第6話 後輩力53万

 人と一緒に暮らすというのは難しい。


 会いたい時に連絡をしなくても会えることは利点だが、その逆も然り、顔を合わせたくない時にも会えてしまうものだ。


 「一志いっし、出かけるのか?」

 自室から出てなるべく静かに玄関まで行ったつもりだったが、俺の気配を察したのか、リビングから顔を覗かせたすいに話しかけられた。

 

 「…ああ、今日はバイトだから」

 「一志、お前、本当に働いてたんだな。感動だ」

 「ニートのお前に言われたくない!」

 翠は口に手を当てて感慨深そうにしている。なんともむかつくやつだ。


 昨日のショッピングモールでの件で、翠を傷つけてしまった気がして俺の中で引っかかっていた。そんなわけで昨日から翠と顔を合わせるのはなんとなく気まずかったのだが、見たところ翠はいつも通り飄々としている。相変わらず掴みどころのないやつだ。

 まあ、今は翠のそんな所に救われたわけだが。


 それともう一つ、今日翠と顔を合わせたくなかった理由がある。


 「…お前、バイト先に冷やかしに来るなよ?」

 「心外だな、言われなくてもそんな嫌がらせみたいなことしないぞ」

 「…ならいいんだが」

 翠は台風の目みたいな奴だ。コイツが来ると経験上絶対に碌なことにならない。あと絶対揶揄われる。


 「バイト頑張れよ、いってらっしゃい」

 「ああ、行ってきます…」

 

 翠は微笑みながら俺に手を振る。昨日のことを本当に気にしていないみたいだ。

 安心するような、なぜだかモヤるような、複雑な心境で俺は家を後にした。





 久しぶりの出勤日。

 田舎のレンタルビデオショップ。正直客は全然来ない。暇である。

 俺がガキの時からずっとあるけど、いつ見ても客いないのになんで潰れてないんだろう、みたいな店ってあるよね。


 店内に響き渡る、先ほどから何回もリピートされている今流行りのラブソングの歌詞を覚えてしまうほど暇だ。『貴方に会いたいけど会いたくない、やっぱり会いたい』とかメソメソ言ってる歌詞を聞きながら、やることもなくレジに立つ。

 会いたいのか会いたくないのかハッキリしろや。

 暇すぎて歌詞に苛つきさえ覚える。


 「飯南いいなんさーん!おはよーござます!」

 「あ、美里みさとさん、おはよう」


 夜のどんよりとしたボロい店内の雰囲気を持ち前の明るさで照らすように、美里七瀬みさとななせは爛々と出勤してきた。


 「いやー、今日飯南さんとシフト被ってたんスね?やった、うれしいっス!!」


 大きなタレ目に、笑った口元から覗く八重歯。店内の蛍光灯を反射してキラキラと輝く金髪は、耳の横でツインのお団子にされている。服装はほぼいつもダボっとしたパーカーにショート丈のパンツ。耳元ではピアスがキラキラと輝いている。まあ、所謂ギャルのような見た目の美少女だ。


 と言ってもその見た目とは裏腹に、俺の一つ歳下の大学一年生の彼女は人懐っこく人当たりの良い後輩キャラで、仕事も真面目にこなしている。

 

 俺は彼女と初めて会った時は『金髪ギャル怖え…』と怯えていたものだが、話してみるとめちゃくちゃ優しくて良い人だった。人は見た目で判断してはならないと自戒した。翠も、見た目だけは良いのに性格はアレだし。


 「今日もお客さん少ないっぽいっスね〜」

 バイトの制服に着替えて来た美里七瀬は、俺の隣に立ってそう話しかけて来た。

 「俺一時間前からレジ入ってるけど、すごい暇だよ」

 「この店なんで潰れないんでスかね〜」

 「それはそう。でも仕事内容楽だから潰れられたら困るな」

 「同感っス!それに潰れたら飯南さんにも会えなくなっちゃいますよね。それは悲しいっス」

 …なんだこの凄まじい後輩力は。眩しい、眩しすぎる。

 碌に部活動とかサークルとかに入ってこなかったから、後輩という存在に初めて出会った俺はこの眩い後輩力に未だ免疫がつかない。

 後輩というものの放つ、言い知れない可愛さは恐ろしい。


 「そうだ、飯南さんにオススメしてもらったアニメ、観ましたよ!すっごい面白かったっス!」

 「ああ、良かった。アレめちゃくちゃ面白いよな」

 「もう、主人公カッコ良すぎません!?ラスト泣いちゃいましたもん」

 「分かる。最後にOPテーマが流れるところで俺も泣いた」

 ああ、楽しい…。

 ビデオショップの店員という事もあってか、美里七瀬とは趣味が合う。

 俺みたいなフリーターは外界との接触がほぼ無いから、こう言う何気ない会話が本当に貴重なのだ。


 去年大学を辞めた時、一緒にこのバイトも辞めたかったが、チキンの俺は『半年も働いてないのに辞めたいなんて言ったら怒られるんじゃないか』と怖くなり言い出せず、ズルズルとこのバイトを続けていた。だが今はそれなりにバイトが楽しいので、チキンでも悪いことばかりではないと思った。


 客も来ないので話しながら仕事をしているとかなり時間が経っていたようで、時計を見るとあと30分ほどで閉店の時間だった。

 「あとちょっとで閉店っスね。私、棚にDVD戻してきますね」

 「ありがとう」

 そう言って美里七瀬は店内の奥へ歩いて行った。

 仕事ができる人だ…

 最近は翠の唯我独尊っぷりに振り回されてばかりいたので、真面目な人と接すると感動すら覚えてしまう。


 そんなふうに感動を噛み締めていると、レジの向かい側に見える自動ドアが開いて客が入ってきたのが目に入った。


 いかんいかん、俺も仕事に集中しなくては。


 「らっしゃっせー」

 「客に向かってなんだその腑抜けた挨拶は?」

 「え…あっ!?翠!?お前なんでここに…!!」


 一瞬変な客に絡まれたと絶望しかけたが、よく見るとどうやら一張羅であるらしい黒のロングコートに身を包んだ翠が目の前に立っていて仰天する。


 「お前、バイト先には来んなって言ったよな!?何してんだよ…!」

 「DVDをレンタルしたくなったから来ただけだ。お前のバイト先に来ようとして来たんじゃない。近所にレンタルビデオショップがここしか無いんだから仕方ないだろう」

 クッ…屁理屈を…


 翠は悪びれる様子もなく、むしろ目をキラキラと輝かせながら楽しそうに店内を見回している。子供みたいだ。

 「この店、初めて来たが意外と置いてある商品のセンスが良いな。店長のチョイスか?」

 「そうだよ」

 「一志、その服は制服か?THEフリーターって感じで似合ってるぞ」

 「お前もう帰れ!」


 いくら客が来なくて暇とは言え、バイト中まで翠の世話なんて冗談じゃない。

 しっしっ、と手で追い払う仕草をすると、翠にその手をぎゅっと手を掴まれる。しまった、逆効果だった。

 「そんなツレないこと言うなよ、一志が家にいなくて寂しかったから会いに来たんだぞ」

 なんだその面倒くさい彼女みたいなムーブは。てかさっきはDVD借りに来たって言ってただろ。

 手を握りながら上目遣いにうるうると俺を見つめる翠は正直可愛い。


 しかし今日の俺はその可愛さに屈している場合ではない。

 店内で返却作業をしている美里七瀬が戻って来る前に翠をこの店から追い出さなければならない。俺にとっての唯一の後輩に、翠という唯我独尊傲岸不遜で不健全な存在を見られるわけにはいかない。


 「DVD借りに来たなら俺に絡んでないでさっさと借りて帰ってくれ」

 「お前は本当にツレないな。もうすぐ閉店だろ。一緒に帰ろう」

 「それが目的か…」

 こんな遅い時間に来たのは俺と一緒に帰宅するのを狙ってということか。確かにこんな時間に翠を一人で帰すのは多少心配ではあるし、一緒に帰った方が良いだろう。しかし、となると美里七瀬に翠を目撃されてしまう確率は極めて高い。


 「分かった。じゃあ終わるまで近くにあるファミレスで待っててくれ。俺はバイト上がったら行くから」

 とりあえず翠を店から出すことを優先しようと、俺がそう提案した時。


 「飯南さん?」


 背後から美里七瀬の声がした。返却作業が終わったらしい。

 「どうかしましたか…って…その方は…?」

 美里七瀬は俺の方に駆け寄って来て、翠をバッチリ目に入れた。しかも最悪なことに、翠は俺の手をまだ握ったままだった。俺は急いで翠の手を剥がしたが、もう遅いだろう。


 終わった…


 絶対に、自分が真面目に仕事をしている間に女とイチャイチャしてるクソみたいな奴という烙印を押されてしまった。…事実だろと言われたら何も言い返せない。俺はクソだ。


 「えっとー…お客様?飯南さんのお知り合いっスか?」

 「…そんな感じ」

 「…」

 美里七瀬は目をぱちくりとさせて翠を見つめた。というか凝視した。穴が開きそうな程に。

 …どうしたのだろうか。なんだか美里七瀬の様子がおかしい。何も言わずにじっと翠を見つめている。

 

 「…じゃあ私はファミレスにいるから、終わったら連絡してくれ」

 美里七瀬に凝視されてバツが悪く感じたのか、翠は珍しくそそくさと店内を去っていった。


 その背中さえも、なぜか美里七瀬は見えなくなるまでずっとずっと見つめていた。


 「…可愛い子ですね」

 「え?ああ…」

 「…もしかして、飯南さんの彼女さんっスか?」

 「いや、彼女じゃない!…けど、本当にごめん、美里さんが返却してくれてる間に知り合いと話してるなんて」

 「えっ、それは別にいいっスよ!どうせレジ暇だし、私もバ先に友達来たら喋りますもん」


 なんてええ子なんや。俺は自分の不甲斐なさにさらに死にたくなる。


 「…手繋いでたけど、本当に彼女さんじゃないんですか?」

 「あれは忘れてください…とにかく、アイツは彼女じゃない」

 「ほんとに?」

 …しつこいな。

 「ほんとに!」

 「…そっか」

 俺の勘違いでなければ、美里七瀬はその時少し安心したような顔をした。

 どうしてこんなに翠が俺の彼女かどうかを気にするのだろうか。


 途端に俺の心臓が変な跳ね方をした。

 …いや、勘違いしてはいけない。別に深い意味は無いだろう。


 俺が自分にそう言い聞かせていると、美里七瀬は俺の制服の裾を小さく引っ張ってこう言った。


 「飯南さん、バイト上がった後、時間ありますか?ちょっと話したいことがあるんですけど…」

 

 …深い意味など無いはずだよな?

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どうやらラブコメフラグが立っているらしい従姉妹との同居生活。 梅海人 @eoeoa_q

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