第2話~異世界への第一歩~

どれぐらい進んだだろう。自分より大柄な人ひとりを担いでいるのだからあまり進めていない気もする。

「ねえ、まだ生きてるよね!?」

「…お……う………」

かえってくる返事に安堵しつつ、掴まっている腕にもうほとんど力が入っていないのも感じている。

さっきの化け物たちが来たであろう方向に進んでいるためか雑木林がある程度なぎ倒されており思ったよりも進みやすい。

あの化け物のことを考えながら歩いているが、あれは所謂ゴブリンとオークじゃないか?

小柄で緑色の肌、確か鼻も耳も尖っていた気がする。

そしてあの巨体な化け物。土のような肌に筋肉質な体。あれは、ゲームなどでよく見るオークな気がする。

ここかとどのつまり、異世界なのではないか?僕らは、知っている人が誰もいない世界を望んで、その願いがなぜか叶えられた。

そうだとしたら、本当に何も知らない世界に来たというのも、うん、まあ、わかる。

理由はわからないけど、そういうことだと思うしかない。


だとしたら、オークの一撃は岩を砕き、木々を薙ぎ払うものじゃないか?

なんで、この男は、須藤恭平はそれを受け止められるんだ。

というかあの巨体は体重何キロあったのだろう。それを投げ飛ばすって、普通じゃなさすぎる。

異世界に来て何かの能力に目覚めたのだとしたら、僕はなんでこんなにも非力なのだろうか。

歩きながら脳内で、回復魔法を思いつく限り唱えたつもりだが何も起こらない。

空を飛べないかと思ったがそれもない。

そもそもで、彼は戦いながら自分の力に疑いをもっていなかった。

あれが元々の力なのだとしたら、そりゃあ喧嘩で負け知らずなのも頷けるかもしれない。


ガサっ

「うわ!?」

真横の茂みが動き、またゴブリン(仮)が出てくるのではないかとひやりとする。

しかし飛び出してきたのは頭に小さな角が生えたウサギのような生き物だった。

そのウサギは僕たちをみるとすぐにどこかへ去って行った。臆病な生き物なのか、ひとまず助かった。

「声がしたぞ!誰かいるのか!!」

「!!」

僕の驚いた声が響いたのか、人の声がした。

「い、いる!ここに!!お願いだ、助けてくれ!!」

僕は立ち止まり、声を上げる。

すると、向かいのほうから複数の人影が見えた。

「お前たち何者だ!」「まて、けが人がいるぞ」「大丈夫ですか!?」

男女三人組が駆け寄ってくる。

一人は巨漢でまさに筋肉ムキムキというにふさわしい大男で顔には大きな傷跡があり、その手には斧をもっている。

もう一人は長身ながら細身で耳が長く、白く長い髪が特徴的な、おそらく男。

最後の一人は小柄で目立つ白いローブを着た金髪の女性。

僕の思った通り、ここは異世界でありこてこてのファンタジーなのだろうか。

戦士、偵察、僧侶というにふさわしい組み合わせだなと思ってしまった。


「怪我よりもこれは毒ですね、すぐにアンチドートをかけます、その場にその方を寝かせてください」

「は、はい!」

なんて綺麗な女性なのだろうか。清楚という文字が歩いているようだ。

「こりゃゴブリンの毒だな…取り逃がした奴か、それともはぐれか」

「もしそうだとすればあのオークもいたはずです、この二人が生きているところをみるとはぐれゴブリンでは?」

「そのオークって、2・3mぐらいあって凄い巨体な土色の化け物です、よね?左腕に傷を負った」

「ああ、そうだが……まさか遭遇したのか!?」

「はい…。一応、そこの彼が倒してくれたのですが、毒付きのナイフにやられて…」

「倒したのですか!手負いとは言えオークを二人で倒せるとは、お二人は熟練の冒険者なのですね。それにしても毒対策をしていないのは慢心ですよ」

「あ。いや」

「いやアルフィンよ、彼らはあまりにも軽装だ。おそらくもう一名か二名ほど荷物持ちの従者か僧侶がいたのではないか?」

「そういわれればたしかに…バーンズも脳まで筋肉というわけではないようですね」

「がははは!そう褒めるな!」

二人は楽しそうに笑いあっているが…

「いえ、僕は何も出来なくて。彼がひとりで全てを。他の知人などはいません」

「なんだと!?」「なんですって!?」

須藤くんの治療が住むまでに、事の流れを簡単に説明したのだった。


「ふーむ、別の世界か」

「にわかには信じられませんね。しかし、彼の来ている服装は私は見たことがないのも事実です」

「長寿のエルフでも見たことがない!それにこのぼーるぺん、というものも興味深いな。先端を押すだけでペン先を出し入れできるとは。なんという技術だ」

「ええ、ええ!なによりもこのパン!!私は感動しました。こんな森の中でふわふわかつ、味わったことのない甘いペーストが入ったパンが食べられるなんて!!エミル、これは本当に毒ではないんですね?」

「は、はい。女神の祝福で調べたところ無害だと…」

「すばらしい!叶うならもう一つ食べたいところですよ!」

三人、とくに男二人は大盛り上がりだった。

僕らの世界について説明するためにボールペンやマーカーペン、須藤くんがもっていた菓子パンを見せたのだが、信用してもらえるだろうか。

「信じてもらえそうですか…?」

恐る恐る尋ねる。場合によっては異端だの疑わしいだの言われる可能性もあるわけで。

「ああ、ワシは信じよう!」

「はい私もひとまずは、ですが」

「私も信じます。ただ、この方がオークを素手で倒したというのは…」

金髪の少女は須藤くんを見つめた。

「それに関しては、アルフィン」

「ええ、この先に確認をしてきましょう」

「お気をつけて」

アルフィンと呼ばれる耳の長い男性は素早く走り去って行った。

なんでも、あのオークとゴブリンは近くの村を襲撃していたそうで彼らを含め数名の冒険者で対処をしたが、取り逃した2体らしい。

おそらく須藤くんの攻撃でも致命傷には至っていないので、確認をしに行ったのだ。

「ん…あぁー……楽になったあ」

そうしていると須藤くんが目を開けた。

本当に、良かった…!

「まだ動かないでくださいね。体の傷も治癒していますから」

「あー、うっすらと聞こえていたが、さんきゅうな。あー生きてる。超生きてる」

「須藤くん、さっきは一人で全部戦ってくれて、ありがとう。何も出来なくてごめん」

あの突然の状態で立ち向かえる彼の強い心を素直に尊敬した。

僕だけなら、あの初めのゴブリンの一撃で間違いなく死んでいただろう。

「気にすんな。まあ、コーラのお礼だな。それに俺を見捨てずに運んでくれたんだ、例をいうのは俺のほうだろ」

「これぐらいはしないとさ」

「なら、お互い様でいいじゃねえか。そうだ、コーラ、まだあったよな」

「あっ!とっさのことであの場において来ちゃった……」

「おいーーーここじゃもう飲めねえんだろあれ」

カバンを拾って彼を担ぐことで精いっぱいだったのだから許してほしい。

だが、そうだ。僕らがもって来たものはもうこの世界では手に入らない。

残った3つの菓子パンも、あのコーラも、ペンなども。この世界に在庫はないのだ。

「まあ、アルフィンが拾ってくるかもしれん。最悪取りに戻ってもいいぞ?お前たちの世界のものはワシも見たい」

「その、コーラってどんなものなんですか?」

「世界で一番うまい飲み物だ」

「おお!!それは気になるな!!!アルフィンたのむ回収してくれ~!!」

この世界のことはわからないが、菓子パンであの喜びようなのだ。本当に世界一美味しい飲み物になる可能性はある。


「よーし!完全復活だ!!」

須藤くんは元気よく飛び起きた。

聞いた話ではゴブリンが扱う毒は取り扱い方などに定まりがないらしく、即死に至ることも稀にだがあったらしい。

今回は神経系だったようで比較的よく見られる毒だったとか。

僕たちは毒の耐性がほとんどないため、どんな毒でも油断はできない。

「いやー助かったよあんた!ほんと、ありがとう」

「いえ、これも修行の一つ。そして役目ですので」

須藤くんは僧侶のエミルさんに例を言って頭を下げた。

「ゆうもありがとな、助かったぜ」

「こちらこそだよ、須藤くんがいなければ僕はきっと死んでた」

手を差し出されたので握手を交わす。誰かとこうして握手をするのは、いつぶりだろうか。


「いやー、友情ですね」

「ええ、すてきです。って、アルフィンさん!戻ってらしたんですね!」

「お前なあ、戻ったら戻ったと言わんか!」

「ちょうどいま戻ったのですよ」

いつの間にいたのか、すぐそばにはエルフのアルフィンがいた。

「あんたもありがとうな。そこのおっさんもさ。三人がいなければ何もわからないまま終わってたぜ」

「そうだね、本当にありがとうございます」

僕も彼に倣うようにお礼を言った。

「わはは!かまわんよ!そもそもでワシらがオークらを取り逃がしたのが原因だ!で、どうだったアルフィン」

「はい、本当にオークとゴブリンが倒されていました。気絶している状態だったので処理をして耳は持ち帰っています。これで討伐の証明にできるでしょう。それと、これはお二人のものですか?」

そういって差し出されたのは、飲みかけのコーラだった。そういえばペットボトルもこの世界では貴重なのではないだろうか。

「俺のコーラだ!ナイスだよあんた!」

僕のです。まあいいんだけど。

「ほう、それが異世界の飲み物か!真っ黒だが飲めるのか?」

「やはりそうでしたか。見慣れない透明な容器だったためもしやと思い回収しておきましたが、飲み物でしたか。液体なので回復薬か何かかと思いましたよ」

「みんなで乾杯でもどうよ、いいよなゆう?」

「うん、残しておいても炭酸が抜けちゃうし、良いんじゃないかな。味わって飲もう」

一応僕に所有権があるというのは覚えていたらしい。


バーンズ、アルフィン、エミルの三名は自前のコップがあるらしく、幸いなことにコップではないが深めのお皿もあったので僕はそれに入れてもらった。

ペットボトルの透明感や弾力、容器としての仕組みなどに興味津々だったのは言うまでもない。

おそらく、もう二度と飲めないであろうコーラだ。

5当分するとすこし少な目になったが、味わうにはちょうどいいのかもしれない。

「こういうみんなで飲むときの掛け声って、何かあるのかな。僕らでいう乾杯、みたいな」

「乾杯ということが多いが、昔ながらの掛け声で言えばイアーラ、か?」

「伝統的な掛け声ではそうなるかと。ですが普通に乾杯でよろしいのでは?」

「んじゃ、この出会いに乾杯だ!!」

「「「乾杯!!」」」

掛け声とともにみんなでコーラを飲む。

今日買ったばかりのためまだ炭酸が強く残っており、先ほどまでの緊張感からか普段以上に美味しく感じた。

「んじゃこりゃああああ!!うまい!!うますぎる!!!」

「ええ!ええ!!この強い甘みと刺激!とも言えない爽快感!!まさに美味!!!」

「なんでしょうか、このエールのような、それ以上にぱちぱちとする感覚。そして強い甘みと独特な酸味、でしょうか。美味いですねえ」

「これは何か香辛料が入っているんじゃないか?」

「いえいえこれは果実の味ですよ!」

「でもこのぱちぱちとしたのど越しは…」

三名はコーラの味に感銘をうけてあーだこーだと楽し気に話している。

こんなことならコーラの製造方法を知っておけばよかった。某コカの製造法は確か極秘とかそういう話だったような気がするけど…

「ねえ須藤くん、コーラってどうやって作られるか知ってたりする?」

「あ?んなの知らねえよ。そういうのはお前のほうが詳しそうだけどな?」

「ま、そうだよねえ…」

何かのスパイス、ジンジャーとかもかな。柑橘類……レモンとかそういうもの?問題は炭酸か。

「なに難しい顔してんだよ、まさかコーラを作ろうってか?」

「あーいや、もう飲めないと思ったら、ちょっとね」

「ははは、もし作れたら飲ませてくれや」

彼は楽しそうに笑う。これから先、どんなことが待っているのか、どうやって生きていけばいいのか分からないけれど、考えたらキリがない。

まずは、衣食住の確保なのかな。


「あの、もしよければ近くの村か町まで連れて行ってもらえませんか?」

「おー、そうだな。出来ることがありゃ手伝うからよ。頼むぜ」

僕らの提案に三名は考え込み議論をしていた。

「そうですね、村……よりは町のほうがいいと思いますが」

「だがどうやってこやつらを説明する?ワシらのようにあっさりと、はいそうですかと話が進むとは限らんぞ」

「ですがこれらの物品は明らかに私たちの技術領域を超えていますよ。教会に行けば保護はしてもらえるかと」

「異端審問にかかる可能性はないか?」

「それは…うーーん」


「なあ、俺らどうなると思う?」

須藤くんは何やら楽しそうな悪い笑顔をしたまま訪ねてくる。

「え?どうだろう…でもこの知らない土地で生きていくってなったらまずは安全な場所と食料の確保だと思うんだよね」

「あーー手ぶらでサバイバルってわけにもいかねえか……寝ることが出来る場所は必須だな」

確かに須藤くんならサバイバルでもやっていけそうではある。でも僕にはその生き方は絶対に出来ないのだ。

「残っているこの餡パンをどこかのパン屋みたいな場所で渡せたら売れたりしないかな、とか考えてるんだよね。あとはペットボトルとか、ペンとかさ」

「そんなの売れんのか?」

「多分……だけど」

ペットボトルの仕組みなど、技術として大きいんじゃないのだろうか。確かスクリューキャップが流通したのは1900年後半だった気がするし。

「ま、そういうのはお前の好きにしろよ。俺は魔法だの奇跡だのもそうだがこういう原始的な世界はわくわくするぜ」

原始的ってそこまでではないだろうに。

「俺の知らない世界、何より俺のことを知ってる面倒な奴がいない世界にこれたんだ。好きに楽しくやれそうだぜ」

「須藤くんってファンタジーとかSFとか、そういうもの少しは分かるの?」

「聞いたことはあるが知らねえけど、あれだろ?剣とか盾とか斧とか槍とか、魔法だとかでドンパチしてスライムだとかドラゴンだとかを倒すゲームみたいなもんだろ?」

「間違ってはない、とは思う」

日本でもそうだけど、紀元前から近代までそれこそ刀、剣や槍を扱った戦いはあったわけで。

問題は技術面がどれぐらいの時代か。目の前で話し合いをしている3人を見える限り、そこまで高い技術のある世界だとは思えない。

コーラを入れた容器は木製だし、ちらっと見えたが飲み水を入れているのは皮を使ったものだ。


「よし、決まったぞ。お前たちはアルサードから来た女神保護者とする」

考えているうちに僕らの処遇に関して方針が決まったらしい。

「アルサード?女神保護者?」

「アルサードっていうのはこの大陸から遥か西にある島国で世界でも類を見ない技術国家だ」

「滅多なことでは外界に出ていかないそうなのですが、極稀に海賊に拉致されたり海の事故などでこちらに出てくる方がいるのです。あなた方はそういう立ち位置としました。ある意味で異世界から来た者と言っても過言ではないでしょう」

この世界の最新技術を扱う国、そういうものもあるか。少し気になるな。

「そして女神保護者っていうのは、エミルが所属するような女神教会が保護するだけの事情を持った者ということだな。魔物に襲われ心が壊れたものや大けがを負ったもの。他人から深く詮索することが禁じられた者を保護民というんだ」

「私は女神協会の第五階位にいますので、一応保護者指定を付ける権利があるんです。あまり気は進みませんが深く詮索することで発生する影響を考えると妥当な判断だと思いました」

「そんなわけでお前たちはワシらと同行してベルバットの町まで来てもらおうと思うんだが、どうだ?一度最寄りの村でオーク討伐の報告があるから村に立ち寄る必要があるわけだが」

提案を聴いて、僕らは偶然にも顔を見合わせた。

「…はっ。んなもん、願ったり叶ったりだぜ。なあ?」

須藤くんは鼻で笑い肩を竦める。

僕も釣られるように笑ってしまいながら返答をする。

「はい、もちろんです」


「よし!それじゃ一度最寄りの村まで行くぞ!」

「なにやら楽しくなってきましたね」

「私は教会への報告内容を考えるのに必死です…」

さっと立ち上がり三名は森を進んでいく。

付いていけばいいのだが、ほんの数秒だけその後姿を眺めてしまっていた。

「おい」

「え?」

須藤くんが肘で小突いてくる。

「俺らの願い、叶ったじゃねえか。わくわくすんぜ?」

無邪気な笑顔を向けて、彼は三人の後を追っていく。

ーーー叔父さんごめんなさい。おばあちゃん、僕は行ってきます。

僕を引きとる予定だった親戚の叔父と、ここまで育ててくれた祖母に静かに謝辞を述べ、僕もそのあとを追いかけた。


こうして僕らは、見知らぬ世界への歩みを進めたのだ。

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