第2話 犯人はこの中に?

 日差しが暖かい午後、ブルーベルは大きな荷物を抱えて見事な屋敷の前に立っていた。


 貴族の邸宅が建ち並ぶエリアに、最近王弟殿下が空き家を購入したらしいと噂が流れていたが、まさかその屋敷を自分が訪ねるとは、思ってもみなかった。

 悪魔つきなどと言われているブルーベルを雇いたいだなんて、どんな変わり者だろうと思っていれば……、それが王弟殿下だなんて……。


 何かの間違いなのではと疑いながらも門番に名乗れば、「お待ちしておりました」と屋敷に通された。

 ガラン、ガランと、来客を知らせるベルの音を響かせて扉が開く。すぐに駆けつけた執事は、ブルーベルの父ほどの歳の男性だった。

 

 執事はニコラスというらしい。形式的な挨拶を済ませると、ブルーベルは1階の客間に案内された。

「ウェルノ嬢は1階をお使いください。同じようにお越しいただいたお客さまが2人いらっしゃいまして、2階を使われておりますので」

 気を使って男女で階を分けてくれたようだが、悪魔つきと噂される娘では、言い寄るような男はいないだろう。


「しばらくの間は試用期間となります。テオドール殿下との相性もございますし、能力のある方を雇いたいと考えておりますので。仕事をお願いするときは、こちらから声をおかけします。それまでは、どうぞ、お寛ぎください」


 執事からも仕事内容は明かされなかった。客間に通されたことからも、使用人や下働きとして働くわけではなさそうだ。働き口を見つけてきた父も仕事内容は知らないようだったが、条件がいいからと断ることを許してもらえなかったのだ。


 気味悪がられて追い出されるのが、オチだというのに。


 ブルーベルは、期待しないようにと自分に言い聞かせた。


「こちら側から順に、会議室。執務室。応接室です」


 自分の家のように過ごしていいそうで、屋敷の中を一通り案内してくれる。応接室を過ぎるとエントランスだ。


 吹き抜けの天井からキラキラと輝くシャンデリアが下がり、その周りを装飾の美しい階段が二階へ続く。

「あちらに庭へ続く扉がございます。整備している途中ではございますが、屋敷に近いところでしたら、散策も楽しめます」

 階段の裏に扉があり、ブルーベルは後で行ってみようと思った。


「こちらが食堂でして、テオドール殿下が夕刻までにお戻りになられれば、夕飯は食堂でお願いいたします。その奥に浴室がございます。廊下は左に続きますが、キッチンなどですから、あまり出入りなさらないようにお願いいたします」


 ちょうどそのとき、ベルの音と共に扉が開いた。

「こんにちは。ご注文の品をお届けに参りました」


「少々、お待ちください」

 ニコラスは浴室の奥へ急ぎ、左に曲がった。しばらくすると、小さな袋を手にして戻ってきた。その袋から硬貨を取り出して支払いを済ませる。届いたものはメイドに任せるようだ。


「お待たせしました。2階へ参りましょう」


 西側の建物は、2階も使用人が使っているらしい。


「こちらがテオドール殿下の私室で、そのとなりが図書室です。あぁ、ここにいらっしゃいましたか」


 ブルーベルがニコラスの後ろから覗き込むと、茶色の髪を後ろで束ねた二十歳くらいの男が、肘掛け椅子に長い足を投げ出して座り、分厚い本に視線を落としていた。さらりと羽織る上着は、装飾の少ない実用的なデザインであるものの、生地はいいものだ。

 ブルーベルに気づくと、本を閉じ立ち上がるが、手が滑ったようで落としてしまい鈍い音をたてる。


「失礼いたしました。ケネス・ゴドウィンです」

 聞き取るのが大変なくらい早口で、視線は床に向いていて目も合わない。


 ゴドウィンという名は、貴族ではない。国内で作られたものから輸入品まで取り扱う商会の名前だ。領地に引きこもっていたブルーベルですら名前を知っている商会で、堅実な商売をする印象だ。


「ケネスさんは、ゴドウィン商会の三男であられます」

 ニコラスが補足しながら、ブルーベルに自己紹介を促す。

「ウェルノ伯爵の娘のブルーベルです」

 ケネスの動きが止まる。

「ん…………? ウェルノ伯爵……。悪魔つきか?」

 冷たい声に驚く。鋭い眼光でブルーベルを睨んでいるようだった。


 叔母が言いふらした悪魔つきという噂は、貴族の間だけではなく、貴族と付き合いがあれば知っているくらい広まっているのか……。


「ケネスさん。ブルーベル嬢も、大切なお客様です。滅多なことは言わないようにお願いいたします」


 執事は頭を下げると、図書室を後にした。

「もう一人、ご紹介したい方がいらっしゃいまして……」


 東の棟に曲がると、ちょうどハウスキーパーが部屋に入るところだった。

 すぐに出てきたハウスキーパーは、アイーダと名乗り頭を下げた。


「失礼します」

 ニコラスが扉を開けると、黒髪を風になびかせた緑眼の男がいた。片側の髪をピンで留めていて、こちらも二十歳くらいに見える。整った顔立ちで、笑顔に親しみを感じた。


「あぁ、ニコラスさん。新しい木炭をありがとうございました。今日は、どうされました?」

 包装された箱を持ち上げてお礼を言う。男は上質な服装の上に、黒いエプロンをしていた。

「最高級品をご用意いたしましたので、お使いいただければと思います。本日は、紹介したい方がいらっしゃいまして」


 ニコラスに促されて自己紹介すると、「あぁ~」とブルーベルのことを知っている様子。


「私は、パーキンス侯爵の次男、アイザックです。麗しいご令嬢とお知り合いになれて、嬉しく思いますよ」

 アイザックは貴族らしく体裁を整え、ふわりと笑う。侯爵家の令息がこんなところに!? と思ったが、パーキンス侯爵は、領地経営に苦労していたはず。ブルーベルと同じように、働きに出されたのかもしれない。


「ニコラスさん。この庭は最高の出来になるでしょうね」

 三脚に立て掛けられたカンバスには、庭と屋敷の西棟が描かれている。

 新しい木炭を取り出すと、三本足のスツールに浅く腰かけてデッサンを再開した。


 夕食までは自由時間だそうで、ブルーベルは持ってきた荷物の整理をし、庭を眺めて過ごした。





 ◇◇


 緊張して食堂に向かえば、王弟殿下は切れ長の碧眼を気難しそうに細めていた。ブロンズの髪は少し長く、ボサッとした印象。服装なども気にしていないのか、装飾のない実用的なデザインで、生地だけは一級品だった。


 メニューは、チキンステーキにサラダ、スープにパンという比較的簡単なもの。

「テオドール殿下は庶民的なんですね」

 アイザックの言葉には嫌みが込められているのかと思ったが、顔を見ると優しげな笑顔を浮かべている。

「必要な栄養をバランスよく取るのが、頭にも体にも良いんだ。医学の世界では、常識だよ」

 王弟殿下も、嫌みとは受け取っていない様子で歓談に応じる。


 つい最近まで隣国に留学していた王弟殿下は、国に戻ってすぐにこの屋敷を購入した。臣下降下するらしいと噂になっていたが、王宮の外に住み始めたとなれば、それも本当だったのかもしれない。


 国王陛下と王弟殿下は、10以上歳が離れた兄弟だ。国王陛下が王太子となった後に生まれ、国王陛下の息子、つまり、今の王太子殿下とほとんど歳が変わらない。

 国民としては、争わずに王位が継承されるので、王弟殿下の選択は望ましいものと受け入れられている。


「ウェルノ嬢は、良く来てくれたね」


 留学していて国内にいなかったから、ブルーベルの悪い噂を知らないのだろう。いつ噂が耳に入って追い出されるかわからないと思いながらも、無難な返事に終始した。王弟殿下は、それぞれに話題を振って、和やかに食事を終えた。

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