第4話~須藤恭平という存在~
「うおりゃあっ!!」
ドガンッ!!!
「おいおい」「マジかよ……」
須藤くんが鋭い槍のような横蹴りが小さめとは言え岩を粉砕した。
それを見ていたバーンズ達や他の冒険者、ジアレア村の人々はどよめいている。
ジアレア村につき、オーク討伐の報告をしていた僕らは逃げたオークを須藤くんが倒したことを伝えたのだが一部から懐疑的な意見が出た。
冒険者でもなく遭難者として保護の加護を受けたものが単身かつ素手でオークを倒したということが信じられないということだった。
飛び蹴りひとつで頭を抉り、オークを投げ飛ばしたあの光景は僕としてもいまだに信じきれないところではあるので言いたいことは分かる。
バーンズたちも少し力試しをさせてほしいと言い出したことで、須藤くんは村の外れにあった小さめの岩を砕いて見せたのだ。
「ま、軽いもんだ」
「須藤くん、その靴どうなってんの…?」
「ん?安全靴ってわかるか?あれに似たもんだな、うん」
安全靴って、工事とかで怪我をするのを防ぐために硬いプラスチックなどが爪先などに入っている靴だけど、それでもこんなことにはならないはずだ。
「特別製でさ。ほら町中とか歩いてたらいきなり金属バットで殴られたり足を叩き潰されそうになるだろ?そういうための対策で履いてんだ」
そんな場面に遭遇したことは一度もなかった。
「ははは!こりゃすごいな!とてつもなく鋭い蹴りだ!!」
バーンズが嬉しそうに笑う。アルフィンとエミルは綺麗に刳り貫かれたように砕けた岩をまじまじと見ていた。
あれが噂に聞いてきた須藤恭平というものの力なのかと僕も目を丸くする。
「バーンズゥ、そいつァ冒険者じゃねえんだよなァ?」
「グヴィル、なんどもいったが一般人だよ」
様子を見ていた冒険者が歩み寄ってきた。
須藤君と同じぐらいの長身で青い鎧を着ており長い槍を手に持っている。鋭い目つきに青みがかった髪がオールバックにまとめている。
「こいつは蒼い烈風と呼ばれていてな、グウィル・アンヴィルという2等級冒険者だ」
「よろしくなァ!んでよバーンズゥ、こいつの本気はこんなもんじゃァねえと俺は見たわけよ。なァお前、俺と勝負しねえか?」
「あ?」
須藤くんが睨む。それはそれは凄い形相だった。きっと現世でもこうやって喧嘩を売られる日々だったのだろう。
「おめー。強いのか?」
「はっ」
須藤くんの問いを鼻で笑うと、槍を軽く持ち上げ…
ガンッ!!!
「きゃあっ!?」
須藤くんが砕いた岩を凄まじい勢いで突いてさらに粉砕した。岩を眺めていたエミルさんは突然のことで悲鳴をあげる。
「おっと悪いねエミルっち。破片飛んだか?」
「い、いえ。驚いただけです…」
「で、どうよ。これぐらい俺にもできるわけだが…不満かァ?」
挑発するように姿勢をかがめて須藤くんを下から睨む。挑発的な態度なのは喧嘩などに疎い僕にもよく伝わった。
「別に。ま、確かにこれくらいは普通だな」
「あ″?」
「なあバーンズ、確かあんたも2等級冒険者だったよな?」
グウィルの挑発を気にも留めない仕草でバーンズを見る。その態度が気に入らなかったのかグウィルは眉間のシワを深めた。
「ああ、そうだ。総合戦力は高いと思うぞ。力ならワシのほうが上だが、そいつは素早さも技術も高い」
「あのなァバーンズ…あんたは俺に負け越してんだァ。偉そうに評価してんじゃねえぞ」
「腕相撲はワシ無敗だし」
「今度へし折ってやらァ!!」
言い合う二人。先ほどまでの殺気が消えてグウィルは睨みながらもどこか楽し気に見えた。
おそらく付き合いが長いのか、気に知れた間柄なのだろう。
「ま、バーンズと同格っていうならちょうどいいか、いいぜ。やろう」
そういって須藤君はグウィルから歩いて距離を取る。
「ちょうどさ、俺がどれぐらいの立ち位置なのか確認したかったんだ。バーンズに後で頼もうかと思ってたんだが、あんたでいいよ」
その言葉にグウィルはピクリとする。
「クソガキァ……目上への態度ってのがなってねえなァ!!!」
「いや、おぬしもワシより年下だろ」
「うっせえ黙ってろバーンズァ!!」
そういってグウィルは手に持っていた槍をその場に突き刺す。
「オリアナァ!棍だ!!」
グウィルがそう叫ぶと、近くで見ていた女性が少し前に出る。赤いボブヘアで黒いローブを着た若い女性だ。
オリアナと呼ばれたその女性は、あきれた顔をしながら両手をかざすと細長い木の棒が現れた。
「はいはい、これでいい?」
その棍棒をふわりと柔らかく投げ飛ばし、グウェルが掴む。
「おうよォ!!!行くぜ!!!」
掴むと同時に、素早い動作で須藤くんに突進し突きを放つ。
突然の奇襲、しかし須藤くんはそれを身体を捻るように回避した。
須藤くんはとても悪く、そして楽しそうな笑顔をしていた。それに負けないぐらいにグウィルも悪い笑顔を浮かべている。
「オラオラオラァ!!!」
目にもとまらぬ素早い突きの連続。それをさらに素早く紙一重で避け続ける。僕の目ではその速さは捉えきれない。
「ははっ」
「シャァ!!!」
渾身の突き。しかし須藤くんは前蹴りでその突きの先端を受け止めていた。
昆と足が拮抗し、僅かに震えている。だが。
素早く昆は退かれ、須藤くんは虚をつかれたように前に姿勢を崩してしまう。
「どれだけ足技に自身があってもこうなればなァ!!!」
再度、今度は顔を狙うように突きが飛ぶ。
ガン!!!と大きなおとを立てて昆は須藤くんに当たった。だが受けたのは顔ではなく、手のひらだ。
「なに!?」
「誰が…!足だけだって言った?」
前に倒れこむ勢いで手を突きだし、受け止めている。
岩を砕いた突きを手で受け止めるなんて、穴が開くんじゃないかとひやひやする。
「てめェ!!」
また先ほどのように昆を素早く引く。しかし、素早く昆を掴んみ須藤くんはその一緒に前に飛び込んだ。
「武器ってのは、間合いに以上に詰められるときついんだよなあ!!」
「なめんなァ!」
身体を回転させグウィルは昆を引く勢いそのまま振り回す。
先を掴んだ手は振りほどかれるが須藤くんはそのまま飛び込んだ状態のため宙に身体が浮いている。
一回転した昆はそのまま宙に浮く須藤くんに当たる!!
バキッと鈍い音が響いた。
須藤くんは振りほどかれた右手を振り、昆にぶつけたのだ。
当然右腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。
だが須藤くんは笑みを浮かべたまま身体を捻り、大きく一歩大地を踏みしめて左のフックをグウィルの首元、肋骨に入れていた。
「ガ…ッ!?」
グウェルが怯む。そのすきを逃さないかのように、折れた右腕を気にすることなく右肘で顔面をはじき上げ、そのまま喉に肘が入る。
「オッ…ゴッ……」
「グウィル!?」
オリアナが悲鳴に似た声をあげた。苦しみ悶絶しながら後ろに倒れるグウィル。
それを見下す須藤くんは相変わらずとても悪く怖い笑みを浮かべて
「はっ、俺の勝ちだな」
と勝利を宣言したのだった。
エミルとオリアナ2名からの治療をグウィルは倒れたまま受けていた。
肋骨が折れ、さらに顎は砕けて喉はつぶれていたのだ。
そんな状態すら治療ができるというのだから凄いものだと痛感する。
オリアナは女神教会の僧侶ではないそうだが回復魔法がつかえるそうだ。
奇跡は女神の御業、魔法は自然法則の拡張だとかで根本が違うらしい。
一方、須藤くんはこれまた別の冒険者集団に所属しているボア・バビンというおじいさんから治療をうけていた。
「折れた腕で肘鉄とは、おぬしどういう神経をしとるんじゃ」
「折れるとは思わなかったんだけどさ。まあ気にせずぶっ飛ばせばいいだけだろ?俺は1か所、あいつは3か所。そう考えたら俺は間違ってねえよ」
「そういう意味ではなく痛みとしてじゃな……気の高ぶりで痛みをあまり感じなかったのかねえ」
「どうかな…っいて!こら爺さん触んな!」
「ほっほ、痛覚の確認じゃよ」
「なあミスミ、ワシが思うにありゃお主らの世界でも普通じゃないんじゃないか?」
腕を組んで僕の横に立つバーンズが訪ねてきた。
「どう、なんだろう」
瓦割りのようにレンガなどを割る技術や、蹴りでバットを折ったりするパフォーマンスなどはあった。
あれらは高い技術と長い研鑽の賜物なのだろうけど、岩はどうなのだろうか。それに彼は僕と同い年でまだ17歳だ。
剣道やフェンシングなど武器を使った競技シーンは動画サイトで見たことがあるが、おそらくそれよりも早い攻防であり僕は半分ほどの動きしか目で追えていない。
それを全て身体の動きも含めて反応できているわけで。
「……普通じゃないよね、きっと。僕と同じ学生だったわけだし」
「お主もそれなりに出来たりするのか?」
「まさかまさか!人を殴ったことなんてないし!!僕らの世界には魔物なんていないし普通に生きていたら殴り合いなんてしないからさ!多分、その辺の子どもよりも弱いよ僕は」
「ふーむ、だとしたら凄まじい存在だな」
「ええ……」
バーンズは再び須藤くんを見つめて何か考え込んだ。
それに釣られて僕も考えてしまう。
彼は、須藤恭平は僕の町の伝説みたいなものだ。
その名前は、中学の頃から違う学校なのに耳にするぐらいに轟いていた。
駅前や通学路には漫画のように不良たちがいて毎日須藤くんを探している。
彼の通っていた中学、そして高校にはバイクで乗り込んでくる不良がいたりクラスメイトが人質のように拉致されたこともあるという。、
僕はまだ経験はなかったけれど、クラスメイトで工藤恭平を知ってるかとヤクザのような人に聞かれたといっていた人もいた。
バットで殴っても怯まず逆にバットを折られる。バイクで轢こうにも当たらずそのバイクを素手で投げ飛ばす。そんな根も葉もないような冗談があった。
だが、彼はそこにいる。噂を超えてそれ以上の化け物が目の前にいるんだ。
一体どれほどの修羅場を乗り越え、どんな毎日を過ごしてきたのだろうか。
それに比べて僕は。
この世界で僕は何ができるだろう。冒険者だけでなく何かそれ以外でも僕に出来ることはどれほどあるのだろう。
僕がいまから身体を鍛えても彼の足元にも及ばないのは間違いがない。
魔法を扱うには知恵と知識だけでなく資質も必要だという。僕にその資質がなければ?
8等級に分かれる冒険者ランク。その中でトップクラスの第2等級冒険者を上回る彼。
僕には何が出来るだろうか。果たしてなにか出来るのあろうか。
漠然とした不安が、僕を飲み込もうとするのを感じた。
「ね、ねえバーンズさん。その斧、持たせてもらえない?」
不安をかき消すように僕は聞く。
「おう、かまわんぞ。ちょいと重いから気を付けな」
バーンズが扱うやや大ぶりの斧。それを優しく手渡されたが。あまりの重さ地に落とさずなんとか支えるので精いっぱいだ!
「お、重っ」
「おおっと!大丈夫か?」
バーンズは慌てて僕と斧をいつでも支えられる構えをとってくれた。だが、なんとかそのままプルプルとしながらバーンズに斧を返すことが出来た。
「はぁはぁ……これ、バーンズ片手で持ってるんだよね」
「お、おう。そうだな」
森を移動中に邪魔な木枝を斧で切り落として進んでいたのを思い出す。片手でぶんぶんと振っていた。
「は、ははは……まいったな」
乾いた笑いが出る。そしてふと気が付くと須藤くんが僕のその情けない姿を見ていることに気づいた。
「ゆう、お前ちからねえのな」
「見てたの!?」
恥ずかしさで顔から火が噴きそうになり逃げだしたくなる。
彼からすればこれぐらい余裕どころか出来て当たり前なのかもしれない。
だけど、この世界にきて今更逃げ出すなんて、出来やしないじゃないか。
「あの、さ。今度なんかいい筋トレ方法とかあれば教えてくれない?」
僕は恥を忍んで、僅かな勇気を出してお願いをする。ある意味で、恥ずかしさからだけは逃げるための言葉でもあった。
すると彼は2、3度目をぱちぱちとして、優しい笑顔をみせた。
「ああ、いいぜ。毎日の積み重ねで何とでもなるさ」
その笑顔は戦っているときの凄みや恐ろしさはなく、年相応の青年のように見えて。
僕はこの時はじめて須藤恭平という雲の上のような存在が、同い年の青年であるという認識に変わったのだと思う。。
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