第16話 サイキョーの友達、のマゴ(sideヒメリ)

《sideヒメリ》


 朝起きて、まずする事は鏡を見る事。


 鏡の中には、化粧も何もしてなくて全然盛れてない素のままの私がいる。


 大好きなママと、大嫌いなあの男に似た自分の顔は好きでも嫌いでもない。


 そこに、色を乗せていく。

 私の好きな「私」を作っていく。


 メイクをして、前髪を軽く巻いて、先週買ったばかりのお気に入りの服を着たら、戦闘おでかけ準備は完了だ。


小百合さゆり、出かけるの?」


 玄関でママに声をかけられる。


「うん! ゆっきーとパフェ食べて来るー。今日は早く帰るからご飯はウチが作るよ!」

「……ありがとう、小百合。ママいつも仕事でごめんね?」


 土曜日だというのにお客の都合で呼び出されたママは、今日もスーツがキマってる。


「うちもうそんな子供ガキじゃないしw ママこそお仕事ご苦労様! じゃ、行って来るね!」


 2年前、うちはいわゆるシングル家庭になった。


 両親の離婚の原因は私。

 

 あんなモラハラ男とは別れて大正解だと思ってるけど、そのせいでママが苦労しているのは確かだ。

 なのに、ママはすぐに私に謝る。


 「ごめんね」は、私の方なのに……。



「うわっ、今日もあっつー! ゆっきー待たせないように早めに着いとかなきゃ」


 外に出た途端、お肌の天敵夏の日差しがジリジリと照り付けて来た。日焼け止めはバッチリ塗ったし、お気に入りの日傘は常備している。令和の白ギャルは美白が命だ。


「うーし、今日も目一杯楽しむぞー! 夏の日差しになんかに負けねーしw」


 ◇ ◇ ◇


 待ち合わせ場所に着いたのは、約束の時間の10分前。


 ゆっきーは私の友達の中でもダントツ歳上の、何と83歳だ。


 ひょんな事から今年の春先に出会ったゆっきーは、私の恩人であると同時に大切な友達になった。


『それならヒメリちゃん、ばあちゃんとババ活すればよか』


 私にはおばあちゃんがいない。


 ママのお母さんは私がまだ小さい内に亡くなったし、あの男の母親は……まぁ、お察しだ。そもそもあの男の事を父親だなんて思ってないんだから、その母親をおばあちゃんだなんて思えない。


 一方のゆっきーはと言うと、何と孫が13人もいるらしい。


 1番下の孫は高校1年生で、私と同じ歳だと聞いた。名前は確か「透吾」君。


 その透吾君は、孫の中でも1番ゆっきーの亡くなった旦那さんに似ていて、小さい頃は一緒に暮らしていた事もあって、可愛くて仕方ないと言っていた。


 写真も見せて貰った事がある。


 最近は写真を撮らせてくれなくなったから……と言って、中学校に入学した時の写真を見せてくれたのだ。


 ピカピカの制服を着て、ゆっきーと並んで笑顔で写真に写ってる透吾君の事が、私は凄く羨ましかった。


 ゆっきーがおばあちゃんとか、マジ羨まし過ぎる……。私もゆっきーみたいなおばあちゃん欲しいわー。



「あ、あああああの!!」


 待ち合わせ場所に着いて、ゆっきーとの事をぼんやり思い出していたら、突然知らない男に声をかけられた。


「は?」


 私はナンパが嫌いだ。


 出会いの形を否定する気は無いけれど、相手の都合お構いなしでグイグイ声を掛けて来る人間に碌な奴はいない。


 顔を上げて相手を見ると、想像していたのとは大分違う少年が立っていた。


 ……ん? ナンパ??


「あのっ俺、その!」


 顔を真っ赤にして必死に声を掛けて来るその様子はとてもナンパには見えないのだが、こちらも人を待っているのだ。


 悪いが構っている暇は無い。


「……他当たって。人待ってんの」


 出来るだけ冷たい声であしらってみるけど、少年はその場を離れようとしない。


 ……何でそんな頑張ってんの? 手とか震えてんじゃん。


「ちが、俺、ばーちゃんの…」

「……ばーちゃん?」


 「ばーちゃん」という言葉を聞いて、ようやく目の前の少年がゆっきーに見せて貰った写真の「透吾君」と重なる。


 ……イメージが大分変わっていたので全然分からなかった。


 はにかんだ笑顔も、お祖父さんに似ているらしい目元も、分厚い前髪のせいでほとんど見えない。


「あれ、嘘! アンタゆっきーの孫じゃん!マジか!!」


 少年がゆっきーの孫の「透吾君」だったと気が付いて、慌てて謝る。

 透吾君は、急用で来れなくなったゆっきーの代わりに手紙を届けに来てくれたらしい。


 この令和の日本で、おばあちゃんの手紙をわざわざ届けに来てくれる男子高校生……。


 そんなん絶対いいヤツじゃん。


 そう思いながら、ゆっきーからの手紙を開ける。


 字、めっちゃ上手なんですけど!

 ゆっきー万能かよ!?


 あまりの達筆さに驚きながらも内容を読んでいく。


 その間も視界の端で挙動不審な透吾君が少し気になるけど、まぁ少し待っていて貰おう。


 手紙には、遠方の知り合いが困っているからその手伝いに行く事になった事や、急に決まったので約束を破って連絡も出来ず申し訳ないという謝罪が書かれていた。


 なんで手紙? と思ったが、スマホの電波も入りにくい所らしい。


 ……どんな田舎? まさか海外とか!?


 ゆっきーの行動力ならあながち無いとも言い切れない。


 ゆっきーは行動力の神だ。


 それから、手紙には透吾君の事も書かれていた。

『この手紙は孫の透吾が持って行くから、会ってみて嫌じゃなければ仲良くしてやって欲しい。よろしく頼む』

みたいな事が、ゆっきーの言葉で書かれていた。


 ……フム。


 チラリと透吾君の方を盗み見ると、私から少し離れた所で逡巡していた。


 恐らく、私が手紙を読み終えるのを待つべきか帰るべきか悩んでいるのだろう。

 ……分かりやすい。


 困ったように口をへの字にしてオロオロしている透吾君の姿を見ていると、自然と自分の口角が上がっていることに気が付いた。


 ……嫌じゃ……ないな。よし!


「おっけ! なーんか聞きたい事は色々あるんだけどさ、こんなとこで立ち話も何だし、とりあえず行こっか?」

「ふへ!?」


 そもそも、ゆっきーの孫ってだけで私からすると好感度爆上がりだからね。


 あんなサイコーなおばあちゃんの孫に生まれるとか、前世でどんだけ徳を積んでるんだこの孫は。


 驚き戸惑う透吾君の腕を掴み、私はズンズンと歩き出した。


「今日はゆっきーと『パフェパル』にパーフェクトパフェ食べに行く約束してたし! 急がないと、あそこ超並ぶんだよねー」


 そう! 私のパフェ気分はもはや変えられないのだ!


 ゆっきーと一緒に行けなかったのは凄く残念だけど、まさかの「透吾君」に会えた訳だし、これはこれで楽しそうだ。



 さーて、今日も一日目一杯楽しむぞー!!

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