第6話
「……はい、私が…佐藤、ですが」
昼休みに僕たちが向かったのは、同じ2年の佐藤美香という生徒が在籍しているA組の教室だった。
桜織高校の校舎は中央の中庭を囲うような、いわゆる回廊型の校舎となっており、二つの階段を結んだ線が中心線として対称的に教室が向かい合う形で2つずつ配置されている。
つまり僕が在籍しているC組の、中庭を挟んだちょうど向かい側だ。
ミコが在籍しているS科のクラスは、大きい渡り廊下を挟んだ別棟になっている。だから僕たちは普通科のある棟2階の階段付近で落ち合って、そのままA組へと向かった次第だ。
そしてついに僕たちは家出リストの中にある1人の生徒と顔を合わせた。
佐藤美香は素朴な印象を抱かせる生徒だった。髪を後ろで二つに分けていて、黒い縁メガネをかけた、文学少女を彷彿とさせる姿の少女。
「少し聞きたいことがあるのだが、いいかな? 君が少し前に4日前後姿をくらましていた件についてだ」
ミコの背は平均的な女子という背の佐藤よりも、さらに小さい。しかし威風堂々としたミコの雰囲気のせいか、彼女の方が大きく見える。
一方で佐藤の反応は、酷く薄く、言い換えれば虚無的だった。いや、これは先入観だ。ネット掲示板で書かれていた”魂のない抜け殻”というワードが尾を引いているのだ。
普通に内向的な性格と捉えれば、不自然というほどでもない。
「あの…あなた達は…」
「あぁ、すまない。私はS科の遠藤、こっちはC組の式島という奴だ。どちらも2年、君の同級生さ」
「はぁ…」
「私たちは互いに都市伝説について調べることが趣味でね。この学校で起こっている少し変わった神隠しについて調べているんだ」
佐藤に反応らしい反応はない。瞳を僅かに俯かせていて、表情に変化は全くといっていいほど見られなかった。
先入観は無くしたつもりだが、それでもあまりの反応の淡白さは、不気味さを感じる。
「…それが、私と…何か関係があるんですか」
「色々と調査してみて、君が4日ほど消息を絶ったことを知ったんだ。もしかしたら件の都市伝説について、何か知っているんじゃないかと思って、話を聞きに来たというわけさ」
「あれは…ただの家出です…」
「ほう。なるほど、ただの家出と…ちなみに、どうして家出を?」
ミコは僅かに佐藤との距離を詰めた。これでは話を聞くというよりは尋問だ。詰め寄ったところで、まともな話が聞けるような雰囲気ではなさそうだが…
「何故…そんなことを、あなたに話さなければならないのですか…」
案の定、返ってきたのは頑なな拒絶。佐藤の視線はさらに深く俯いた。
「お、おい——」
「【邪魔するな】」
この感じはきっと何を言っても打ち明けてくれることはないだろう。それはミコだって分かっているはずだ。僕は思わず、声をかけようとして、しかしミコに命令され、瞬間僕は動くことも話すこともできなくなって、硬直してしまう。
おい、命令はしないんじゃなかったのか。また「これっきり」が覆されてるじゃないか。
佐藤から不審なものに向けるような視線を感じる。
「あぁ、すまないね。確かにあまり個人的事情に踏み入れるべきではないな。分かってはいるんだが、私の悪癖でね…しかし、何か思い悩むことがあるなら、誰かに相談したほうがいいぞ?」
「余計なお世話ですが…あの…もういいですか」
抑揚のない声、しかしながら明確な拒絶の意思だけはそこにあった。佐藤の視線は、僕たち2人に向いていない。初めから、僕たちは拒絶されている。
そしてミコの言葉を待たず、佐藤はそのまま僕たちを避けて、生徒の群衆の中に消えた。
「…結構踏み入るんだな」
僕はポツリとこぼすように言う。
「…まぁ、これは下ごしらえのようなものだ」
ミコは佐藤が消えた先を見つめていた。
「下ごしらえ…?」
「そのうち分かる、かもしれない…それよりも次だ。念の為、あと数人は確認しておきたいからな」
僕の疑問に答えることなく、ミコはさっさと歩き出してしまう。
…というか、僕は何をしてればいいんだ?
今も僕はミコの後ろで突っ立っているだけだ。というか何かを話せば、また命令されて、あの意思を捻じ曲げられるような気持ちの悪い感覚を味わうことになると思って、意図的に何も発言しなかった。
元々ミコは僕に対して何かをするように指示はしなかったし、今もそれで特に何も言ってはこない。結局ただついて回っているだけだ。
正直、話している内容が内容だけに、気まずさはある。もしこの学校で起こっていることが、ネクロマンサーとか、神隠しとか、そんな怪事件ではなく、ただの流行が起こした取り止めのない偶然だったとしたら。
ミコは他人の事情に踏み込むことに、どうやら躊躇いは皆無のようだ。いや、僕もこの学校で起こってることの真相に興味はある。でも実際に当事者に踏み込んでいるミコの姿を見ると、躊躇いが出てしまうものだ。
…
ミコの背中を見つめながら思う。記憶がなくなって、空っぽになった器だけの、生きる屍。それなのに一応他人を思う心がある自分に安堵しつつ、目の前の少女には呆れる。
まぁ、遠藤ミコという少女も、見た目と年齢が違うという。彼女の話によれば、少なくとも千年は生きているらしい。もちろんどこまで真実かは確かめようもないが、どちらにせよあらゆる面で彼女は普通ではない。
そんな人間を、普通と同じ物差しで計ること自体が間違っているし、比べても虚しくなるだけ、か。
ため息を吐いて、僕は頭を切り替えた。
そしてそれからも僕らは、リストにあった人物数名にあたり、佐藤の時と同じような話をして、同じような結果を繰り返した。
僕はといえば、結局ミコの後ろで黙って聞いているだけで終わってしまった。
「…これ、僕は必要だったのか?」
昼休みが半分くらいを過ぎたところで一度切り上げることになった僕達は、校舎裏手方面にある階段の踊り場で立ち止まっていた。ここは人気もなく、周りに聞かれたくない話をするにはうってつけの場所だ。
「あるに決まっている。もし標的が私たちに敵意を抱いていた場合、話しかけた瞬間に屍人を通して襲いかかってくる可能性もあったからな」
「…ちょっと待て。僕って、そんな盾役をするために連れて行かれたのか」
思いもよらぬ役割に、僕は咄嗟に後ずさってしまう。
「何を今更。死なぬ身体なのだから、そういう役回りになるのは当然のことだ」
「そっちこそ、似たようなものなんじゃないのか…」
だって千年も生きているし?
「お前が不死なら、私はどちらかというと不老に近いんだ。つまり外的な負傷には脆い」
「そ、そうなのか」
なら、仕方がない…のかもしれない。
「ま、腹を刺されるくらいなら、全く問題はないが」
「…おい。だったら僕が盾になる必要はないじゃないか」
「何を言っている。私は痛いのはあまり好きじゃないんだ」
「僕だってそうだよ!」
再生するかといって、痛みがないわけじゃなかった。僕は目覚めたばかりの時、不死を証明する為に刺されたことを思い出して表情が歪む。あれ、まだ夢に見るんだぞ。
と声をあげてみたものの、ミコが僕を蘇らせた術師である限り、僕という存在の優先順位が彼女よりも下であることは明白だ。
可能性として、ミコが消えてしまったら、その術で蘇った僕も消えてしまうということもあるのだ。
…というか、それはまず確認しておかなければならないことなのではないだろうか。
「お前の方はたとえ頭を吹っ飛ばされても復活するのだから、我慢すればいいだけだろう。——あぁ、ちなみに私とお前は運命共同体。私が死ねば、もちろんお前も物言わぬ死体に戻るからな」
「なっ…どうして」
「顔に書いてある」
僕は思わず顔に手を当ててしまう。もちろんそんなことをしても、僕の顔に何か書いてあることが確認できるわけでも、もちろんそれを隠せるわけでもない。
「…それより、どうするんだよ」
「ん?」
だから僕は話題を強引に変える。というか、本当にどうして思っていることがバレてしまったのだろう。
僕ってそんな饒舌な顔をしているのか。それとも僕の思考は彼女に筒抜けなのだろうか。説明されていないだけで、彼女のネクロマンサーとしての術の影響下にある僕の思考は読める、とか。
…あり得る。だけど、それはパンドラの箱だ。聞いて、もしその真相が是だったら、もはや僕は普通に過ごせていけない。
ここは単に僕の顔が、口よりもお喋りであることが事実であると思っていた方が、精神衛生上は良いだろう。
僕は頭を左右に振って、思考を戻す。
「ここまで大した話は聞けなかったじゃないか。まだ続けるのか?」
時間はまだあるが、どうもこのまま続けても僕はあまり意味がないような気がしていた。
「そうか? 私は十分得られるものはあったと思うがな。お前も、感じたことはあったはずだ」
「感じたことって…」
ミコはこちらを試すような笑みを浮かべている。僕はただ後ろで突っ立っていただけに、この問いかけに答えられないのは気まずい。
しかし本当にミコとの会話の中で手がかりとなるようなものは何もなかった。ミコが会話をした相手は全員、似たような反応、似たような答えだった。
似たような、というより…会話の運び方に多少の違いはあったけれど、全て同じ反応だった。
頭の中に会話した生徒の顔を浮かべようとしたけれど、誰とどう会話したか、それを正確に結びつけることができない。全てが奇妙なまでに同じ印象だったのだ。
そう、まるで——
「…まるで、同じ人との会話を、繰り返し眺めているようだった。気持ち悪いくらいに」
「その気持ちの悪さは、正しい感覚だ。あれはおそらく作った魂をいくつも複製して、違うガワに入れている。つまり中身が同じというわけさ。杜撰な性格なのか、それとも技術的な問題か…私の印象としては、両方という説を押したいところだが」
外側だけが違っていて、中身は同じ——
普通の人間や、あるいは僕という存在とも、おそらくそこが決定的な違い。
そしてこの学校に来てからずっと感じていたあの違和感の正体も、元を辿れば多分、そこに行き着くのだろう。
当たり前だ。同じ人間が何人もそこら中を歩いていたというのだから。
「——もはや私の中では、自分の推察に十分確信を得ることができた」
「…相手の素性はともかく、正体の手がかりは掴めなかったじゃないか」
「そう焦るな。ひとまずこの学校で起こっていることが同族の仕業であるという確信は得られた。となれば、必然的に標的はこの学校の関係者である可能性は高いが…」
そうだ。学校の関係者、というだけでも数百人はいる。その全てからたった1人を見つけ出すなんて、そう簡単にできるわけもない。せめて何か手がかりでもなければ。
「どうやって特定するんだ?」
「簡単にはいかないさ。だからこういうのは段階的に絞り込んでいく必要がある。まだ時間はあるな…よしいくぞ」
ミコはもたれかかっていた壁から離れ、階段を降り始める。
行くってどこに——そう声をかけようとしたが、聞いても仕方がないと思いとどまって、僕はとりあえず彼女の背中を追いかけた。
「…情報処理室?」
ミコについて辿り着いたのは、パソコンがいくつも並ぶ情報処理室だった。ミコは施錠された引き戸を当然のように取り出した鍵で開錠する。予め鍵を借りに行っていたのか。
施錠されていたから、中には当然誰もいない。
「さて、早いところ済ませてしまおう」
「こんなところで何をするつもりなんだよ」
「簡単な、調べ物さ」
そう言うや否や、ミコは適当なパソコンの前に座り、電源を入れた後、懐から小さなUSBメモリを取り出した。
僕は首を傾げながら、ミコの行動を後ろで見守る。パソコンで一体何を調べるつもりなんだろう。この学校の噂について書かれたネット掲示板で、新しい手がかりでもないか調べるつもりなんだろうか。
あまり有力な情報は期待できそうにないなと思いながら眺めていると、ミコはおもむろにUSBメモリをパソコン本体に挿し込んだ。
するとデスクトップ画面だけを映していたモニターに、黒い画面のウィンドウが立ち上が離、そして次の瞬間には、黒い画面を白く染める勢いで文字列が流れ始めた。
「お、おい…何してるんだよ」
「言ってるだろ、調べ物だと。ただし、目的の情報が教員しか入れないデータベース上にあるから、ちょっと侵入しているだけだ」
「それって…まさかハッキング…」
そんなこともできるのか、と感心しそうになった気持ちをはたき、僕は咄嗟に周囲を見渡した。情報処理室には誰もいないし、廊下から覗いてくるような誰かもいなかった。
「ふむ…これだな」
ミコはまるで何事でもないように、慣れた手つきでPCを操作している。まるで犯罪行為をしていないかのようなしれっとした顔つきで。
…めちゃくちゃだ、この人。
僕は今すぐこの場を離れたいという衝動を抑えながらビクビクとしていると、不意に部屋の隅の方からガタッと大きな音が聞こえた。
弾け飛んでしまいそうになるくらいびっくりしたが、音が聞こえた方には誰もいない。どうやら人が来たとか言うわけではなく、視線の先にあった印刷機が起動した音だったようだ。
「…あとは痕跡を消しておけば、万が一にも見つかることはない。安心しろ」
あからさまにビビっている態度の僕に呆れたミコが、PCを操作しながらそう言った。
「安心って…というか、いきなり何してくれてるんだ!ハッキングなんて…まずいだろ」
「だから見つかることはないと言っただろう」
「いや、そういう問題じゃなくて…」
僕は倫理観の話をしているのだが、遠藤ミコという人物にはぬかに釘、のれんに腕押し。きっとこれ以上何を言っても、その心には何も届かないのだろう。
僕の中の常識的観念と、彼女のそれとでは全く違うのだ。だから僕の口から出たのは追撃ではなく、ため息だけだった。
「…それで、調べ物って? 何を印刷したんだよ」
「自分で確認してみろ」
ミコは顎で印刷機の方を指した。僕は言われた通り、印刷された数枚の用紙を取りに行く。
「これは…」
A4用紙に印刷されていたのは、数枚にわたってびっしり並べられた生徒の名前——おそらくこれは、全校生徒の名簿だ。
「さて、その名簿はお前がそのまま持っていていい」
「は?」
「宿題だ。私のクラスは午後が体育と化学の実験だからな。私が渡したリストと、その名簿を照らし合わせて、誰がどの学年でクラスなのかを調べてくれ」
そういえば、ミコから渡された家出者リストには、学年などの情報はなかった。段階的に絞り込んでいくと言うのは、こういうことを言っていたのか。
「…分かったよ」
正直、ハッキングで手に入れた名簿を持ち歩くことに抵抗はあったが、ミコの狙いに納得もしたために、不承不承ながら、僕はミコの宿題を引き受けた。
僕のクラスの午後の授業は教室だから、リストと名簿を照らし合わせることくらいはできる。
ただ、そんなことをして何か新しい発見などあるのだろうか…
そう思いながらも、僕は午後の授業中、作業的にリストの中にある学生を学年とクラスで仕分けていく。
授業も受けながらだったので、結局全ての仕分けが終わったのは午後の授業が全て終わった頃だった。そしてそれまでは全く見えていなかった、とある法則に僕は気がついた。
「まさか…こんなことって」
リストの学生の数はそれなりにあった。てっきり僕は、学年やクラスに関係なく、ランダムなものだと思っていた。でも、リストの生徒の中には、1年生は少なく、2年生が大半を占めており、3年生に至っては、1人もいなかったのだ。
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