9 学校、友だち、クリスマス
アリスはそれから一週間、図書館に行かなかった。
借りた本は辞書をひきながら読む場面も多かったけれども、それは以前マーゴにリストどおりに借りていた古い本を読むときに慣れていたから苦ではなかった。ただ単純に時間がかかるし、かといって途中で切り上げるのにきりのいいところもない。というか、ここまで読んだらやめようと思っていたところが、かなりの割合で「いいところ」なのだ。どこもかしこも次回予告みたいな感じ。それじゃ、ページをめくれば続きがわかる以上、当然めくってしまう。
でも、これがゲームだったらお父さんはきっと、こんなふうにお母さんに「まあいいじゃないの」と言ってはくれないんだろうな、とアリスは思った。本とゲームの立場は、大人の中では全然違う。それはアリスにとっては良いほうに作用している。
学校ではみんなゲームの話をしていた。同じゲームをしていることは大前提で、友だちどうしでチームを作り、学校から帰ってもオンラインで遊ぶ。そのときに、レアなアイテムを持っているとか、レベルが高くて強いとかが、友だちどうしの上下関係を決め、それはゲーム内にとどまらず、学校での関係にも引き継がれる。
アリスもゲームは嫌いではなかったけど、ひとりで遊べるパズルとかが好きで、人と競うのは苦手だった。そう言って断ったら「協力しあってるだけで別に競ってない」って言われたけど、アイテムやレベルで偉さが変わるのも、誰かの失敗のせいで余所のチームに負けたときに微妙な空気になるのも、競ってるのと一緒じゃないかなあ、とアリスは思っていた。
そういう空気になじめなくて、アリスは一応始めたゲームをすぐにやめてしまった。アカウントの削除はしなかったけど、チームに招待してくれた友だちとは話す話題がなくなって、だんだんほかの人とも距離が遠くなった。それを、ちょっとさみしい気がするな、と思ったときに久しぶりにゲームにログインしたら、チームから追放されていた。
アリスが学校に行かなくなったのは、そのすぐあとというわけではなかった。でもアリスは、たぶんあれも、学校に行くのがばからしくなった理由のひとつなんだろうな、とは思っている。
本から顔を上げて窓の外を見た。リビングの窓は温度差で曇っていて外ははっきり見えないけど、雪が降っているのはわかった。斜めに落ちていくから風も結構強そうだ。
アリスはカレンダーを見、もうすぐクリスマスだな、と思った。去年は十二月になった瞬間におばあちゃんがクリスマスツリーを飾り付けたけど、今年は足を痛めているせいか、何も出ていない。お母さんが朝、玄関ドアの外側にリースをかけたけど、アリスは家の外に出ていないから、それが去年のをまた使ったのか、それとも新しく準備したのかも知らなかった。
お父さんはテレビの前のソファで、ガーデニングの番組を見ている。番組の中の庭はこんなに寒くなさそうだ。お父さんが、いいなあ庭欲しいなあ、と呟くと、お母さんはキッチンでコーヒーをドリップしながら「このへんじゃ無理よ」と返事をした。
「引っ越す? ふたりともオフィスに出勤しなくてよくなったら、だけど」
お父さんが、体はテレビのほうに向けたまま、首だけひねってお母さんに聞いた。お母さんは「そうねえ」と答えたけど、そんなに乗り気ではなさそうだ。
アリスはそのお母さんの様子を見て、ちょっとほっとした。お父さんには悪いけど、アリスは引っ越しはしたくなかった。少なくとも今は、ルカに聞きたいことがまだたくさんあったので。
お父さんとお母さんは、アリスが学校に行かなくなってすぐのころは、引っ越して環境を変えようかということを結構夜遅くまで話し込んでいるときもあった。アリスがそれを知っていることを、たぶんふたりは知らない。
アリスはふたりが、アリスのことを真剣に考えてくれているのがわかったし、それはすごくうれしいと思ったし、アリスが学校に行けるよういろんな工夫をしようとしてくれていることもありがたかった。でもアリスにはそもそも「学校に行ったほうがいい」ということがしっくりこないのだ。勉強なら家でもできる。実際、アリスは、学校の授業で学ぶ前に教科書なんか全部読み終えていた。
学校に行ったほうがいいと自分で思えないので、自分の大切な人が「行けるように」と頑張ってくれるのはなんだか申し訳ないし、息苦しかった。どんなに頑張ってくれても、アリスはたぶん、その期待に応えることができない。
だから、条件つきで「行かなくていい」とはっきり言ってくれたおばあちゃんのことを、アリスはとても心強く思った。実はそれまでおばあちゃんを、ちょっと鬱陶しいなと思っていたのだけど。なんだかいろんなタイミングというか、ペースが合わなくて。
ページをめくる。ここでこの章は終わりだ。また続きが気になる終わり方をしているけど、アリスは今度は強い気持ちで読むのを止め、しおりを挟んで本を閉じた。
もうすぐお父さんが見ている番組が終わる。アリスはお父さんに言った。
「お父さん。それ終わったら、ツリー出して、飾りつけしようよ」
「ん? ああ。そうだね」
アリスは、キッチンからお母さんが「私もやる」と言うのを聞くと、本をテーブルに置き、エスターを呼びにいった。
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