第2話 いつも通り? の一日

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 ~~♪ ~~♪ ~~♪ ~~♪


 朝だ。布団から腕だけを伸ばし、スマホのアラームを切る。目と頭が覚醒するまで十数分ほど布団に潜り、やがて仕方なく体を起こした。


 スリッパを履いてバルコニーと繋がる窓まで移動する。カーテンを開け、日光を浴びる。眼下には、わらわら動き回る人の群れ。毎日、毎日、よく飽きないなと他人事のように思う。全然、他人事じゃないんだけど。


 電気シェーバーで髭を剃り、簡単な食事を用意した。今朝は和食の気分じゃなかったから、メニューはフレンチトーストとサラダとコーヒー。喫茶店のモーニングみたいで洒落ている。わざわざ自分だけのためにこんなものを用意できるのも、心と時間に余裕があるからに他ならない。通勤時間が短いって、素晴らしい。


 食事を終えたら、歯を磨いて着替えなければ。この辺りでようやく、これから仕事なんだという実感が湧いてくる。いそいそ身だしなみを整えて、持ち物を確認し、時間に余裕を持って家を出た。




 始業時刻の二十分前に出勤し、同僚たちと挨拶を交わす。PCを立ち上げ、メールやスケジュールを確認して、ひと息。今日は、特に大きなイベントはない。いつも通りの平日である。


 やがて、始業時刻ギリギリになってから課長が出勤してきた。今日も今日とて陽気なおじさんだ。


「皆、おはよう! 今日も馬車馬のように働こうじゃないか! はっはっは!」

「「おはようございま~す……」」


 皆、おざなりに挨拶を返している。一緒に乗っかって挨拶を述べると、課長が俺の両肩をガシッと掴んできた。ちょっと痛い。


「やあやあ、八木沼君! キミに担当してもらった三社合同コンペの企画とプレゼン、素晴らしかったよ! 先方は我が社と契約を結んでくださるそうだ! よくやった!」

「え、ああ、そうなんですね。ありがとうございます。でも、俺だけの力じゃありませんよ。一緒に頑張ってくれたチームメンバー全員の手柄です」

「相変わらず謙虚なプロジェクトリーダーだな、キミは。まあ良い。今日中に先方から連絡が入るはずだから、粗相のないよう対応してくれ」

「はい」


 課長が過ぎ去ってすぐ、隣の席の同僚が「聡志、やったな!」と耳打ちしてくる。俺はそれに、小さなガッツポーズで応えた。皆で頑張った甲斐があった。達成感も一入だ。


 喜びを抑え込むのに苦労しつつ、その日の業務も卒なくこなした。




 仕事終わりに打ち上げをして、ほろ酔い気分で帰路につく。タクシーを使うほどの距離じゃないから、酔い醒ましも兼ねてのんびり歩いた。駅に近付くと、ちょうど電車から降りてきたのだろう人の群れに遭遇する。タイミング悪かったなあ。仕方ないか。


 必死の思いで前進していた、その時。人混みの中に在ってなお、ひと際異彩を放つ黒髪の美女とすれ違う。一瞬、目が合った気がして、背筋にゾクリと刺激が走った。これまでの人生で、あんなに美しい人と出会った経験なんてない。酔いもどこかへ行ってしまった。




 家に帰って来た俺は、興奮冷めやらぬまま、知り合いの女性を呼び出した。挨拶も雑談もなく、強引に寝室へと押し込む。何の抵抗もなく笑っている彼女の体を、気の済むまで抱き潰した。


 彼女を帰し、誰もいなくなった部屋で一人、ベッドに寝転がる。何だか、頭が痛い。酒を飲んだせいかな。早く寝てしまおう。


 こうしてまた、一日が終わった。いつも通りの一日が。




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 ~~♪ ~~♪ ~~♪ ~~♪


 朝。スマホのアラームを止め、少し時間をおいてからベッドを出る。カーテンを開けて、顔を洗って、髭を剃って、朝食を摂った。今朝のメニューは、フレンチトーストとサラダとコーヒーだ。うん、今日も美味しい。




 身支度を整えて家を出る。始業時刻の二十分前に出社して、同僚たちに挨拶した。メールやスケジュールを確認していたら、始業時刻ギリギリに現れた課長が、俺の両肩を強く掴んできた。


「やあやあ、八木沼君! キミに担当してもらった三社合同コンペの企画とプレゼン、素晴らしかったよ! 先方は我が社と契約を結んでくださるそうだ! よくやった!」

「え、ああ、そうなんですね。ありがとうございます。でも、俺だけの力じゃありませんよ。一緒に頑張ってくれたチームメンバー全員の手柄です」

「相変わらず謙虚なプロジェクトリーダーだな、キミは。まあ良い。今日中に先方から連絡が入るはずだから、粗相のないよう対応してくれ」

「はい」


 上司である課長には適度に謙遜し、隣の席の同僚にはガッツポーズをして見せる。仕事で褒められるのは嬉しい。自分にも価値があるんだと思える。こんな感覚、久しぶりだ。……あれ? 久しぶりなんだっけ? まあ、良いや。




 その日は定時で仕事を切り上げ、皆で打ち上げをした。明日に備えて酒はほどほどだったけれど、飯と雑談は楽しかった。




 家に帰る途中、駅の近くで人混みに逆らっていた時。これまでの人生で見たこともない絶世の美女とすれ違った。目が合っただけでゾクゾクするような、蠱惑的な女性だ。ほろ酔い気分も吹っ飛んで、体温が上がった気がした。




 都合の良い知り合いを自宅へ呼び、スッキリしたのでさっさと帰して、一人ベッドにダイブする。頭が痛い。頭痛薬を飲んで寝た。


 また一日が終わった。




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 朝。スマホのアラームで起きて、カーテンを開けて、洗顔と髭剃りを済ませて、朝食にフレンチトーストとサラダとコーヒーを摂って、歯を磨いて、身支度を整えて、家を出た。ちょっとだけ、具合が悪い気がした。




 職場に着いた。始業時刻ギリギリに課長がやって来て、契約が取れたと褒められた。課長には謙遜して、隣の席の同僚にはガッツポーズした。嬉しかった。たぶん。




 皆で打ち上げをした帰り道。駅の近くで黒髪の美人とすれ違った。あんな綺麗な人、この世にいるんだなあ、なんて月並みなことを思った。




 知り合いの女性を抱いて、一人ベッドに腰かける。頭痛と、少し吐き気もする。病院行かなきゃ駄目かな、これは。


 また、今日? 昨日? 明日? が終わった。




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 朝。明らかに気分が悪くて、動悸もしていた。でも俺は、体が動くままアラームを止めて、カーテンを開けて、洗顔と髭剃りを済ませて、朝食にフレンチトーストとサラダとコーヒーを摂って、歯を磨いて、着替えて、家を出た。




 会社に着いた。課長に褒められた。同僚たちも喜んでくれた。嬉しい。




 打ち上げをした帰りに、駅の近くでかなり綺麗な女性とすれ違った。目が合うだけでゾクゾクして、でもどうしてか、冷や汗が流れた。




 知り合いの女性を抱いて、一人ベッドに倒れ込んだ。頭が痛い。気持ちが悪い。動悸と冷や汗が止まらない。どう考えても異常事態なのに、救急車を呼ぼうという気が全く起こらず、半ば強制的に目蓋が下りてゆく。


 一日が終わる直前。曖昧な意識の中で、朧気に思うのだった。


 ――俺の人生、こんなだったっけ……?

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