第11話 mission2 託された手紙を所定の場所へ届けよ!①

 そうして一通り朝の仕事をこなした後。


 俺はある一軒の家の前で1人ウロウロとしていた。もはやちょっとした不審者だ。


 こういうの、絶対姉ちゃんの方が適任なんだけどな……。


 ここは町内会長さんのお宅で、俺はばーちゃんの手紙を届けに来たのだが、知らない家のインターホンを押すのは普通にハードルが高い。


 ……待てよ。手紙なんだし、普通に郵便受けに入れとけばいいんじゃね?


 うん! そうだ、そうだよ、そうしよう!


 俺が謎の三段活用で己を納得させ、手紙を郵便受けに入れようとした時だった。


「わんっっ」


 背後から何者かに懐かしの膝カックンをかまされた。


「ひぇっ!?」


 フラフラとバランスを崩しながら振り返ると、白い毛玉を散歩させたおじさんが立っている。どうやらその毛玉が丁度俺の膝の辺りに飛び付いたらしい。


「うちに何か用かい?」


 歳の頃は60歳位だろうか?

 見るからに人の良さそうなおじさんなのだが、今は訝しげにこちらを見ている。


 自分の家の前を見知らぬ男がウロウロしていたのだ、無理もない。

 今は物騒なご時世だし。


 うちに何か用かって事は、この人が町内会長さんなのだろう。


「あの、これ……町内会長さんに……」


 緊張と気まずさでついうつむいてボソボソと喋ってしまう。


『もっとハッキリ喋らんね!』と、どこからかばーちゃんの声が聞こえた様な気がして、手紙を渡しながら思わず肩をすくめた。


 一方のおじさんは、差出人の所に書かれたばーちゃんの名前を見ると途端に表情を緩めてくれた。


「高森さんからの手紙? もしかして、君はお孫さんかな?」

「あ、はい、あの、そうです」

「そうかそうか、わざわざありがとう。私が町内会長だよ。さっきはウメが悪かったね」

「ウメ……」


 ウメというのが、おじさんが散歩させていた毛玉の名前なのだろう。


 真っ白いふわふわの小型犬が、つぶらな瞳で俺を見上げながら尻尾をパタパタと振っている。

 これはポメラニアン…だったかな?


 人懐っこい性格のようで、俺に「遊んで遊んで!」とでも言うかの様にじゃれついてくる。スピードを増していく尻尾はもはやブンブンだ。


「はっはっは、ウメは人間が大好きでねぇ。君は犬は大丈夫かな?」

「あ、はい…」

「そうか、それなら良かった。もし良ければ少し構ってやってくれ。しかし、高森さんから手紙とは……。すまないが、中身を確認させて貰ってもいいかな?」

「はい」


 俺がしゃがんで撫でようとすると、ウメは喜んでじゃれついて来た。


 膝に前足を乗せて顔を舐めようとしたり、背中側から俺にスリスリと体を擦り付けて来たり……本当に人懐っこい。


 はぁー、可愛い。癒される……


 俺が真っ白いモフモフな毛で思う存分モフリシャスしていると、手紙を読み終わったらしき会長さんに声をかけられた。


「高森さんにはいつも町内会でお世話になっていてね。しばらく行事に参加して貰えないのは非常に残念だけれども、遠方の知り合いの所にお手伝いに行かれたなら仕方がない」


 ……ああ、そういう設定にしたのか。


 内容的にも微妙に間違って無いのがばーちゃんらしい。


 まさか遠方というのが異世界で、お手伝いというのが瘴気を祓う事だとは誰も思うまい。


「しかし、この町も高齢化が進んでいてね!若者が手を貸してくれるというのならとても有り難いよ!」


 ……うん?


「おばあちゃんの代わりに、孫の君が町内会の手伝いをしてくれるんだろう? いやー、若いのに感心だ! ありがとう、透吾君!」


 ばーちゃーーん!!?


 いや、確かにする事リストの中に「町内会の草抜き」やら「子供食堂のお手伝い」やら、それらしい事は書いてあったよ?


 けどまさかそれを直接町内会長に伝えて、俺の退路を断つとは……!


「早速来週には子供食堂があるんだが、高森さんから詳しい事は聞いているかな?」

「あの、手帳を渡されたので……日時とかは分かるんですけど……詳しい事は分からなくて、あの、料理とかも出来ないし、役に立てるか……」

「はっはっは! 大丈夫だよ。でもそうだな。折角高校生の透吾君が手伝ってくれるなら、料理をするより子供たちに勉強を教えてやってくれないかい?」

「勉強、ですか?」

「ああ、子供食堂に来る子ども達のために、夕食前の時間も自習室として公民館を開放しているんだよ。事情があって家では勉強しにくかったり、塾に行けない子なんかも多いからね」


 ……聞いた事がある。


 夏休みになると給食が無くなるから痩せてしまう子供がいるとか、経済的な事情で塾に行けないとか。


 遠い世界の出来事だと思っていたけど、こんなに身近にいるのか?


 ……本当に?


 ちょっとした衝撃を受けている俺をよそに、会長さんはニコニコしながら子供食堂のチラシを持って来てくれた。


「待ってるからね!」


 そう言って手を振る会長さんに頭を下げて、来た道を戻って行く。


 手元のチラシには、「誰でも来れる子供食堂。大人は100円、子供は無料!!」と、きちんとデザインされたポップな文字が大きく印刷されている。


 そして、その下には少し小さな文字で「涼しいお部屋で勉強もできるよ! みんな宿題も持って来よう!」と子供の字で書き込みがあった。


 子供食堂、か……。

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