第9話~須藤恭平VSイービルウルフ~
小さな丘を登った先100mほどに、イービルウルフの群れはいた。
つい先ほど倒した2頭は俺と全長が170mぐらいだったが、残っている8頭はどれも2mほどはあり、一番大きなものは2m半はあるんじゃないだろうか。あれがボスか。
遠目にも分かる。群れが人を食い殺しているその光景は、俺が生きていた平和な国では見慣れない光景だ。
どれだけ喧嘩をしようと、どれだけ殺意を持って殴り合ったとしてもこうはならない。
つくづくあの世界、あの国は平和だったのだと思い知らされる。もちろんあの世界全体で見れば人の生き死になんて当たり前で、戦争や紛争、それ以外でも殺人はあるのだろうが、こんな理不尽な死に方は多くはない。
先ほど逃げてきた女の家族と思われる人たちがは無残に引き裂かれ、食い殺され、今まさに魔物に捕食されているのだ。流石にその光景は見ていて嫌な気持ちを抱く。
「ワシらは5人、向こうは8頭。上手くやらねば苦戦するな」
バーンズ、グウィン、オリアナ、アルフィン、そして俺。この5人でどう立ち向かうべきか。こいつらはこの光景を前に冷静だ。
俺自身、今までの喧嘩のようにがむしゃらに戦って殴ればいいというわけではないことはわかっている。
相手は自分よりも大きく素早くそして力があり戦いなれた魔物ということも先ほどの戦闘で理解できた。
ここは素直に冒険者の判断というものに従おう。
「ひとまずワシとグウィンが先行するがスドウも来れるか?」
バーンズはちらりと俺もつメイスに目を向ける。槍ではないことが心配なのだろうか。
「ああ、今回は技術とかは置いておいて力で行く。このメイスなら折れる心配もねえしぶっ飛ばしやすいだろうからな。グウェルの槍をしばらくは見学だ」
そういうとグウェルは嫌そうな目でこちらをみて「まァた脳筋が増えちまった」とつぶやいていた。
「ワシが最前列で行く。あいつらはきっと散開するだろうからスドウとグウィンは取り逃がさぬようにカバーだ。アルフィンは散会時に弓で狙撃。可能ならそこで1頭は処理したい」
各個撃破はできないので確実に処理をするしかないというわけか。
「オリアナは土魔法であいつらの退路がなくなるように地を上げてもらえるか。時間は稼ぐ」
「わかったわ」
「スドウ、まだ分からぬことが多いだろうがいくつか教えておく。アルフィンは弓とスリングをつかった投石が主体になり弾速は早いが連射には限界があり殺傷力はそこまで高くない。
剛弓のスキルで1発目は強力な一撃を狙ってもらうがそれ以降は足止めが主体だ。オリアナの魔法は威力があるが弾速が遅い。よく見て巻き込まれないようにするんだ」
「あの狼の注意点は?早い強いデカいぐらいか?」
「大型になればなるほど速さも上がっているから注意だ。おそらくあのサイズならばボスだけだがスキルの<恐咆哮>をしてくるだろう。嫌でも身体が震えて動きにくくなるから注意するんだ」
スキル、というものがいまだ良く分からないが特別な力なのようなものと思っておく。しかし身体が震えるというのはイメージがつかない。
「グウィル、すまんがワシは大立ち回りをすることになる。カバーは頼んだぞ」
「あいよォ」
「では……行くぞ。少し離れておけ」
そういうとバーンズは俺たちから少し距離をとり、さっと丘へ飛び出し斧を振りかぶる。狼たちにはまだ遠いが…
「スキル<爆閃攻>!!」
ドカンと振りかぶった斧が爆発する。
「うおっ!?」
「怯むなァ!俺らも走れ!」
爆発の勢いと跳躍力で凄まじい速度でバーンズが真っすぐ飛ぶ。距離をとっていたがそれでも凄い爆圧だった、それを自身で受けて飛ぶなんてどんな発想だ。
爆発音に狼たちが驚きこちらに気づくが、その時にはすでにバーンズは群れの真ん中に飛び込んでおり、斧を地にたたきつける。
再度大きな爆発が起こり、それを回避するため飛び退いて距離を取った。
それに合わせて狼たちを囲むように大地が揺れ動き大きな土の塀が生まれる。これがオリアナの土魔法か。
1頭がすぐさま塀に飛び乗ろうとするところに、アルフィンの剛弓が命中する。弓が頭部にあたり地に落下したその1頭は絶命していた。
これで安易に逃げることはできなくなった狼たちは警戒しながらバーンズを威嚇し取り囲む。
グウィルと目配らせをし、俺たちは左右に分かれる。
「こいよ、狼ども」
ガンッ!と近くの石にメイスをたたきつけ、バーンズを囲んでいた2頭を引き付ける。
複数対1には慣れているが、相手は人ではない。言葉を交わさずとも意思疎通が取れている野生の獣以上の存在。
俊敏性、柔軟性、耐久性、殺傷能力のどれもが高いことは先ほどの交戦からも理解できた。後は行動に移すだけだ。
じりじりとにらみ合うようにしながら一定の距離を取る。狼たちは威嚇に声を唸らせながら臨戦態勢だ。
そして人間では到底できない、完全にシンクロした動きで同時に飛び掛かってきた!
俺はメイスを大きく振る、しかし空中で身体をしならせるように動きそれは避けられそのまま俺に迫る。
俺は二頭に押し倒される前に自分で後ろに転がり、両足で狼の腹部を蹴り上げ巴投げのように飛ばす。
素早く受け身をとり再度構える。狼たちも難なく着地をして再度襲い掛かってくる。が、1頭はその場でぴたりと立ち留まると地にアルフィンの矢が刺さった。
(助かるぜ)
仲間に感謝をしつつ先んじて飛び掛かってくる狼を迎え撃つ。
大きく口を開け鋭い牙で噛みつこうとしてくるところに、俺はメイスを両手で持ち口に押し込む。
ガキンッと金属音がなる。しかしその程度で止まるわけはなくメイスを噛みしめながらも前足の爪をむき出しに俺を押す。凄まじい力と重さだ。
「ぐっ……おりゃああ!!」
前に押し込みながらもさらに両手をあげメイスを高く掲げることで噛みついていた狼は一瞬大きく立ち上がることになった。
すぐさまメイスを手放し身体を屈ませ、ナイフを取り出してそれを蹴る。
ナイフを狼の腹部に足で押し込んだ。
「グギャアア!!」と苦痛の叫びをあげ大きく飛び退く。と、同時に時間差でもう1頭が今度は飛び掛からずに走りこんできた。
俺は顔の側面めがけて蹴りをいれるが狼は怯まずそのまま懐に飛び込んで牙を剥く。俺は咄嗟に狼を跳び箱のように両手で頭を押さえつけて真上を飛び越えた。
左ふとももに爪があたり大きく引き裂かれ、熱さにも近い痛みが走る。
「スドウ!!」
バーンズが声を上げる。俺は地を転がって距離を取りつつちらりとバーンズを見ると、ボス狼をふくめた3頭を斧一本で受け止めている。
(すげえ……)
素直にそう思えた。
スキルとかいうものを使っているとしても、現状の俺とバーンズとではパワーの差が倍以上あるということだ。
「おもしれえ……」
心臓がバクバクしている。血沸き肉躍るとはこういうことを言うのかもしれない。
地に転がっているメイスを拾い立ち上がる。血が大地にこぼれたが、怪我なんて知ったことか、痛みなんて慣れたものだ。
全力で。「殺す覚悟」で相手をぶん殴れ。
これまでの人生で喧嘩相手を殺すことはなかった。それは罪であり重い罰があり許されることではなかったからだ。
無意識に人は力を抑えて生きていて、さらに俺は意識して加減をしながら喧嘩をしてきた。
今は、そんなもの必要ないんだ!!
気が付けば俺は狼が動くよりも早く駆け出していた。
手負いの狼は様子を見ており、先ほどの狼だけが身構えている。
俺を迎え撃つように狼は再度俺に嚙みつこうとするが、俺はその顎を蹴り上げる。
力をこめた太ももから、ぶしゅりと血が噴き出す。だが知ったことではないその痛みすら今は心地いいぐらいだ。
体重80kgほどあるだろう狼を顔から蹴り上げ上体が浮く、急所である喉が見える。俺はそこをメイスでバットを振るように全力で振りぬいた。
手に命の重さを感じながら、そしてパキパキと何かが折れてつぶれている感覚を受けながら狼を吹き飛ばした。
凪飛ばされる同胞をみてたじろぐ手負いの狼。そこに火の玉が飛来し着弾、爆発と同時に大きな火柱が立ち上がった。
「すっげってイツツゥ……」
その炎を見てふと冷静になった俺は、太ももの痛みを感じて流石にメイスを杖のようにして身体を支える。
傷はおもったよりも深そうだ。他の、バーンズやグウィルはどうなった?
俺は痛みを耐えつつ、他二人の様子を確認するのだった。
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