第2話 純粋

 「うわぁ」

 「はぁ」

 「へっ」


 某玉県の歯科衛生士の皆さんの絶句が聞こえる。

 男性陣は心に衝撃を受けて、再度言葉を失ったらしい、元々大した言語能力を持っていなかったことが容易に推察すいさつできるな。


 「すごい、綺麗すぎて怖いわ」


 オフショルダのワンピースを着用されている女性は、化粧が厚すぎて今にも剥落はくらくしそうになっている、それは怖いだろう、僕も怖いです、顔力で耐えて下さいね。


 「うそっ、肌が光り輝いているっよ」


 け感のあるブラウスを着ているのは、露出ろしゅつを多くして目立ちたいのだが、そこまで己の肌おのれのはだに自信がないためだろう、それが語尾ごびにあらわれているんだな、声が不安定に高く上がってしまっている。


 「なんて美人なの、人間とは思えない」


 人間否定宣言されたこの女性は、キャミソールワンピースをお召しで、大人の女性を演出されておられる、大人じゃないなんて間違っても言いません、しわで顔にちゃんと書いてあります。


 〈ユウト君〉の友達と某玉県の歯科衛生士の皆さん達が、僕の妻を見て驚愕しているらしい、目を皿のように見開いて口をアーンと開けているぞ。

 ちっ、せっかくのチャンスなのにな、残念ながらもうハエはいない。


 「ほら、お前様、直ぐ家に帰りましょう。 ふふっ、ここにはメス河童はいないようですね。 いるのはメス狸だけみたいですよ」


 妻は強烈な嫌味いやみいて、僕の手を引いてお店から出ていこうとしている、何か気にさわることがあったのかな、寒気がしてきますですね。

 まさか合コンに参加したこと自体が、ヤバかったのでしょうか、大きな声で違うと言って下さい、僕に一時の安心をどうか与えてほしいです。


 それにしたって、確かにお化粧で化けおられますが、メス狸は言い過ぎです、せめて人型にしてあげて下さい、メスゴブリンでどうでしょう。


 「ここに飲み放題の料金を置いておきます。 途中で済みませんがこれで退散たいさんしますね」


 僕はキッチリとお釣り出ないように自分の分を払っておいた、社会人として当然だよね。

 そして妻と手をつないいで、我が家に帰ることになった、手を握ってくれたからそれほど怒ってはいないらしい、合コンくらいで妻は怒ったりしないんだ、きっと。

 それじゃどうして、あんな嫌味を言ったのだろう。


 「あのメス狸どもは、お前様をバカにしていました。 それは妻である私もバカにしているってことです」


 「あぁ、それで怒っていたのか。 それじゃ男にはどうして嫌味を言わなかったんだい」


 「うふふっ、子供に怒ってもしょうがないでしょう。 まだ未成熟なのですよ」


 うわぁ、強烈な一言だよ、僕も同じようなものだけど、どうして結婚してくれたんだろう。

 下の毛はボウボウなんだけどな、頭に移植出来ないかな。


 結婚してくれたのは今でも不思議でしょうがない、世界の七不思議になっているはずだ。


 妻と手を繋ぎ歩道を渡り、ヒョイ、小ヒョイ、大ヒョイと道を曲がれば、下町にある路地へ出ることになる。


 僕の家は東京のど真ん中にあるんだ。


 ただしビル街じゃなくて、下町で路地の奥地にあるんだ、境界に存在している、ボーダーリィ。


 だから細い路地に入って、股間こかんへ手を突っ込つっこむことになる。

 あそこの位置を真直ぐに直して、その手を鼻でいで、ケツで匂いをふくんだ、液体も少し手についているな。

 最後に二回「ギュッ」と肛門こうもんめれば、視界がグニャリとゆがみ耳がキーンと鳴る。


 これで、我が家に続くブロックべいに囲まれた路地に出ることが出来るんだ。

 ブロック塀の向こう側は真っ暗でなにも見えない、漆黒の闇しっこくのやみがただ広がっている。



 僕が我が家を持てたのは、とても親切な不動産屋の、さわやかな青年のおかげである。


 僕がある駅を降りたら、改札口の近くでチラシが入ったティッシュペーパーを渡されたんだ。

 それが超絶親切な不動産屋のチラシだった、とても太っ腹でもある。

 そこにはなんと〈先着十名様に、現金千円を差し上げます〉と書いてあったんだ、どこからどう見ても不労収入じゃないか、やったじゃん。


 僕は急いで、その不動産屋へけていく事にした、今まさに汗とついでに鼻水を出して向かっているんだ、鼻水が口に入ってほんのり塩辛いのは、なぜ。


 絶対に先着十名様にならなくてならないんだ、ただで千円をくれのだからな、皆もそうするよね、それは当たり前のこと。


 「おぉ、純粋な皆様ようこそ、この正気不動産のセミナーに、良く参加頂けました」


 セミナー会場には、二十人くらいのどんな若者が集まっていた、だけどその若者たちは皆ソワソワと落ち着かない。

 それは僕も一緒だ、あっちでもソワソワ、こっちでもソワソワ、ソワソワの大群だよ、まるで生贄の羊いけにえのひつじのように見える。


 「我が社は妖界トップクラスの業績をほこっております」


 「トップクラスとは、具体的に何番ですか」


 「うーん、一番ですよ。 皆そう言っています」


 「入居率は112パーセントを達成しております」


 「100パーセント以上なんてあるのですか」


 「えぇ、そうなのです。 信じられないでしょう」


 「入居者がこと切れないノウハウを持っております」


 「入居者が途切とぎれないで続くと言う意味ですか」


 「えぇ、すでにその状態なら、もう切れたりしないのです。 永代えいだいってことです」


 「〈面倒な管理業務は必要無い〉を、あい言葉にしております」


 「投資者に対して、愛があるってことですか」


 「もちろん、その通りです。 テンコ盛りですね。 愛すべき愚か者おろかものと言えるでしょう」


 「具体的な投資額はどうなんでしょう」


 「東京のど真ん中にある、一戸建ての住宅です。 それが、なんと、今だけ、たったの五百万円なのですよ。 吃驚びっくりして舌が切られそうですね。 広さは約百ヘクタールで、東京ドーム21.4個分にもなりますよ。 ものすごい開発が出来れば可能です。 セキュリティーも万全を期ばんぜんをきしております。 なにせ亜空間に彷徨さまよって誰も行き着くことはあり得ません。 泥棒を防ぐ完璧な対策だと思いませんか」


 おぉ、東京にある一戸建てが驚きの五百万円だと、大儲おおもうけじゃないか、一生遊んで暮らせるぞ、僕はなんて運が良いんだ。


 だけどセミナー会場には、二十人くらいの若者が集まっていたな、これはすごい競争になってしまうぞ、血みどろの阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずが待っているはずだ。


 僕は戦いの火ぶたを切るために、すくっと立ち上がり、キッと周りを見渡した。


 ポツーン。

 あれれ、れれ。

 僕、一人だ。


 おかしいな、二十人くらいの若者はどこに消えたのだろう、謎が深まるばかりだ。


 「探偵様のご登場だ」


 俺はバンザイをしながら、大声でさけんだらしい、バンザイに何の意味もありはしない。


 「うわぁ、急に変なことを叫びよった。 あの人間は絶対におかしいぞ」


 いやに毛深い狐顔のおっさんが、僕と同じくらいの大声で叫んでいる、ヒゲがピーンと伸び過ぎだな、おっさんでもヒゲくらいろうよ。


 「お客様どうされました。 とうとうオツムがいかれましたか」


 目がり上がった、コンの事務服を着た女子事務員が、ド失礼な事を言っている。

 短めのスカートから御見足おみあしには、残念ながらパンティストッキングをはかれていない、茶色の厚めのストッキングだ、それがやけに毛羽立けばだって見えるな。


 「オムツなんて着用していません。 色々と試しましたが、全てシングルプレイです。 赤ちゃんプレイはシングルでは不能なのですよ。 一生出来そうにありません、高度過ぎます」


 「はぁー、もう良いです、私がバカでした。 気を取り直してセールストークを再開します。 この物件は、今なら五百万円ですが、明日になれば五億円になります。 それほど価値のある物件なのです。 さあ、どうされますか、五百万円か、それとも五億円の方が良いですか」


 「はーい、五億円が良いです」


 手も上げちゃった。


 「ぎゃー、コイツは極め付きのバカだ。 もうやってられんわ」


 この後、毛羽立ったストッキングの女子が、髪の毛をかきむしるアクシデントはあったが、僕は五百万円で東京のど真ん中にある一戸建てを無事購入する事が出来た、万々歳である。


 毛羽立ったストッキングの女子が、髪の毛をかきむしったのは、たぶんノミでもついていたんだろう、だけど僕が「プチ、プチ」してあげようかと申し出ても、かたくなにこばんでいたな。

 ノミに情が移ったのか、ノミはほっておくと大量に増殖して、気味が悪いしかゆくなるのを知らないのか、困ったコンの女子事務員だよ。


 「いやらしい、〈小太り河童〉だよ。 どこを「プチ、プチ」されるか、分かったもんじゃないわ」


 「これがお買いになられた不動産の案内図です。 ただし案内はいたしかねます。 ははっ、いけないのですよ」


 「へぇー、ここですか。本当に東京のど真ん中ですね。 光っているから、とても分かりやすいです」


「えっ、光っている」

「そんなバカな」


 毛深い顔のおっさんと、コンの困った女子事務員が、すごく驚いているな、わざとらしいから自社のサービスを強調したいのだろう、かなりセコくて笑ってしまうな、ゲハハッ。


 「地図にLEDか狐火きつねび仕込しこんだの」


 「わしがそんな手間てまをかけるはずがねぇだろう。 それによ。 あんな薄い紙に細工さいくするなんて出来るはずがねぇよ」


 「それじゃどうしてなのよ」


 「くっ、コイツはやっぱヤバいヤツなんじゃ。 早くとんずらしようぜぇ」

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