第13話 父と息子

 今、俺の前には何とも言えない仏頂面で手紙を読む父さんが座っている。


 手紙に何が書いてあるのかは、もちろん俺は何も知らない。


 キッチリ封をしてあるばーちゃんの手紙を開けてこっそり読むなんて、そんな恐ろしい事は俺には出来ない。


 台所で夕飯の準備をしている母さんがこちらを気にしてソワソワしているのはよく分かるのだが、母さんはこういう時、自分からは絶対に来ない。


 気になるならこっちに来て一緒に話をすればいいのに、何故そうしないんだろう。


 俺が何となく母さんの事を考えていると、ふぅー……と、父さんが長く細い溜息を吐いた。手紙を読み終わったらしい。


「……透吾は、どうしたい」


 静かにそう尋ねる父さんに一瞬戸惑う。


「ばあちゃんに、色々頼まれ事をしたんだろう。引き受けるのか?」

「……うん」

「そうか」


 父さんと俺の間に気まずい沈黙が降りる。


「そうか」の一言で、反対も賛成も無い。

 父の意図を測りかねた俺は、なんとも言えない居心地の悪さを感じて目の前のお茶を一気に飲み干した。


「……荷物、まとめて来る」


 それだけ言うと、逃げる様に自分の部屋のある2階へと駆け上がる。


 数日ぶりの自室は物に溢れ散らかり放題で、空気が澱んでいる様に感じた。


 いつもいるせいで気にならなかったけど、客観的に見るとこの部屋は駄目人間の部屋だ。


「……ばーちゃん家に帰る前に、空気だけでも入れ替えておくか」


 残念ながら、窓を開けても湿度の高いむわっとした空気が入って来るだけで、清々しさとは程遠い。


 溜息混じりに着替えの用意をしようとしてハタと気が付く。


 ……碌な服が無い。


 ばーちゃん家にいると、何かと人と会う。

 家に引きこもっている時みたいに、着古したスウェットだけ着ている訳にもいかないだろう。


 しかも、何か忘れている気がする……。


「……! 明日! 女子高生!!」


 そうだ! 明日ばーちゃんの知り合いの「ヒメリちゃん」とやらに手紙を届けないといけないのだ。


「ヤバい! ヤバいって!!」


 慌ててクローゼットの中を引っ掻き回すが、まともな服など無い。


 あっても引きこもる前の中2の始め頃の服だ。サイズ的に着れる訳がない。

 貧弱ボディの男のピタTなど、誰が喜ぶというのか。


 痛恨のミス!!


 土鍋でご飯なんて炊いて、ゲームで遊んでキャッキャしている場合では無かった。


 今日、俺は服を買いに行くべきだったのだ……!!


 己の選択ミスを憂いて打ちひしがれていると、勢い良く階段を登って来る音が聞こえてきた。


「透吾! しばらくおばあちゃんのお家で暮らすって、本気なの!?」


 母さんか…。


 どうやら父さんから話を聞いたみたいだ。


 とりあえず俺はそこら辺にあった服とノートパソコンをスポーツバックに詰め込んで部屋を出る。


「……本気だよ」

「無理に決まってるでしょう? あなたまだ高校生なのよ。ご飯は? 洗濯は? 一軒家に1人でなんて危ないわ!」


 母さんは目に涙を浮かべる勢いで必死に俺を止めにかかる。


「この何日かだって、お母さん心配で心配でしょうがなかったのよ? 高校生に1人で留守番しろだなんて、無茶苦茶だわっ」


 ……そうか?


 珍しく感情的になっている母さんに何て声をかけて良いか分からず非常に困る。


 困りはするのだが……。


 意外と冷静なのは、むしろ頭の中では明日の服装問題の方がウエイトを占めていたりするからだ。


「母さん、やめなさい。透吾だってもう高校生なんだ。その気になれば自分の身の回りの世話くらい自分で出来て当然だろう」

「そんな……透吾はまだまだ子供で……。今は色々と辛い思いも……」


 母さんはなにやらゴニョゴニョ言っているが、俺はそんな事よりある重大な事実に気が付いた。


 ……俺と父さん、身長がほぼ同じだ。


「透吾が自分で決めたんだ。見守ってやりなさい」

「………」

「父さん…」


 父さんは俺の目を見ると、静かに頷く。


「行きなさい。何か困った事があれば、ちゃんと言うんだぞ」


 最近ほとんど会話もしていなかった父さんが、こんなふうに背中を押してくれるなんて思わなかった。


ーーありがとう、父さん。そして……



「服、貸してくれない?」



今既に、めっちゃ困ってるんだーー。

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