13 相棒、友だち、ミルクティー
アリスの家は普段から家族が集まって住んでいるから(そして、一緒には住んでいないお父さん側のおじいちゃんおばあちゃんは、毎年お父さんのお兄さんたち一家と過ごすから)、クリスマスあたりの休みの多い期間も、わりといつもどおりだ。
だからアリスは、夕食がいつもよりちょっとごちそうだったり、夜もいつもよりちょっとだけ遅くまで起きているのが許されたりしたほかは、いつもどおりに暮らしたまま新しい年を迎えた。
去年と違うのは、スマホがそんなに気にならなかったことだ。学校に行ってたときでも、学校の友だちにはなんとなく距離を感じていたし、それで別にいいとも思っていた。なのになぜか、仲間はずれにされているんじゃないかなってことは気になって、みんなが何をしてるかとか見に行って、勝手に傷ついたりしていた。だけど今年はそういうことはしていない。
今年も、みんなが何をしているか全然気にならないわけではなかった。けれども、そんなこと確認したって仕方ないのはもともとわかっていたし、なにより今は時間を割きたいことがもっとほかにあって、つまらないことに使う暇なんかなかった。だって、もしかしたら今回の本は、アリスが今まで読んだ中で一番面白くなるかもしれないのだ。
アリスは年末、図書館で借りた本を、帰ってきたその足でエスターにも見せてあげた。コートも脱がずにエスターの部屋に直行したアリスは、ドアを開けるなり本を鞄から取り出しながら言った。
「今日借りてきた本なんだけど、主人公は警察官なんだけど、実は少しだけだけど魔法が使えて、でもそれは秘密にしておかないといけない国で、なんでも科学で解決できるっていうのが国の考え方なの。それである事件が起きて、主人公がその捜査をすることになるんだけど相棒がその国のね……」
「先にコートとマフラーをお脱ぎ。私は逃げないから」
エスターは苦笑いしながら言った。
エスターの部屋はしっかりあたためられていて、今のアリスには暑いくらいだ。さっき、あらすじをほとんどまくしたてるみたいに紹介したアリスは、息切れしながらうなずくと椅子を引き、脱いだコートとマフラーを背もたれにひっかけた。それから本を一旦テーブルに、そして鞄を足元に置き、アリスはようやく腰掛けて深呼吸した。
「とにかく、おばあちゃんも好きかもしれないと思ったの。それで。二巻までと、同じ作者の本二冊も借りてきた。読む?」
アリスは、重ねた四冊の中から、図書館で途中(さっきのあらすじのところ)まで読んだ一冊と、その第二巻とを取り分けて、残りの二冊をエスターのほうに向けた。エスターは、アリスの前にミルクティーの入ったマグカップを置いてからアリスの向かいに座った。
「これもルカが薦めてくれたの?」
「半分そうかな。作者の名前だけ教えてくれて、その中でどれを読むかはわたしが決めたよ」
「どうやって選んだの?」
「続きを誰かが借りてるやつは、面白いのかもと思って。それで図書館で最初のほうだけ読んでみたら、よかったから」
エスターは、自分に向かって重ねられた二冊のうち上にあったほうを手にとった。アリスは少しどきどきしながら、エスターがその本を開くのを見つめた。
エスターは表紙からではなく裏表紙から開き、奥付に目を落としながらアリスに聞いた。
「この作家さんは、人気なの?」
「わからない。でもわたしの中では人気になりそうな気がする」
エスターは珍しく、声を上げて笑った。アリスがきょとんとしていると、エスターは、じゃあこれを読ませてもらおうかね、と言いながら本を閉じ、その本を右手に持ったまま左手で、残った一冊をアリスのほうに押し滑らせた。
「もしアリスがほかのを読み終えてしまったときに、私がまだこの本を読んでいたら、順番はアリスに譲ってあげるからね」
「おばあちゃんが最後まで読んでからでいいよ。あと、わたし、この本もたぶん、何回も辞書を引きながら読むから、おばあちゃんのほうが読むの、はやいと思う」
「人に聞かないで、辞書をひくの?」
エスターの問いかけにアリスはうなずいた。お父さんもお母さんも休みの日以外は仕事で出かけてるし、おばあちゃんにもそんなに何度も聞きにきたら迷惑だと思っていた。そして、アリスにわからないことを何も調べずに答えられる友だちも心当たりがなかった。だからアリスは全部、ひとりでやる。アリスにはそれができるし、そっちのほうがはやい。そんなの学校から持ち帰った宿題でだって同じだった。
だからアリスにとってはそれは別にさみしいことでもなんでもなかったのだが、エスターは少しうつむいてから顔を上げ、じゃあ、と言った。
「一緒に読もうか」
「一冊を? 一緒に?」
「それでもいいし、同じ部屋で、別々に読んで、ときどき感想を言い合ったり、わからないことを聞きあったりしないかい。私がアリスくらいのときは、みんなゲームとか、スマートフォンとか持っていなくて、友だちとはそういうふうにして遊んでた」
アリスは窓の外を見、それから少し手元に目を落として考えると、「いいよ」と答えた。
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