり盗まれている」

「事務のおばさんに聞こう。先客がいないか」

 事務のおばさんの話では真田先生を訪れた人はここ数週間いないとのことだ。


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「無理矢理、鍵をこじ開けた形跡がある」

「ますます怪しいな」

「一体、誰がこんなひどいことを」

 女鹿 ひとみさんの顔は青ざめ、大きな黒い瞳にさあっと影が差した。

「こんどは私が狙われるかもしれない……私真田先生から大事な預かり物をしているの」

「どんな物を?」

「小さな瓶に入った鍵なの。きっとここの机の一番下の引き出しの鍵だと思う」

「ここの鍵は開けられていないが、開けようとした形跡がある」

「しかし誰がその重要研究テーマ目当てで真田先生を連れ去ったんだろう」

「まかしときなさい」

 ここから弥生の出番だ。


「透のお見舞いに行こう。きっといい考えが浮かぶに決まってる」


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 事件に行き詰まった弥生が行くところは決まって透の部屋だ。

 透は物知りだからきっといい案をくれる。

「透、どう思う。この事件」


 ベットの上の透は一段と顔が痩けていたがその知的な瞳はキラキラと眩しく輝いていた。

「そうだな、人間の染色体地図となると大分絞り込めるぞ」

 透は「遺伝子操作と医療」という一冊の本を差し出した。

「人間の染色体地図が解明されることによって様々な遺伝的欠陥、及び遺伝病が治療出来る……とある。もしも本当に真田先生が解明したとなるとすごいことになるぞ」

「欲しい人は山ほどいる……」

「その通り」

「なんだ全然、解決にならないじゃない」

「まずはその研究テーマを競って研究していたグループから割り出してみたら」


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 その帰り道、遅くなったので女鹿 ひとみさんを家まで送る事になった。

「大丈夫でしょうか、真田先生」

「どうだろうね」

「もし……殺されてなんかいたら、私……」

 女鹿 ひとみさんがボロボロと涙を流す。

「大丈夫です、ひとみさん、僕がついていますから」

 橘 一郎が懸命に励ます。


 その時───。

 さあっとライトが暗がりの中点り、女鹿 ひとみさんを照らし出した。

「いたぞいたぞ」

 白いワゴン車から、黒いスーツを着たサングラスの男が数人出て来て、ひとみさんを取り囲んだ。

「鍵を持っているのは分かっているんだ。さっさと出してもらおうか」


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 一人の男が女鹿 ひとみさんの手首を掴んで車の中に連れ去ろうとする。

「何をするんです」

 弥生迷わず、空手の技でひとみさんの手首を掴んでいた手に空手チョップを食らわす。

「痛い、痛い……」

「今日はマズイ、このままずらかろうぜ」

「そうはさせるか」

 弥生、この白いワゴンを付けていくことにした。


 近くに止めてあったバイクにエンジンをかけて飛び乗った。

「行くぞ、橘 一郎」

「待って、弥生さん。私も行きます」

 女鹿 ひとみさんがバイクの後ろにまたがって。さあ、追跡開始!!


 白いワゴン車は凄い勢いで国道を走り抜ける。でも、逃がすものか。


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 車は鬱蒼とした森の中に突入し、急に視界が悪くなった。

 森の中は木々が大空に向かって屹立していてその下の僅かな光りに照らされた灰色のアスファルトの舗装道路を犯人の乗った車が通って行く。


 暫く走った所で目の前の視界がさあっと開けた。目の前には大きな蒼い湖畔が広がっていた。湖畔の向こう側にはU製薬の看板と白い大きな建物がずしりと構えていた。

「やっぱり製薬会社が関係してる」

「ここに真田先生が監禁されて居るんでしょうか」

「それは分からないけど、追跡続行」

 バイクを湖畔の脇に置きワゴン車が入って行ってまだ開け放たれたままの門から製薬会社の敷地内へと入って行った。

 窓が一つ開けっ放しになっていた。


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「ここから中に入ろう」

 弥生に続いてみんなが中に入った。

「何か声が聞こえる」

 声の聞こえる黄色いドアの前に伏せた。


「どこに隠してあるんだ。吐け、吐くんだ」

「どうしても……だめだ」

弱々しい声が聞こえた。

「真田先生の声……」

「しっ。黙って」

「エドマンズ法を応用したというところまでは分かっているんだ」

「……」

「吐け、吐け!!」

「こら、そこまでだ」

 弥生がドアを蹴飛ばして部屋の中に入る。

 一瞬、沈黙が周りを支配した。

「君は誰だ?!」

 白衣の連中が急に慌てふためいて動き出した。


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「慌てても無駄、もう警察に通報してるんだから。誘拐犯で逮捕するぞ!!」

 出まかせで言っちゃった。

 周りは氷のように凍り付いたような表情になった。

「誘拐の目的は何だ? 真田先生の発見した遺伝子地図か」

「何故、それを……」

「すべてお見通しだ」

「そこまで知られていたらしょうがない。我々の負けだ。君の言ったとおり真田先生の研究テーマ、人の遺伝子地図の解明が誘拐の動機だ。遺伝子地図の解明は当社が率先して行ってきていたテーマであり、もしそれが他のグループに先を越されるようなことがあると我々のU製薬での立場が危うくなると思い犯行を実行した」

 白衣の富田博士が重い口を開け犯行の供述を始めた。


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「会社はシビアで一日の差が問われる研究所の特許部門では、研究の僅かな遅れは命取りになります。真田先生のような大学の研究室が羨ましい……」

「だからってなにも誘拐しなくたって」

 女鹿 ひとみさんの甲高い声が広い部屋中に響きわたりしんと静かになった。

「分かっています。何も言うことがありません」

 富田博士は首を項垂れた。

「すべてお金の世界です。今まで莫大なお金を投資してきたこの分野での遅れは、我々にとって本当に痛かった」

 皆、終始無言だった───。


 だけど、これで事件がほぼ解決した。

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