第11話 リスタネーヴ
カディスを連れて小屋に戻ってきたグリスは、カディス用の服を物置から引っ張り出してくるとすぐに床に寝転がってしまった。
またしても鍵を掛けていない。どうやら結界があるらしいので鍵は必要ないのかもしれないが、ヴェルテのように無理やり侵入してくる人物がいないとも限らないので、カディスは鍵を掛けておくことにした。
そういえばグリスは不穏なことを言っていた。
『お前みたいに手あたり次第殺してたら確かにいつかは当たると思うけど』
手あたり次第魔石病患者を殺していれば、いつかはすでに手遅れになっている者を殺すことができる、という事だろうか。
そんなことをするなんて無茶苦茶だが、あの男ならやりかねない。
いや、実はもっと恐ろしい意味なのかもしれない。例えば。
「手あたり次第誰かを殺していれば、その中に一人くらい魔石病患者がいるかもしれない」
というような。
リスタネーヴの目的は魔石病をなくすこと。そのためなら、どんな犠牲を払っても構わない、という方針なのだろうか。それともヴェルテだけが特に無茶苦茶なのか。
ヴェルテがグリスの事を「最下位のくせに」と言っていたのは、魔石病患者を殺した数がリスタネーヴの中で最下位という事なら、組織自体が殺人を推奨しているということになる。
そんな恐ろしいところにいるわけにはいかない。でも結界がある以上どうやって逃げ出せばいいんだろう。今はグリスの機嫌を損ねないようにするしかないんだろうか。
ふと横を見ると、グリスはぬいぐるみを抱えて子供のようにすやすやと眠っていた。
大きさはアズが持っていた角のあるぬいぐるみと同じくらいだ。
そういえばカディスの妹、マジョレルも猫のぬいぐるみをいつでも持ち歩いていた。ピアノのレッスンにも連れて行き、先生に叱られたことがあるくらいだ。
ぬいぐるみをいつも持っている人物は、結構多いのかもしれない。
妹の事を思い出して涙ぐみそうになったカディスは、無理やりにでも眠ってしまう事にした。結界から出られない以上、考えても不安が募るだけだ。
物置にあったぼろ布を毛布代わりに体に巻き付けると、カディスは目を閉じた。
目を覚ますと、グリスはすでにいなかった。鍵はやはり開いたままだ。
小さなテーブルには水差しとパンのようなクッキーのようなものが10個ほど置いてある。
空腹を覚えたが、勝手に食べたら怒られそうなのでグリスを探すことにした。作業場だろうか。
外に出ると、グリスは空中に文字を書いている所だった。これはたしかどこかへの入り口を開く魔術だ。
「どこか行くのか?」
何気なく尋ねると、グリスは答えた。
「担当地区が変わったから別のところへつながる入り口を作っている」
「そっか、大変だな」
そういえば実家の宝石店にはいくつかの支店があったが、父は成績の悪い従業員は辺鄙な場所にある支店の担当にしていた。グリスもそういう目に遭っているのかもしれない。
「それと、お前の事をどうするのか決めないといけない」
猫のような目と視線が交差する。カディスは思い出した。
(そういえば、ルピナは俺の事を始末するようにってグリスに言ったんだよな……)
ルピナの事を考えるとまた胸がぎゅっとなる感覚を覚えたが、それよりも今後自分がどうなってしまうのかが気がかりだ。
今のところグリスはそこまで自分に悪感情を持っていなそうだし、ここは嫌われないように、やる気をみせるしかない。
「あ……あのさグリス、俺一生懸命魔石病を治す手伝いするし、薬草採集もできるし、あ……あと回収も頑張るからさ、だからここにいさせてほしいんだけど……」
「魔石病?」
グリスは怪訝そうな顔をした。まるで知らない言葉を初めて聞いた時のような反応だ。
「え……と、グリスたちリスタネーヴは、魔石病の治療と研究をしてるんだよな?」
「魔石病というのは、魔石を持っている状態のことか?」
「えーっと、体内に魔石ができる病気って事だから……そういうこと、だよな?魔石が大きくなると魔力に支配されて、暴走するようになるって……」
なぜ自分より詳しいはずのグリスにこんな説明をしているのか分からず、カディスは首を傾げた。
「それはルピナから聞いたのか?」
グリスは眉をひそめた。左右で色の違う瞳に困惑が浮かんでいる。
「そうだけど……」
それを聞いたグリスはため息をついた。
「うすうす気づいてはいたけど、ルピナはお前にリスタネーヴの正しい情報を何も話していないみたいだな」
ルピナが、何かを隠していた?
ルピナが自分の事をどうでもいいと思っていたことがすでに分かった今でも、その言葉はカディスの胸を締め付けた。
「何も?」
声が情けないほど震えている。グリスは言葉を選ぶように額に手を当てると言った。
「今の時代、魔石は体内にできるものじゃない。もちろん一番初めに魔石を持った人々に関しては、砕け散った魔力の結晶を吸い込んだせいで体内に魔石ができたと言われている。ただそれ以降の世代における魔石の保持者は、魔石を持った親から生まれた者か、故意に体内に魔石を埋め込んだ者のどちらかしかいない」
「え……でも、生まれつきのものだったとしても次第に大きくなって、その石が大きくなって取り出せなくなるともう手遅れだっていうのは変わらないんじゃ……」
「確かに魔石が大きいほど魔力は強い、と思う。ただ自然と大きくなることはない。人為的に魔力を補給しない限り石はそのままだ」
どういう事だろう。次第に石が大きくなって、持ち主を支配してしまうというのはルピナの嘘だったのか。
「それと、魔力の暴走については石の大きさとは関係ない。以前『狩った』連中も故意に攻撃してくることはあっても暴走している様子はなかった。適性がないのに無茶苦茶に魔力を補給すれば暴走はするかもしれないが、ただ体内に魔石があるだけで暴走するとは思えない」
ルピナから聞いた話と食い違いすぎている。一体どうして。アズはもう取り返しのつかない状況なんかじゃなくて、ただルピナがアズの魔石を回収したかっただけなのか。
「でも、ルピナはなんでそんなことを」
「病気を治すためだと言えばお前を協力させやすいと思ったんじゃないのか」
そう、なのか。それなら、リスタネーヴの目的は一体何だったんだろう。聞くのが恐ろしいけれど、聞かずにはいられない。
「じゃあ、なんで魔石を回収してるの?」
こわごわ尋ねるカディスに、グリスは呆れた顔で答えた。
「アザレア王朝の末裔であるエルドニア・アザレアの魔力を強化し、昔のようにアザレア一族が支配する世界を作るため」
「はぁ⁉」
アザレア王朝の事は学校で聞いたきりだが、昔世界を支配し、他の人間や魔術師たちを奴隷のように扱っていたと聞く。そんなものが復活したらたまったものではない。
「ルピナやグリスも、アザレア王朝を復活させたいのか……?」
「ルピナはそうなんだろうな。俺は別にどうでもいい」
グリスは不機嫌そうな声で言った。これは地雷だったのか。
「そう……なのか」
どうでもいいのなら、どうして協力しているんだろう。しかし聞いたら怒られそうな気がするので、聞けなかった。
「えっと、魔石を回収すると強くなるのか?」
「ああ、回収して体内に埋め込むか、適宜摂取すればいい。ただ今のエルドニアは病気で魔石を受け付けないから、一旦集めて保管している状況だ」
エルドニアの病気が治ったらまずいのかもしれない。
「病気って何が原因なのかな?」
「呪いらしい。ルピナなら知ってるんじゃないのか」
グリスはあまりリスタネーヴ内部のことに詳しくないようだ。やはり回収の成績が悪いからなのか。
「そうだ、『狩り』っていうのは」
何となく意味は分かったけれど、念のため聞いておく。
「魔石の保持者を殺して石を回収すること、だな」
大体予想した通りだった。つまり、リスタネーヴに所属する以上、どっちにしてもアズを殺さなければならないということになる。
グリスは暗い目でカディスをまっすぐに見つめた。
「リスタネーヴについて分かったなら、決めろ。所属するか、または」
その後をグリスは言わなかったが、続くのは「死ぬか」という言葉だろう。
カディスは震えながらひきつった笑みを浮かべて言った。
「言ったじゃん、手伝うって。だからここにいさせてよ」
「まあいいけど」
グリスは腑に落ちないといった顔で頷いた。
「それなら、キールにもそう伝えておく。話が通っていないとルピナが何をするか分からないからな」
ルピナの名前が出ても、体が熱くなることはなかった。むしろ手足が気持ち悪いくらいに冷たい。これからどうなってしまうんだろう。カディスは唇を噛んだ。
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