第5話 やっぱり可愛い弟だ(side 美咲)

《side 美咲》


「……き? 美咲? 聞こえてるか?」


 お父さんの声に、ハッと我に返る。


 そうだ、今は透吾の事じゃない。

 ばーちゃんだ!


「私も、仕事が終わったらばーちゃん家行ってみるよ! 透吾1人じゃ心配だし、もしかしたらばーちゃん帰って来るかもしれないし」

「すまんが頼む……。こんな時間まで仕事なのに悪いな」


 こんな時間、と言われて壁に掛けられた時計を見る。まだ22時を少し過ぎた位だ。

 

 全く、お父さんは大袈裟だなぁー。

 昔から門限とかも異常に早かったもんね!


「いつもの事だし、大丈夫だよ! 私体力には自信があるんだから」

「美咲、落ち着いたら仕事についても少し話そう。こんな働き方じゃ身体を壊すぞ?」

「はいはい! もう、みんな心配性なんだからー。落ち着いたらちゃんと実家にも顔出すよ! じゃあね」



 ◇ ◇ ◇



 ……とかなんとか言ってたのにぃ! 結局結構遅くなったちゃったよ!!


 何とか23時過ぎには会社を出たものの、電車とバスを乗り継いでばーちゃんの家に辿り着いたのは深夜0時をまわった頃だった。


 深夜にインターホンを鳴らすのも何となく躊躇われて、貰っていた合鍵で玄関のドアを開ける。


「……透吾ー? いるの?」


 あまり大声にならない程度に声をかけるが、反応は無い。


 透吾にまともに会うのは何ヶ月ぶりだろうか? 

 春に私が一人暮らしを始めてからは会ってないし、その前も部屋に閉じこもってばかりの透吾とは殆どまともな会話はしていない。


 『姉ちゃん姉ちゃん』と屈託なく甘えていた可愛い弟が、暗い目をしてボサボサの髪、ヨレヨレのスウェットで部屋に閉じこもる姿は私にとっても中々にきつい現実で。


 いつしか私は、透吾から目を逸らす様になってしまった。


 ばーちゃんいなくなって不安がってるよね、きっと。

 ……え、なんて声かけよう。まともに話してくれるかな。


 そんな風に悩みながら家の中へと入っていくと、予想に反して話し声が聞こえて来た。


 この声は、透吾と……


 ばーちゃんだ!!

 良かった! ばーちゃん見つかったんだ!


 ほっと胸を撫で下ろしながら、声のする方へ向かう。

 じーちゃんのお仏壇がある部屋だ。


 部屋の前まで来ると、声がはっきり聞こえてきた。


 あれ? 透吾とばーちゃんだけじゃない?


「……お願い、します。えっ……と、ばーちゃ……祖母は無事なんですよね?」


『はい、聖女様の身は王国を上げてお守り致しております』


『突然の事で驚かれるのも無理はないかと思いますが、聖女様は私達の呼びかけに答え、こちらの世界へ顕現して下さったのです』



 ーー何を隠そう、実は私は結構なオタクである。


 本命は別にあるが、異世界転生物も大好物だ。なので瞬で状況を理解した。


 直前まで悩んでいたのはどこへやら、気が付けば脊髄反射で襖をスパァーーーンと開け放って叫んでいた。

 ここにばーちゃんがいれば間違いなく地獄の説教コースだ。


「それはつまり、異世界召喚ね!!」


 透吾がギョッとした顔で私を見ている。

 ばーちゃんの姿は無く、透吾のスマホが不思議な光を放っていた。


『ありゃ、美咲もおるんかね』


 スマホから…というより、何処からか響く感じでばーちゃんの声が聞こえる。

 スピーカーとも勿論違う。


 ……これは……ガチだ。


 なにせ脊髄反射で会話していたので内容をあまり覚えていないけれど、気が付けば通信は切れ、透吾が「どうするんだよぉー」と項垂れていた。


 申し訳ない気持ちもあったが、睡眠不足に深夜のテンションも手伝って、そのまま久しぶりの兄弟喧嘩に突入してしまった。


「姉ちゃんこんな時間なのに飯まだなの?」


 喧嘩の最中だったのに、私のお腹が鳴ったのを聞いて、透吾が夜食を用意してくれた。


 ばーちゃんのぬか漬けと焼きおにぎりが、空っぽのお腹に染み渡る。


 透吾はいそいそとぬか漬けを切ったり焼きおにぎりをチンしたりと当たり前の様に働いて、布団まで敷いてくれると言う。


 実家にいる時と大違いだ。


 ……お母さんが、何でもやっちゃうのも問題の一つだと思うんだよね。


 これまた透吾が入れてくれたお風呂に浸かりながら、うーんと首を捻る。


 最近はパパッとシャワーで済ませていたので、こんな風に湯船に浸かるのも久しぶりだ。ゆるゆると身体がほぐれていくような気がして心地よい。


「姉ちゃーん、布団敷いといたからな! 風呂で寝るなよ!!」


 そういえば、脊髄反射が功を奏したのか、透吾とも随分久しぶりに沢山話をした気がする。


「……ふふっ!」


 やっぱり透吾は、私の可愛い弟だ。

 ちょっと生意気で野暮な風貌になってしまったが、それは変わらない。


 ……明日の朝は、透吾が昔好きだった、少し甘めの卵焼きでも焼いてあげようかな!


 私はそんな事を考えながらザバッとお風呂から上がったのだった。

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