第8話 異世界からの物質転送

 その夜に姉ちゃんが帰って来たのは、俺がみんなとボス戦を終えてそのままダンジョンに突っ込み、しかもそれを攻略し終わった23時も回った頃だった。遅っっ!!


「これでも早い方なのよ? 頑張ったんだから!」


と、胸を張る姉ちゃん。


 学生時代、小柄ながらバレーボール部のエースだった姉ちゃんは、体力も根性もなまじ人並み以上にあるせいで頑張り過ぎてしまう癖がある。


 そんな姉ちゃんがいつかブラック企業に染まり精神を病みはしないかと心配になるのだが、俺に言われたくはないだろうな……。


 パックのご飯とインスタント味噌汁の夕飯も、ばーちゃんの作り置きの惣菜のお陰で何だか豊かな食卓になった。


 ぶっちゃけ俺はほぼほぼ何も作っていないのだが、姉ちゃんは「凄い凄い!」と喜んでくれて、何だかくすぐったいような申し訳ないような変な気分になる。


 ソナさんに教えて貰ったプチトマトとチーズのぬか漬けも姉ちゃんに大好評で、「明日仕事じゃなかったら絶対呑むのにー!!」と嘆いていた。


 姉ちゃんの次の休みは、一体いつなのだろうか……?


 ちなみにパックのご飯は想像していたよりずっと美味しくて、これが企業努力という物かと感心した。


「帰って来たらご飯があるなんて幸せー!」


 幸せそうにご飯を頬張る姉ちゃんの姿が、一緒になって疲れるほど外で遊びまわって、家に帰ってばーちゃんが握ってくれた塩おにぎりを満面の笑顔で頬張っていたあの頃の姉ちゃんの姿と重なる。


 ……やっぱり、ご飯くらいは炊ける様になりたいな。


 ◇ ◇ ◇


 そうして迎えた深夜0時。


 緊張した面持ちで仏壇の前に待機する俺と姉ちゃんの前で、昨日と同じ様にスマホが激しく輝き出し着信音が鳴り響いた。


「ばーちゃん!!」


『はいよー、ばあちゃんよー』


 相変わらず緊張感の無いばーちゃんの声。


 俺が安堵感と肩すかし感を同時に味わって苦笑していると、ズズイッと姉ちゃんが俺とスマホの間に体を割り込ませて来る。


「良かったー! ばーちゃん、昨日は急に電話切れちゃって心配したよ! 今日はちゃんとお話出来るの?」


『さて、ばあちゃんにも分からんけども、せっちゃんどうかいね?』

『今日は新しい宮廷魔術師を30人程連れて参りましたので大丈夫かと思いますわ! 昨日は通信だけであそこまで魔力を必要とするとは思わず、お話の途中で中座するなど本当に失礼な事をして申し訳ございませんでした』


 昨日のご令嬢もまた一緒らしい。

 セシリアだからせっちゃんか。

 なんか、近所のばあちゃん仲間みたいな呼び方だな……。


 まぁそんなどうでもいいことは置いておいて、30人とは結構な大所帯だ。やっぱり異世界と通信するのは大変なことらしい。


 ……と、いつの間にかばーちゃんが異世界に召喚された事を受け入れつつある自分に気が付き、何とも言えない気持ちになる。


「ちなみに昨日は何人体制だったの?」


『5人でございます』


「おおっ! じゃあ単純計算でも今日は昨日の6倍話せる訳だ。色々聞きたい事あるんだよねー!」


 姉ちゃんが目を輝かせて声を弾ませる。


 ……いや、輝かせるというか、なんかこうギラギラしてる気もするんですけど、姉ちゃんどうした?


 そんなウッキウキの姉ちゃんとは裏腹に、ご令嬢の方は少し困った声で答えた。


『申し訳ございませんが、そういう訳でもないのです』


「え?」


『今日はなー、ばあちゃんがそっちに送って欲しい物があるんよ!』

『物質転送には通信の数倍の魔力を必要としますので……。申し訳ないのですが、今日もゆっくりという訳にはいかないのです』


「「物質転送!!?」」


それってつまり異世界から何か物が送られて来るって事か!? マジか!


『ばあちゃん、急にこっち来たからそっちでせんといけん事がようさんあるんよ。とりあえずして欲しい事を書いたメモと、渡して欲しい手紙書いたから、今からそっち送って貰うけんね』


 そうばーちゃんの声が聞こえたかと思うと、スマホが鳴った時より更に数倍の明るさで目の前の空間が光り、メモ帳と手紙らしき紙の束が現れた。


 ス、スゲエェェェーーー!!!


 まるで魔法の様に、何も無い空間に物が現れた事に感動していると、うっ……、とか、バタンッとか、物騒な音が聞こえて来る。


「ば、ばーちゃん!? 大丈夫!!?」


『大丈夫よー』

『何人か、魔力が尽きた宮廷魔術師が倒れたのですわ。ご心配おかけして申し訳ございません。職務上良くある事ですので、お気になさらないで下さい』


ご令嬢の軽やかな声の後ろで、

クッ…とか、あぁっ…とか聞こえる。


「………」

「……凄いブラックな職場の香りがするわ。宮廷魔術師やばー」


 姉ちゃんの職場も大概だよ!? という喉まで出かかった言葉を飲み込み、とりあえず送られて来た紙の束を手に取った。


 少しざらりとした手触りの薄茶色の紙をめくると、リストになった雑務がズラズラと並べ立ててある。


「こ、こんなに!!?」


『ばあちゃん、ビジーガールなんよ』


 ……ビジーガールて!!


 俺がリストを見て愕然としている間に、姉ちゃんは手紙の方を見ていたらしい。


「ばーちゃん、お父さんや町内会長さんや老人会のお友達は分かるけど、この『ヒメリ』ちゃんって誰??」


『ばあちゃんのババ活相手の女子高生さね』


 ……ババ活て!!!


『ヒメリちゃんとは、丁度この週末会う約束しちょったからね。透吾、頼んだわ』


「週末って土曜?……って明後日!? 急過ぎるし! 無理無理無理!! 姉ちゃん頼んだ!!」

「普通に仕事」

「土曜日だよ!?」


『なんじゃ透吾、予定でもあったかい?』


「……ぐっ、無いけど……」


『ヒメリちゃん、可愛かよー』


「おおっ! ヤッタネ透吾、役得じゃん!」

「いや、そこで喜べる程陽キャじゃ無いわ! 無理だって! 俺だよ!?」

「微妙に説得力あるのが姉として哀しいわ」


『お話し中に申し訳ございません皆様!! 宮廷魔術師残り5人です!!』


「そんな残り5分みたいに言わないで!? 人だよ!?」


 宮廷魔術師さん達に人権をあげて!?

 ブラックな職場ダメ、絶対!!

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