第3話 異世界召喚は理不尽に
「……ちょっと透吾。状況説明して」
「いや、俺にも訳わかんねえし。つか、話ややこしくしたの姉ちゃんだろ? どうするんだよ、結局ばーちゃんどこにいるかさえ分かんなかったんだぞ!?」
「……異世界なんじゃないの?」
「本気でそんな事言ってんの? いくらブラック企業勤めで心身すり減ってるからって、現実逃避し過ぎだろ!?」
「ヘイヘイヘイ、いくら何でも社会の厳しさも知らない引きこもりに現実逃避呼ばわりとは、お姉さま聞き捨てならないなぁ!?」
深夜0時過ぎ、じーちゃんの仏壇の前でぎゃいぎゃいと始まる兄弟喧嘩。不毛過ぎる。
ぐうぅーーきゅるるるる……
と、そこに突然腹の音が鳴り響いた。
「うぅ……駄目だもう、お腹空いた……」
「姉ちゃん、こんな時間なのに飯まだなの?」
「昼から何も食べてない。うぅ、ばーちゃんのぬか漬け食べたい……」
「あー、ぬか漬けなら多分あるよ。ばーちゃんその日の分毎日漬けてるから」
そう言うと俺は台所に移動して床下収納を開ける。俺が遊びに来るとばーちゃんはいつもここからぬか漬けを出してくれてた。
「おっ、あったあった! ちょっと漬かり過ぎかもしれないけど、充分食べれるよ」
瓶に入ったぬか床からぬか漬けを取り出す。今日は茄子とキュウリだ。多分庭の畑で採れたやつだと思う。
「ぬか漬けだけって訳にはいかないよな…」
勝手知ったる何とやらで、今度は冷凍庫を開けた。
普段引きこもっているとは言え、身体は育ち盛りの俺はしょっちゅう腹が空く。
ばーちゃんというのは腹を空かせた孫を見るとすぐに何か食べさせたくなる生き物らしく、いつ俺が来てもいいようにこの冷凍庫にはいつでも何か俺の好物が入っているのだ。
「おおっ! 焼きおにぎりがあるじゃん! ばーちゃんサンキュー」
そういえば、俺も夕飯食べてなかったな。
それどころではなくて忘れてたけど、この焼きおにぎりを見たら急にお腹が空いてきた。
姉ちゃんの分と自分の分、合わせて4個おにぎりを取り出すとレンジに入れる。
「ひゃー! ばーちゃんの焼きおにぎりだあぁぁ!!」
嬉しそうに焼きおにぎりに手を伸ばすと、んまんま言いながらパクついている姉ちゃんに、冷たい麦茶も注いでやる。
んー、沁みるぅーとか言いながら、満面の笑みでぬか漬けを噛み締めている姉ちゃん。
改めて考えると、こんな時間まで晩飯も食べずに働いてたんだよな。
入社1年目の女子社員をこんな時間まで働かせるとか、どんだけブラックだよ。
「姉ちゃんも今日泊まってくんだろ? 布団ひいて来てやるよ」
「えぇっ何何? さっきから透吾が優しいんですけど!?」
「……ばーちゃん家で何か食ったら、その分働く約束なんだよ」
「あー、『働かざる者食うべからず』!! ばーちゃんよく言ってたねー」
小さい頃から聞かされて来たばーちゃんの口癖の一つだけど、正直最近の俺には身につまされて辛い言葉だ。
「私もなんか働こうか?」
ぬか漬けと焼きおにぎりを食べ終わった姉ちゃんが、キョロキョロと辺りを見回す。
「いや、姉ちゃんは死ぬ程働いて来たとこだろ」
「それな」
「ほら、布団ひいといてやるから風呂入っちゃいなよ。明日も早いんだろ?」
「ぐあぁー、そうだったー……仕事行きたくないー! なんで異世界召喚されたの私じゃなかったんだー!!」
「………」
「………」
姉ちゃんの口から出た「異世界召喚」という言葉に、ばーちゃんがいなくなった現実に引き戻された。
「……マジで異世界召喚なのかな?」
「……いやだって、信じられないけど、状況的にはそうでしょう…?」
「………」
「………」
何とも言えない表情になった姉ちゃんと、無言で見つめ合う。
姉ちゃんの言いたい事は痛い程分かる。
何故なら俺も多分同じ気持ちだからだ。
もちろん、ばーちゃんの事は心配だ。
……心配なんだけど。
方やブラック企業勤めの20代OL。
方や不登校で引きこもりの高校生。
共に異世界召喚されるには、トップクラスの属性である。
…にも関わらず、だ。
「「なんっっっでばーちゃんなん!? 普通、俺(私)だろ(でしょ)ーー!?」」
深夜の戸建てにむなしく俺と姉ちゃんの声が響いた。
……やはり世の中は理不尽極まりない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます