第3話 ♭  放課後の教室  ♭

-7-


「2-A」と書かれた教室の戸を、ガラッと勢いよく開ける。

 瞬間、あっちこっちで雑談の花を咲かせていたグループが一斉にこっちを振り返り……。

 一同に「し~ん」とする……。

 ふん、私だってそういつもいつも機嫌が悪いわけじゃないわよ!?

 一番前の真ん中の席まで、みんなの注目を一身に集めながらスタスタと歩いていく。

 ここが私の「指定席」

 席に腰を降ろすと、すぐに副学代ことクラスのまとめ役の良輔とその仲間達がやって来て。


「学代、おはようございます!」

「や、弥生さん。ご機嫌いかがですか?」

 と口々に挨拶をしてくるみんなのその目が、弥生の機嫌を取ろうと必死なのがおかしい。


-8-


「おはよう。今日は、まあまあね」

 黒い制カバンを開けて、今日の一限目の教科書、ノートを取り出しながら極めてクールに答える。

 ここで、静かな安堵の溜息がクラス中に充満し、良輔達はしずしずと自分達の席に戻っていき、再び元の教室に戻る。

 ただし、おしゃべりのボリュームはテレビのリモコンで操作したかのようにすべて一律にダウンだ。


 キーンコーン☆カーンコーン☆


 3時きっかりに、6時限目の終わりを告げるチャイムが全校中に響き渡る。

 教科書を手早くカバンに収す音。

 木の葉が擦れるような囁きと笑い声───。

 放課後の教室は、秘密とお楽しみ♪

 あちこちに見え隠れする、それぞれの16の顔。


-9-


「や~よ~いさんっ!」

 校門を少し出たところで、いきなり後ろから声が掛かる。

「一緒に帰りませんか?」

 振り向くと、思った通り。背だけ高い、ひょろひょろした体格の聖人がいた。

 確か上にお姉さんが3人ほどいて末っ子の長男だったはず。

 典型的なマザコンかつシスコン。


 思わず、キッと睨みつけてしまった。

「私があなたなんかと帰りたいと思うわけ?」

「いえ……」

「それになに? さっきの言い方は、一緒に帰って頂けませんか、でしょ?」

 その瞳はもう涙目だ。

「あ、はい。どうもすみません」

「もう一回」

「一緒に帰って頂けませんか、弥生さん」

「イヤ!」


-10-


 スタスタ歩き始めた私に。

「ま、待って下さいよ。ひどいなぁ」

 聖人があたふたと追いかけてくる。

「言っとくけど、私。あなたみたいなタイプが一番キライ」

「あっ。今、僕のナイーブなハートがぐさっと★でもでも、そんな強くて美しい弥生さんのこと僕、大好きなんです」


 く~っ。

 口で言っても分からないやつ!!

 怒り心頭に達す。

 ついて来ると蹴飛ばすぞ!!

「寄るな触るな三歩後を歩け!!」


 聖人は口をあんぐりあけたまま、驚きのあまり落とした制カバンを、あわてて拾い上げて、そのまま走り去っていく。


-11-


 ……ったく。何考えてるんだろう。

 こんな奴につきまとわれるなんて。

 相当男運の悪い星の下に生まれてきたに違いない!


 あ───、ムシャクシャする。

 横を通り過ぎていくカップルの群・群・群を横目で眺めながら思う。

 でも、……お寺の跡取りには関係のないことだな……なんて。

 なんか淋しいよね??


 だけど。

「私が好きなのは、とーるだけ」

 誰にも聞こえないくらい、小さな小さな声で、大切な名前をそっと呟いてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る