第17話 見参!派遣妖精スットコとドッコイ

 たった3日、されど3日……。


 今日は異世界に召喚されてしまったばーちゃんと電話が繋がる予定の日だ。


 何というかこの3日間。

 ひと言で言うとめっっっちゃ濃かった。


 普段引きこもっている時とは、時間の密度とか濃度とかが明らかに違った気がする。


 普段の生活をしていたら一生出会う事も無いであろう人達とたくさん出会ったし、自分が米ひとつまともに炊けない人間なのだと気が付いた。


 やっぱ、ばーちゃんは凄えわ……。


 ばーちゃんに話したい事も聞きたい事も沢山あるけど、今日はどれくらい話せるかな?

 こんな事になるって分かっていたら、もっと色々な事を教わっておいたのにな……。


「にゃー!」


俺が縁側で物思いに耽っていると、トラが「何ボーッとしてるんだよ」と言わんばかりに鳴いている。


「おっと、ごめんごめん、今ご飯置くからなー」


 俺が餌の器を置いて縁側に戻ると、トラがノソリノソリと近付いて来る。

 まだちょっと俺に対して用心しているみたいだ。


「そうだ、ヒメリにトラの写真見せるって約束したんだった。トラ、ちょっと1枚写真撮らせてな」


 一応トラに断りを入れてからスマホのカメラを向けると、トラは気怠げに「なぁーん」と声を上げつつもこちらを見てくれた。

 意外とカメラ慣れしている気がする。


 猫を撮りたがる人は多いしな。

 トラは可愛いから、色んな所でカメラを向けられたりしているのかもしれない。


「お前も結構大変だな」


 トラは「なぁん?」とひと鳴きすると、また庭からトコトコ出て行った。


 これから、トラはどこへ行くんだろう?


「さーて、俺も今日も一日頑張りますか!」



 じーちゃんの仏壇にご挨拶をして、畑の世話に玄関掃除、水撒き。

 家の掃除とご飯の準備。

 そろそろまた買い物にも行かないと、ばーちゃんの常備菜も尽きて来た。


「やべ! 今日こそは洗濯もしないと着る服無くなるわ!」


 ……ただ生きているだけなのに、やる事が多い。俺はこういう生活に必要な事の全てを人に丸投げして生きていたのか。


『子供が親に頼るのは当たり前でしょう?』


 母さんの声が頭を過ぎる。


 うん、それは確かにその通りだと思う。

 子供の生活は大人に守られている。

 だからこそ子供は、その間に何をするべきなのか……。


 「学校へ行く」事だけが唯一の正解だとは思わないけど、少なくとも俺の生活が間違っていたのは分かる。


 ここでの生活で、何か変わるかな。

 ……変わるといいな。



 ◇ ◇ ◇



 午前0時の少し前、俺は1人でじーちゃんの仏壇の前に座っていた。


 最初に電話が繋がったのがここにいる時だったから何となくいつもここで電話を待つ様になったけど、場所は関係あるのだろうか?


 ちなみに、姉ちゃんからは先程連絡があった。仕事が終わらなくて、通信の時間に間に合わないらしい。


 すごく残念がって、せめて話は聞きたいからこっちに来るって言ってたけど、姉ちゃんの会社とばーちゃん家は結構遠くて移動に1時間はかかる。


 ちょくちょくこっちに来るのはただでさえ忙しい姉ちゃんの負担になると思うのだが、姉ちゃんもばーちゃんの話は聞きたいだろうし、俺が来るなと言うわけにはいかない。

 悩ましいところである。


 俺がそんな事を考えている間に時刻は0時を過ぎ、スマホが輝き出して着信音が鳴り響いた。

 良かった、宮廷魔術師さん達回復したんだな。3回目ともなると、何かこの異常な状態にも少し慣れてきた。


「もしもし? ばーちゃん?」


『はいはい、ばあちゃんですよ。どうさね透吾、そっちは上手くやっちょるかい?』


「どうかな……。一応俺なりに頑張ってはいるけど。ていうかばーちゃん、ちょっと忙し過ぎない?」


『そうでもなかよ。ばあちゃん他にせんとあかん事がある訳でもなかからね。時間はようさんあるから、ようさん色んな事が出来るっちゃよ』


 ……俺も、時間はたっぷりあったはずなんだけど、今思えばくだらない事に使っちゃってたんだろうなぁ。


 ばーちゃんの代わりをした3日間。

 1日でこんなに色々な事ができるとは思わなかった。


『今日は美咲は一緒じゃなかと?』


「あー、姉ちゃんも来るはずだったんだけど仕事が終わらなかったみたいでさ」


『こんな時間まで仕事させられとると!? はぁー、ブラック企業ってのはいかん事ちゃねぇ!』


 とか何とか言っているばーちゃんの後ろで、『く…、ここまでか…(ドサッ)』とか聞こえる。


 宮廷魔術師団も相当ブラックだよ、ばーちゃん。


『お孫様! 宜しいでしょうか?』


あ、ご令嬢。えーっと、確かセシリアさん?


「は、はい、何でしょう?」


『3日前の通信の後、王国中の叡智を結集して「異世界そちらがわ」からの通信を可能にする方法を模索致しましたわ。そして遂に! 画期的な方法を思い付いたのです!』


「えっ、凄い!!」


『当然今までに前例の無い方法なのですが、要点のみ説明させて頂きますと、そちらに「異世界に干渉出来るほどの強い魔力を持った何者か」を送り込めばいいという事になりまして……』


 ……ん?


『お孫様の所に、妖精を2体派遣する事に決定致しました!!』


 ……んんーーー!??


『妖精を送るのに、どれ程の魔力が必要となるのか見当も付きません。よって、残念ながら今日もゆっくりお話ししている時間はございません。……早速術式にうつらせて頂きます!』


 ちょ、ちょ、ちょ、マジかーーー!!?

 こっちの許可とか取らないの!?


 余りに一方的な展開に驚いたが、そもそもある日突然ばーちゃんを勝手に召喚されたんだったと思い出す。


 異世界は結構そういうスタンスなのかもしれない。


 ……異世界、怖っっ!!


 俺が異世界の恐ろしさに慄いているあいだにも、仏壇の前辺りに不思議な光が集まり始めた。


 まさかこんな展開になるとは思わなかったが、妖精に対する憧れの様な物はもちろん俺にもある。


 手のひらに乗るくらいの小さな身体に透き通った羽根。絵本やアニメに出てくる妖精というのは、大体可愛らしい容姿をしている。


 ……え、凄い楽しみなんだけど。


 仏壇の前の光が集まり、物凄い強さの光になったかと思えば、その輝きの中からふよふよと2つの影が飛び出して来た。


 神々しいまでの光景を目にして、俺の期待値はどんどんと膨れあがる。


 まさか、生きている内に妖精に出会える日が来るなんて……!


 俺が感動に打ち震えながら待っていると、ついに光の中から妖精がその姿を現した。



『どーもーーー!! スットコでーす!』

『ドッコイだぜ!!』



 …………ん?

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