第4話
始業式はつつがなく終わった。今日は快晴で、気温もそこそこ高い。その中で体育館での全校集会は、なかなかに体力を削られるものだったが、学校側も流石に配慮してくれたのか、よくある校長の長話というのもなく、生徒たちは教室に戻された。
どちらかというとそこからが本番で、今後の担任の挨拶から始まり、今後の授業計画やら、親に渡す書類の配布やら、行事の告知やら…とにかく色々な話を聞かされたり、書類を渡されたりした。
担任の先生はもちろん夏休み前と変わらず、のようだが生憎僕は例の如く記憶にない。しかし印象としては強烈だ。
橋本一樹先生。男の先生だが、これがまぁ、爽やかイケメンな若い先生なのだ。どうして教師をしているのではないか、と思うほどの甘いマスク。芸能界にいても不自然ではないだろう。
案の定女子からの人気は凄まじく、HRが終わるや否や女子に囲われていた。クラスの女子達がイケメン先生に取られてさぞかし男子勢は面白くないだろうなと思っていると、意外にも橋本先生は男子からの人気も厚かった。
イケメンだけでなく、人柄も良く男子ウケもしているらしい。すごい先生だなと、遠目で見ていると、ふと橋本先生と目があった気がした。
気のせいかと思ったが、僕が教室を出ようとした時に、ちょうど生徒の囲いから出てきた先生に声をかけられたのだ。
僕はできるだけ目立ちたくなかったので、一言二言の会話だけして逃げるように出て行ったが、先生は僕が心霊スポット巡りを趣味としていることを知っていた。
先生というのはそこまで生徒のことを把握しているものなのか、それとも僕と先生には趣味のことで話す機会があったのだろうか。
記憶のない僕には判断しかねるが、印象的には前者のような気がする。細かく生徒のことをよく見て、接してくれている感じだ。絵に描いたようなというか、理想的な先生像というものがあるなら、橋本先生がきっとそうなのだろうと思う。
そこまで気配りのできる先生なら、もしかすると僕の記憶喪失にも勘付くのではないかと思う反面、不安だらけの学校生活においては心強くはある。
「——私もその教師のことは耳にした。学校内に熱狂的なファンクラブもあるとか、ないとか」
「それはまた、フィクションみたいな話だ」
学校からバスに乗り最寄駅で降車した僕とミコは、そのまま手近な喫茶店に入り、向かい合っていた。ミコは僕の報告に近い話を、メニュー表を見ながら聞いている。
「ふむ、ここはチーズケーキが強いようだな…」
どうやら僕の話には一切興味はないみたいだが。ともあれ、僕も昼前だからか、少しお腹が空いている。メニュー表はミコが現在独占してしまっているので、僕は机に置かれてある、期間限定メニューの方に注目していた。
夏限定のマンゴー&パインジュースとナポリタンのセット。よし、僕はこれにしてしまおう。なんとなく期間限定とされると、別に通っていない店でもそれを頼みたくなってしまう。
ミコの方も決まったようで、僕たちは店員に注文を告げ、メニュー表を返した。ミコは店員が戻ったところを確認した後、運ばれた冷水のコップを口に運び、それを置くと同時に僕の方を見る。
カランと氷の音と共に、舞台が転換するように雰囲気が切り替わる。
「さて、今朝話していたことの続きをするとしようか」
そう言いながら、ミコは自分のスマホを取り出して、その画面を僕の方に見せてくる。
「これは…? ”家出・神隠しの噂スレ”…?」
「近年、SNSの急速な発展や不安定な情勢の中、家出する子供が増えているという話は知っているか?」
僕はまだ日が浅い記憶を呼び起こす。そういえば何日か前に、その問題を取り上げた番組が放映されていたっけ…
「まぁ、なんとなくは」
「ただの家出でも、昨日普通にしていた人が突然いなくなる…そういった話には、こういうオカルト的な話題と結びつけるものだ」
ミコのスマホの画面に映された掲示板には、彼女の言う通り、昨今問題となっている未成年の家出や失踪について、陰謀論や心霊的な観点から語ってる書き込みで盛り上がっている。
「…でも、これが何かネクロマンサーと関係あるのか?」
確かミコはある程度の確信を持って、桜織高校に彼女と同じネクロマンサーが潜んでいると踏んでいる。しかし今見せられているネット掲示板の内容からは、そこまで特定できるような情報があるとは思えない。
「この書き込みを見てみたまえ」
ミコはそう言って、掲示板のある一つの書き込みを指差した。
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0146 マジであった怖い名無し 20××/02/18(⚫︎) 23:32:41.66
俺の学校でも家出というか、一時行方不明になってた女子がいた
警察にも届出を出したらしいんだけど、見つからなくて。
でも1週間しないうちにひょこって戻ってきたってそのクラスの知り合いから聞いた。
でもなんだか人が変わったみたいで、不気味らしい
0147 マジであった怖い名無し 20××/02/18(⚫︎) 23:46:32.18
>>146
もしかしたら、魂だけはまだ行方不明なまま…だったりして
中身だけ入れ替わったとか 0146 マジであった怖い名無し 20××/02/18(⚫︎) 23:47:45.20
魂のない抜け殻になるのか。こわ((((;゚Д゚))))
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一時的に行方不明になって、帰ってきたら人が変わっていた…考えようによっては、現在僕が置かれている状況と似ている。
「これって、もしかして…」
「あぁ、まるで今のお前のような状況だと思わないか? この書き込みでは1週間となっているが、実際は4、5日程度、行方不明になって戻ってきているようだ。まるで人が変わっている、というのもネクロマンサーの仕業であれば当然だな」
ミコが不敵に笑う。一方で僕はゾッとした。
行方不明になったという学生の人が変わったというのが、もしネクロマンサーによるものだとするなら、元の人物は死んでいるということに他ならない。
でもそれに気がついているのは、僕が知る限りの人物ではミコだけ——つまりはネクロマンサーだけだ。
そして似たような出来事が学生の間で多発している。それに日本では年間何万人もの人が行方不明になっているというのは、周知の事実だ。それを暮らしている中で実感することは難しいが、今回の件を思えば、その多くにネクロマンサーが関わっている可能性があるということだ。
つまり生きていると思っていても、実はネクロマンサーによって蘇った人間であるかもしれない。自分の隣を歩いていた人が、本当は死んでいる——それを想像して、僕は自分の身体中に鳥肌が立つのを感じた。
死者を蘇らせることができるネクロマンサー。そんな嘘のような存在は、非日常的なものだと思っていた。でも実は誰にも分からないだけで、日常の中に溶け込んでいるのかもしれない。
「そういえば、僕のクラスでも2人女子が休んでいたっけ…」
飛躍しすぎな考えだが、今の話を聞いていると、今日僕のクラスで休んでいた2人の女子をどうしても連想してしまう。
「それは本当か。もしその2人とこの件に関わりがあれば、私の推測がますます有力になってくる」
「いや、まだいなくなったとは…普通に休んでいるだけかもしれないし」
「それはもちろんだ。しかし、やはり中心となる人物は桜織高校にいる可能性が高い」
ミコは僕に見せていたスマホを一度引っ込めて、しばらく何やら操作をし始める。そしてまた僕にスマホの画面を見せてきた。今度はネット掲示板ではなく、学生の間でもみんなが使っているSNSの画面だ。
「私は先ほどの掲示板での書き込みの内容には、ネクロマンサーが関わっているだろうと踏んでから、似たような事例をSNSで探した。ポイントは行方不明になったが、数日で帰ってきたという部分だ」
ミコのスマホ画面には、ハッシュタグによって抽出された人探しに関する書き込みが多くあった。
「…たくさんあるな」
「あぁ。だが条件を絞り込んでいけば、件数はそれほど多くはない」
そこからミコは操作を繰り返して、一つの書き込みを表示させた。内容は先ほどネット掲示板に書かれてあった内容と似通ったものだ。
「そしてある程度絞り込めれば、次はアカウント情報だ」
実際にミコは一つの書き込みをしているユーザーのアカウントページへと飛ぶ。しかし当然アカウント名は本名でもなければ、アイコン画像もペットであろう犬の写真だ。
僕が首を傾げていると、ミコはさらに操作しながら、
「一見個人特定でないように見えるが、よく見れば手がかりは散見される。このアカウントは特に脇が甘い。例えば、背景の見える写真をアップロードしていたり、アカウント情報の中にある地域に出身地を入れている。学生は若者でネット文化に慣れていそうだが、その反面顕示欲が強く、故にリテラシー意識が案外弱い」
ミコは悪い顔で笑っていた。僕は思わずに自分のスマホを取り出し、SNSを起動させていた。一応夏休み終わりに自分の身辺調査の一貫でSNSなどもチェックはしたが、あまり更新はされていなかったので、詳細に確認はしていなかった。
「最近は便利になったとつくづく感じるよ。一昔前までは、こんな個人に繋がる情報なんて中々手に入るものではなかったからな。今はSNSも発展し、人探しも警察だけではなく自分たちで探そうと、情報を発信してくれる」
「…なるほど、それで最終的に桜織高校が怪しいってことになったわけか」
「その通り。まぁ、怪しいというよりは、ほぼ間違いなく犯人は桜織高校にいる。根拠は…っと」
ミコがスマホをしまい、今度は鞄の中から何かを取り出そうとしていると、ふとそれが中断した。店のカウンターの方から、こちらに歩いてくる店員が視界の端に映ったからだろう。
「お待たせいたしました。こちらコーヒーとチーズケーキ、期間限定のマンゴー&パインとナポリタンのセットでございます」
注文した商品が届いた。店員は大きなトレイに乗せられた商品を僕たちの目の前に置くと、にこりと笑って、次の仕事へと向かっていく。
「少し休憩にしようか」
ミコの意識はすでに僕の方を向いていなかった。彼女は既に自分の前に置かれたコーヒーとチーズケーキに目を奪われている。
白いカップの中にあるコーヒーは、まるで綺麗に収められた純真な黒い満月で、その輪郭は夕闇のように光っていた。チーズケーキはキャラメル色の表層の下に、きめ細やかな白いフィリングがみっちりとしている。
「チーズケーキが好きなのか?」
「特に、ブラックコーヒーとの組み合わせがね」
言いながらミコは既にチーズケーキにフォークを入れている。その姿だけを見ていると、まるで年相応の少女だ。
実際は見た目通りの年齢ではない。あくまでも本人曰くという但し書き付きだが、僕はそれを疑いはしない。何せ死人を蘇らせることができてしまうのだ。きっと普通じゃない方法で永く生きているに違いない。
そう考えると、随分と時代に上手く適応しているなと思ってしまう。スマホとか、SNSとか。現代の若者の性質についても、よく理解しているみたいだし。
「…って、美味しいなこれ」
僕も目の前に置かれたナポリタンを口に運ぶが、まろやかな甘さと、トマトケチャップの爽やかな酸味のバランスが素晴らしい。
それからはしばらくの間、僕たちは黙々と食事に集中した。何か雑談でもしようかとも思ったが、丁度良い話題が見つからなかった。
そもそも僕はミコのことを知りたいと思っているのだろうか。彼女は死んだ僕を蘇らせてくれた。しかし僕にはその自覚もなければ記憶もない。だから感謝の念も希薄——というか、はっきり言ってなかった。
しかも彼女は僕に、ネクロマンサー殺しに協力させようとしている。そう考えれば、むしろ嫌っていてもおかしくはないはずだ。
それでも僕はごく当たり前のように、ミコと向かい合って、食事をとっている。それは僕にまだ彼女がしようとしていることへの実感がないからか、それとも記憶がないからなのか。あるいは両方か。
「——さて、話の続きだ」
結局雑談らしい話題は生まれないまま、皿の上にあったものがなくなってしまった。まぁ、僕と彼女の関係性を考えれば、ここで雑談に花を咲かせている方がよっぽど不自然だったろう。
気を取り直して、僕は食器を脇にずらして、話を聞くための姿勢を整える。
ミコが取り出したのは、A4用紙が数枚収められているクリアファイルだった。その中から1枚の用紙を渡された。
「これは…?」
「探偵に依頼して、判明したこの地域における半年間で一時行方不明になった者のリストだ。総勢で31人になる」
ミコの話に僕は目を見開いて、ずらりと並んでいるリストを視線でなぞる。フルネームと性別の組み合わせがズラリと並んでいる。
それともう一つ、半分くらいの名前の横には、赤いチェックマークが入っている。
「この赤いチェックマークは?」
「チェックマークが入っているのは、桜織高校の学生だ」
「こんなにも…そうか、だから犯人は僕らの高校にいるってことになるのか」
「ここまであからさまだと、逆に怪しいがね」
この辺りの地域に絞ったとはいえ、リストに上がった行方不明者のほとんどが、桜織高校の生徒。確かにあからさまだ。
「誰も不審に思わないのかな…」
「これが行方不明事件であれば、騒ぎになっていただろうさ。しかし表面的には、行方不明になった生徒は”生きて、戻ってきている”のだから、それほど大事にはならない。せいぜい桜織高校では家出が流行っている程度の話に収まるだろう」
それもそうか。僕らは一連の出来事が、ネクロマンサーの仕業であると考えているからこその違和感。
「でも、もしかしたらそれが事実の可能性も、あるよね?」
そう、まだネクロマンサーが関わっていると、確定したわけではない。むしろ可能性としては、家出が流行っているという話の方が、現実味があるだろう。
「それは否定しない。ネットの情報なんてものは所詮眉唾モノだし、事実だとしたらそれはそれで相手の動き方が不可解だ。しかしこれ以上確証に迫るなら、渦中に飛び込むしかないだろう。そして、私はそこまで踏み込むべきだと考えた」
「まぁ…それは、そうだよな」
「明日からはこのリストの人物にあたっていく。それと、お前のクラスで休んでいたという女子2人についても、休みが続くのであれば調べておく必要があるだろう」
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