第8話~理不尽な生き方~
突然聞こえた助けを呼ぶ声。その声に俺は走り出し前の馬車2台を追い抜く。
穏やかな景色とゆっくりとした時間を満喫していたらこれだ。
買ったばかりの槍を手に俺は声のした方を見た。
「なんだ!どうした!!」
少し先から走ってくる女、そしてそれを追いかけてくる大型の白い犬が2匹いる。犬というよりもサイズ的にも狼が二頭だろうか。良く見ると目が4つ付いている。
「そのままこっちに走ってこい!!」
俺は迎え撃つように走りこむ。背後からグウィルたちも来ているのが気配でわかった。
だがこちらに来る前に狼が女に追いついてしまう距離だ。
俺はとっさに手に持つ槍を投げることが頭によぎったが正確に狙えるわけがなく、下手をすると逃げている女に当たると思い踏みとどまる。
(狼の速度が落ちれば良いんだっ!!)
俺は利き手とは逆に槍を持ち替え、懐に入れていたナイフを手に取る。
距離がかなりあるがこれなら狙える。避けられても構わねえ!!
遠投でボールを投げるように走っている速度を利用してナイフを指先に乗せる。
大事なのは、踏み込みと胸の回転、肩を軸にして腕は肩に乗せて振り下ろす。指先を意識しろ。
左足で真っすぐ踏み込み爪先から膝にかけて方向を調整する。
踏み込んだ力と走っていた速度が身体に伝わる。下半身でその力の衝撃を受け止め上半身に伝える。
腰の回転を我慢しつつ胸から肩へ。肩を固定して前に押し込むように肩、腕、肘、手をしならせ、伝達させた衝撃と生み出した力で指先を振るう。。
一つ一つの動作が脳内でスローモーションでイメージされているのが分かる。そのイメージ通り、筋肉の一本一本を動かすように<理想の動きを再現>する。
ガキの頃から繰り返してきた当たり前にまで落とし込まれた動き。
理想と一致する状態で俺は指先でナイフを押し出した。
投射されたナイフは勢いよく飛び、逃げてくる女をギリギリそれて狼に飛ぶ。
当然のように狼はそれを横に飛んでそれを避けたがこれによって1頭は女に追いつくのが遅れる。
問題はもう1頭だが、きっと、俺に出来るんだから……!!
その瞬間、俺の真横スレスレを何かが飛んでいく。
石と槍だ。
石は追い迫っていた狼に向かっていたが避けられる。しかし避けた先に飛んでいた石に被弾して狼は大きく怯んだ。
俺は振り向くことなくそのまま距離を詰め続ける。俺のナイフを避けた狼はまだ追いかけてきていた。
逃げてきている女はもう倒れこみそうなほどに疲弊していた。むしろよく逃げてきたと言いたい。
先ほどの石や槍に続くように水の塊が走る俺を追い越して飛んでいく。
迫る狼は再びそれを避けるために飛び退き、わずかだが距離に余裕が生まれた。
俺はこちらに倒れこむようにしがみ付いてきた女を一瞬抱え、その場に座らせ、即座にまた走り出した。
迫り、飛び掛かってくる巨大な狼。手に持つ槍を素早く構えて突くが、宙で身体を翻した避けられる。俺は素早く槍を引き勢いそのまま身体を捻って回転するように狼を薙ぎ払った。
ミシッと鈍くきしむ音がして、槍が折れる。なんとか狼も弾き飛ばしたが槍は使い物にならず狼にも大したダメージはないようだ。
そこにグウィルが合流してくる。
「今の、俺がてめェにした技だろォが。何パクって槍折ってんだ下手くそ」
「うるせっ、こんなでけえ犬コロ相手にするんのは初めてなんだよ!」
俺を見てグウィルは鼻で笑い、槍を構える。ってその槍…
「それ俺の予備じゃねえか!」
「しゃァねェだろ、さっき投げちまったんだから。いいか、こういうデカい上に素早い奴にァまず細かく正確に当てンだ」
そういうと腰を低く構え、素早い突きを放つ。初めの2、3発は狼が避けたが4発目が僅かにあたり狼は後ろに飛び退いて距離を取った。
「こォして警戒させたら、一気に!!」
目にもとまらぬ速さでグウィルが狼に迫る。速度そのまま貫くのかと思ったが、素早く細かな突きを再度続けた。
狼はまた避けようとするが先ほどの被弾を警戒したのか飛び退こうとする、だが迫り行く速度そのままに突っ込んでいくグウィルから離れきることができない。
細かな突きで横に避ける隙をなくし、突進する速度で下がりきることもできなくする。結果、狼は1発、2発、3発と槍の突きを受けることになる。
分厚い毛並みと堅い皮膚で大きなダメージはないのだろうが、鼻先や顔に被弾することで狼は次第に怯み始めた。
その隙を逃すわけがなく、渾身の突きが狼を貫いた。
「……ま、こォよ」
自慢げにグウィルは笑いながら引き抜いた槍をこちらに投げる。
なるほど、勉強になる。受け取った槍に目を落とし、こいつを扱うにはもう少し慣れが必要だなと感じた。
「おぉおおりゃああ!!」
凄まじい声に目を向けると、残りの1頭の狼をバーンズが斧で薙ぎ払っていた。
斧を振る衝撃地面を抉り、風圧がこちらにまで届く。
「はは、すっげ……」
思わず笑ってしまう。さすがの俺も腕力ではバーンズには勝てないかもしれない。
「あいかわらずの脳筋だなァ。で、そっちは大丈夫そォか?」
逃げていた女の方をみるとオリアナとエミルが寄り添っていた。
馬車のほうを見るとネスライとゆうがこちらに向かってきていた。
「一応、無傷みたいですねでもどうしてこんな場所にイービルウルフが……」
「貴女大丈夫?」
「はぁ、はぁ…は…い……。あの…父と母、祖父が、まだ」
そう言いながら彼女は逃げてきた丘を指さす。家族がいるのだとしたらそれは…。
目にもとまらぬ速さで気が付けば目の前にアルフィンが現れ、彼女に寄り添う。
「確認してきましたが、残念ながら……」
「そ、そんな。あああ…あああああ!!」
悲痛な嘆きが響く。先ほどまであれほど平穏で静かな時間があったとは思えない重たい空気が漂う。
「アルフィン、現場はどうだった」
「ええ、おそらくそちらの一家と思われる人影がありイービルウルフの群れ8頭ほど。すでに襲われた後でした」
「よし、ワシらはそちらの対応に行こう。すまんがエミル、そちらの女性のフォローを頼む」
「は、はい」
「オリアナ、グウィル。来てくれるか」
「ああ」「ええ」
「スドウ、おぬしも来れるか」
バーンズの一言に、全員がこちらを見る。
「へっ、任せろ」
俺は迷うことなく即答をしていた。今まで、こうして誰かから頼られることは一度もなかったからか自分でも驚くほどにすんなりと返事をした。
「須藤くん、これ」
ゆうが馬車から持ってきてくれたのだろう、武具屋で買ったメイスを手渡してくる。
それを手に取り、軽く振る。
「よし。さんきゅ。あとすまねえが槍は持っててくれねえか」
「わかった。ごめんね、僕じゃ力になれそうにないや」
申し訳なさそうに槍を受け取りながら言う。
そもそもで喧嘩なんてしたこともない奴がいきなり戦えなんて無理な話なのに何を凹んでいるのだろうか。
自慢ではないが、人ひとりを殴ったぐらいの経験では太刀打ちができないだろうし、俺でも割と全力を出してこれだった。
優等生のこいつにいきなり戦えたら俺のような不良のメンツがない。
「おい、行くぞ。スドォ!」
グウィルが呼ぶ。近くで座り込み泣き続ける女に一瞬目を向け、俺は駆け出した。
この女には同情するが、こうして戦うことにわくわくしてしまっている自分がいた。
ちらりと狼の死骸が目に入る。人と同じぐらい大きな生き物が死んだ。
油断すれば俺が死んでいただろうし、あの女が目の前で死んでいたかもしれないというのに俺は恐怖を感じていない。
俺はおかしいのだろうか。普通なら恐怖したり気持ち悪くなったりするのだろうか。そもそもで、ゆうだけではなく大半の人は恐怖で動けないのかもしれない。
だが、俺は高揚している。この力を正当に振るえることが何よりも嬉しく、俺の能力に近いだけの存在が当たり前にいる世界に来れたのだという喜びが俺を突き動かしていった。
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