6 尾行、尾行、尾行
アリスがルカから教えてもらった本二冊を持ってカウンターに戻ると、やっぱりまださっきの人がいた。
アリスはカウンターが見える位置に置かれたベンチに腰掛け、その人の用事が終わるのを待つことにした。でも、そうして待っているうちに、また別の人が本を持ってカウンターに向かってきた。あの人に順番を抜かされたら困るなと思ったアリスはやむなくベンチから降りて、壺の人の後ろに並んだ。
壺の人はアリスが後ろに来たのに気づくと、ちょっと脇に避けてくれた。ルカとの話は続いているけど、通路に行列ができてふさいでしまうのを気にしたのかもしれない。
アリスは壺の人がどいてくれた分空いたカウンターの前に、壺の人に並んで立った。その結果、壺の人とルカとの話がよく聞こえるようになってしまったのだけど、まあいいか。壺の人は、そうなるのが嫌ならたぶんここを空けてはくれなかっただろうし、ルカも一瞬こっちを見ただけで普通に話を続けている。
壺の人はどうやら前回マーゴから聞いた本を探して読み、その本の中で見つけた別の本を読みたいと思ったらしい。でもその本はこの図書館にはないから、マーゴはほかの図書館にある本も調べた。そしたら持ってる図書館は見つかったけど、貴重な本だから貸し出すことはできない、読みに来てってことだったそうだ。
飛行機で行かなきゃいけない距離だから困ったな、なんとかコピーだけでも取り寄せられないかなってことで壺の人がルカに相談をしたのが今朝の、まだアリスが来る前のこと。そしてルカはその件でいろんなところと電話をしていたので、アリスが来たときにはカウンターにいなかった。
壺の人はルカと相談しながら、結構、アリスに同意を求めたりした。アリスは大人なのに変な人だなとは思ったけれども、ルカもいるし、別に嫌な感じもしなかったので、うなずいたり首を傾げたりして話に参加した。
ルカは壺の人を「ワタライさん」と呼んでいたから、たぶんそれが壺の人の名前なんだとアリスは思った。それが苗字なのか名前なのかはわからなかったけれども。アリスたちの後ろに並んだ人は、ルカと壺の人との話が長いのに気づいたミラが別のカウンターに誘導して対応した。
そうして最後にルカはため息をつくと、「飛行機代のほうがまだ安くつくと思うけど」と言いながら、二つに折ったメモ用紙を差し出した。
ワタライはそれを受け取って開き、うれしそうに「近所だな」と言った。
「ここで読めるならこっちのほうがいい。知ってるなら先に言ってくれたらよかったのに」
「読めるとは言ってない。食えない店主だからね。あなたのこれと」
ルカは無表情のまま、ワタライに向かって右手でお金のジェスチャーをしながら、続けた。
「あとは
「人聞きのよくない言い方するねえ。悪い司書だな」
ワタライはアリスのほうを見ながら半笑いで「ね」と同意を求めたが、アリスは唇をきゅっと結んで、それ以上の返事はしなかった。ワタライは苦笑いしながらメモを懐にしまい、足元の壺を持って、アリスに「またな」と言って去っていった。
やっとアリスの順が来たので、アリスは本二冊をルカに差し出しながら、聞いた。
「ワタライさんってル……」
そこでアリスは言葉に詰まった。ルカの名前はマーゴから聞いただけで、本人からは教えてもらっていない。アリスはルカを改めて見たけど、ルカが首から提げている身分証はちょうど裏を向いていて名前が見えなかった。じゃあアリスはルカのことをなんて呼べばいいのだろう。
でも、ルカはアリスから本を受け取ると、アリスのほうは見ずに手続きをしながら、答えた。
「ルカ・ワイラー。どっちでも好きなほうで。ワタライさんとはここで知り合って、ここでだけの関係。人と本をつなげるのが僕の仕事だから、ワタライさんには彼の読みたい本のありかを伝えた」
「ありか、図書館以外でも調べてあげるんですか?」
「普通はあんまりやらない。でも今回は古い知り合いから、その本探してるなら持ってるって連絡があって。ちょっと癖のある人だけど、ワタライさんも大人だからね」
アリスは、ふうん、と言いながらルカから本を受け取った。
おばあちゃんがアリスくらいの年のときにはもうとっくに図書館で働いていたルカの「古い」知り合いで「食えない店主」で「癖のある人」。ワタライはそこに乗り込んでいくらしい。たぶん壺を持って。
アリスはその「知り合い」に、そしてワタライ対ルカの知り合いのバトルに、急速に興味が湧き上がるのを感じた。
近所だって言うから、ワタライさんは図書館を出た足で、そのお店に行くだろう。まだお昼前だし。それなら、今急いで外に出てワタライさんを見つけたら、あとを追っていけばその「古い知り合い」のお店にも行けるかも。
アリスはルカにお礼を言うとカウンターに背を向けて、十歩くらい歩いて離れたところで走り出した。
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