幕間3 あるネクロマンサーの狂愛
実写の映像ではもちろんのこと、アニメや3DCGの映像でも、私は血が出てくるといつも視線を逸らしていた。
映像で赤い血を見る度に、想像の中で血まみれになった登場人物と自分を重ねてしまって、痛々しくなってしまうから。
だからずっと抵抗があった。
それでも夢を叶えるために、私は死霊術の真理へと近づかなければならず、それには誰かの死が必要だ。
長い間ずっと避けて通ってこなかったその瞬間を、私はようやく迎えた。
「…とても綺麗」
最初に手をかけたのは、自分の殻にこもって、塞ぎ込んでいるような女の子。たくさんの人から心無い言葉を浴びて傷だらけになった子。そして彼女はその痛みを慰めるように、SNSで顔の知らぬ他人に刃を投げつけていた。
きっといなくなっても誰も困らない。そんな人を選んだ。
醜い心、その血を浴びた私も、きっと醜くなるのだろう。それが怖くて、彼女が事切れる寸前は手が震えた。
でも彼女の体を切り裂いて浴びた血は、映像作品で見る偽物のそれよりもずっと美しかった。
直前まで生きていたことを感じさせる熱、ルビーがそのままの光沢を持って液体になったような艶やかさ、そして時間が経つごとに生が抜けていく儚さに、お腹の下あたりが切なく疼く。
そういえば吸血鬼伝説のモデルとなったエリザベート夫人は、自分を若さを保つために処女の血を浴びていたとされているけど、なんとなくそう思ってしまう気持ちが分かったような気がした。
「…いけない。早く取り掛かろう」
「お嬢様、お顔の血を拭わせていただきますね」
「ありがとう」
作業に取り掛かった私のそばで、彼は恭しく私の頬に飛び跳ねていた血を布で拭ってくれる。生々しい匂いの中に、爽やかな彼の香りが鼻腔をくすぐって、私はますますたまらなくなった。
「…ねぇ、今日は一緒に寝てもいい?」
「もちろんでございます…それにしても、珍しいですね」
確かに思わず口にしてしまったけど、一緒に寝ようだなんて、小学生低学年の頃以来だったことを今更思い出す。
顔が熱くなっていくのを感じる。もしかして、まだ熱い血が顔についているんだろうか。
彼の方を見る。彼はどこまでも優しい微笑みだけを、私に向けてくれていた。
彼と永遠を生きたい。
私は強く固めた自分の決意と、願いを思い出す。時間は残されていない。女性の賞味期限はあっという間に過ぎてしまうのだ。
完璧で美しい彼の隣に立つのは、一番美しい時の私でありたい。
私は気を取り直して、眼下に横たわる死体へと意識を集中させた。
◆====◆ ====◆ ====◆ ====◆
夜−−
私は彼の腕の中に包まれて、しかしながらその気持ちは少し沈んでいた。
「まだ始めたばかりですよ。お嬢様」
「あなたには分からないよ…読むのとやるのとでは大違い。全くどうすればいいか、糸口さえ全然見つからなかった…」
昂ってきた気持ちはすっかり、今夜の失敗で萎えてしまっていた。死体を仮初の魂を入れて、屍人にすること自体に問題はなかった。
でもそこから発展して、私が彼と永遠になるために、私のまま体だけを劣化しない不老にする手がかりはまるで見つからなかった。
死体は屍人になった時点で、生前とはまるで別の存在になる。感情も表に出せず、機械的な対応しかできない人形。このまま転用しても、私の魂はきっと崩壊してしまうだけだろう。
「大丈夫ですよ。お嬢様には、とても素晴らしい素質がありますから」
「本当にそうなの? ご先祖様の誰よりも?」
「ええ、他のどの方よりも」
「私は特別? あなたはにとって、私は…」
「はい…誰よりも特別で、お慕い…いえ、愛しております」
耳元で囁かれた甘い声に、それまでの暗い気持ちは吹っ飛んで、桃色の感情が溢れかえった。
「ありがとう。私も、愛してる。誰よりも」
だから、私はあなたと永遠になる。
たとえ誰を犠牲にしたとしても。
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