第2話 ばーちゃん、聖女になる

『透吾、ばあちゃんなぁ……聖女様って言われちょるんよ』


「………へぁ?」


 人間というのは余りにも自分の想定から外れた状況に陥ると、訳のわからない声が出るもんなんだな、と思わず冷静に考えてしまった。


 いや。


 いやいやいやいや、ヤバイヤバイやばいやばい。


 なんか新手の特殊詐欺か? 宗教か??

 とにかく、ばーちゃんの無事を確認して早くばーちゃん連れ戻さないと!


「ばーちゃん! そこどこ!? 無事なんだよね!?」


『あー、ばあちゃんは元気さぁ。でもってここはなぁ、なんちゅったか? ん? れ、…ら…あへ? よう分からん。なんとかランドって言っとったよ』


 なんとかランドって。

 それじゃスーパービッグネームマウス在住の夢の国しか思い付かないよばーちゃん!


 はっ、それか、ばーちゃん行きつけの銭湯がYouー湯ーランドじゃん! ご近所!!


 なんだ、ばーちゃん銭湯行ってただけ……


『アルヘラードですわ、聖女様』

「誰ーー!?」


電話口から、鈴の根を転がしたような可愛らしい女性の声が聞こえる。


『まぁ、私とした事が名乗りもせずに大変申し訳ございません。私、アルへラード王国筆頭公爵家ブルノン家が長女。セシリア・フォン・ブルノンと申します』


………ヤバいのキタ!!


「ばーちゃん! 聞こえる!? とにかく早く帰って来てよ! こっちはみんな心配してるんだから!」


『帰り方が分からん』


「なんで?! そもそもそこどこ!? どうやってそこまで行ったの!?」


『透吾、声がやかましいわ。そんな大きい声出さんでも、ばあちゃん聞こえとるよ』


………。


何だかあまりにもいつも通りのばーちゃんの様子に、肩の力がスコーンと抜けた。


『すぐには帰れんらしくてね、ばあちゃんも困っとったんよ。透吾が家におって助かったわ。透吾、しばらくばあちゃんの代わりしてくれんね』


「へ? いやいや、ばーちゃんの代わりとか普通に無理だし。帰って来れないって何で? 俺、迎えに行くよ。場所の説明できる?」


『場所の説明なぁ。こっちには電車もバスも走っとらんで駅も無いしなぁ。とりあえずでっかいお城にばあちゃんおるけど』


「ええ……じゃあ、ばーちゃんはどうやってそこまで行ったのさ?」


『それがなぁ、いつの間にかおったんよ。じいちゃんのお仏壇の前でお念仏唱えちょったらピカーッてな』


「高齢者略取!!」


『あの! 僭越ながら、私からご説明させて頂いても宜しいでしょうか……?』


 ばーちゃんと収拾の付かない会話を繰り広げていたら、先程の可愛らしい声に話しかけられた。


 正直、全くもって信用は出来ないが、話を聞かない事には始まらない。


 女の子と話すのは苦手だが、そんな事を言っている場合でもない。


「……お願い、します。えっ……と、ばーちゃ……祖母は無事なんですよね?」


『はい、聖女様の身は王国を上げてお守り致しております』


……これは、どこから突っ込めばいいんだ?


『突然の事で驚かれるのも無理はないかと思いますが、聖女様は私達の呼びかけに答え、こちらの世界へ顕現して下さったのです』


 あまりの言い分に呆然としていた俺は、自分の背後に迫る人の気配に全く気が付いていなかったらしい。


「それはつまり、異世界召喚ね!!?」

「のわぁっ!?」


 突然背後から声がして、驚きの余り飛び跳ねる。


「ね、姉ちゃん?」


 振り返るとそこには、スーツ姿でいかにも会社帰りのOLの姿があった。


高森美咲たかもりみさき。……かれこれ半年近く会っていなかった、俺の姉だ。


『ありゃ、美咲もおるんかね?』


「ばーちゃんがいなくなったって聞いて、心配して来たんだよ! そしたら話し声がするから、てっきりばーちゃん見つかったのかと思って安心したのに。こんな、こんな……」


 そう言ってうつむく姉ちゃん。


 そうだよな、こんな真夜中に仕事が終わったその足で駆け付けてきたんだ。

 姉ちゃんだって相当ばーちゃんの事を心配していたはずだ。


「こんな……面白そうな事になってたなんて!!」

「ねーちゃん!!?」


 突然ガバッと顔を上げた姉ちゃんは、そのままの勢いで俺のスマホをひったくる。


「だってこれ絶対異世界召喚でしょ! なんでよ、普通私に来る案件じゃない!?」

「不謹慎だろ! まず事件性を疑えよ! 絶対新手の詐欺か変な宗教だろ!?」

「ハッ!! そんなつまんない事ばっか考えてるからアンタは引きこもりになんかなるのよ! ばーちゃん、王子いるの!? イケメン?!!」


『あー。顔だけはええ』


顔だけはいい王子とか、嫌な予感しかしねえ……じゃなくて!


『あ、あのっ申し訳ございません。この通信は長くはもたないのです。宮廷魔術師の魔力がもう……!』


「「はっ!?」」


『明日また……同じ時間、通信を……ここ……てて……』


ブツッと音が途切れると、スマホの光も消えていく。


「嘘だろオイ!? ばーちゃん! ばーちゃん!!」


慌てて姉ちゃんからスマホを奪い返して操作をしても、着信履歴すら残って無い。


俺と姉ちゃんは呆気に取られてその場で顔を見合わせた。

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