第4話 ラブコメの妙薬(ぽしゃけ)

 ラブコメが少し進展して、すいちゃんおかえりパーティが開催されたその夜。


 「ふえ〜ん…もうぽしゃけ飲めないよお〜……しくしく」


 調子に乗って酒を飲みまくった母さんはしっかりと酔い潰れていた。


 「しっかりしてくれよ、母さん…」

 「ママ上はいつも本当に可愛らしいな」

 「これを可愛らしいで済ませていいのかよ…」

 確かに19歳の母親にしては若い方ではあるが、それでも大の大人、しかも母親のこんな様子を見るのはかなり辛いものがある。


 「とりあえずソファに転がしておこう。そのうち起きるだろ」

 そう言って翠は酔ってふにゃふにゃしている母さんをソファにポイっと放り投げた。乱雑に投げられた母さんは「きゃんっ」と声をあげてソファに横たわった。コイツ、可愛らしいとか言ってたくせに結構容赦ないな、まあいいんだけど。

 

 「やら〜っ!この歳になってソファでねるとあしたに響くの!寝室まで運んで!!」

 

 言いながら、母さんはソファでバタバタと暴れ出した。

 何だこの大人…めんどくせぇ……


 「ふむ、仕方ないな。一志いっし、運んでやれ」

 「ええ…俺?」

 まあ俺か。力仕事だし。


 仕方なしに母さんを寝室まで半ば引きずりながら運ぶ。

 なぜ俺は酔いながらぐずっている母親を引きずってるんだ…いや、やめよう、この状況を俯瞰しだすと産まれてきた意義とかまで考えだしてしまいそうだ。

 俺は無になって母さんを寝室まで運んだ。


 「母さん、寝室着いたぞ。水ここ置いとくから飲めたら飲めよ」

 「ありがとお〜こんなに優しい息子を持ってママしあわせ〜」

 「へーへー。おやすみ…っ!?」

 寝室を出て行こうとすると、母さんに脚を掴まれて、危うくコケかけるところだった。

 一体なんなんだ。


 「ねえ一志」

 「なんだよ」

 振り返るとさっきまでと打って変わり、いつになく真剣な顔をした母さんが目に映る。


 「翠ちゃんのこと、ちゃんと見てあげてね」


 「…なんだよそれ。なんで母さんにそんなこと言われなくちゃなんないんだよ」

 「週2しか働かない子を家に置いてあげてるのは誰かな?」

 「お母様いつも本当にありがとうございます」

 「うむ、苦しゅうない」

 「…言われなくても分かってるよ。昔、一緒にいるって約束したし」

 「そっか、なら安心ね」

 母さんは嬉しそうに笑った。

 翠が小学生の頃から面倒を見ているから、母さんにとって翠は姪というよりも、もう娘みたいなものなのだろう。母さんも母さんなりに急に帰ってきた翠のことを心配しているらしい。


 「は〜、安心したら眠くなってきた。お母さん酔ってるから、リビングで二人が何やってても起きないわよ」

 「そういう冗談やめろ…」

 恐ろしいことを言う母さんを尻目に寝室を後にし、リビングへ戻る。


 嵐が待ち受けているとも知らずに。

 

 「いっし!遅いぞ!!!」

 「ぐえっ!?痛え!!」

 リビングに入るなり、突然翠から体当たりを喰らい、床に倒れ込む。

 倒れ込むというか、情けないことに翠に押し倒されたと言った方が正しいかもしれない。

 

 な、何が起きてるんだ?


 押し倒されて180度反転した視界いっぱいに、翠の顔が広がっている。

 うわあ、コイツ、知ってはいたが顔がめちゃくちゃ可愛い。至近距離で見ていると無駄にドキドキしてしまう。

 

 「はは、ふたりきりだな、一志」

 「す、翠…?どうした…?」

 

 お互いが喋ると吐息がかかるほど顔が近い。翠の頬は少し火照っていて、こんな顔を間近で見ていると俺までどうにかなってしまいそうだ。


 いや、どういう状況なんだこれは。


 少し落ち着いて整理しよう。

 今、俺は翠に押し倒されていて、翠が俺の上にまたがっている。

 …どういう状況なんだこれは!!

 落ち着いて整理して状況を把握したせいで、余計落ち着けなくなってしまった。


 「はじめてか?そう緊張するな、肩の力抜けよ。優しくしてやるから安心しろ」

 「す、翠さん????!!何の話してるんですかね!??」


 何がどうして翠がこんな事になってるのかわからんが、まずい、このままだとジャンルがラブコメじゃなくなる。下手すると年齢制限がかかってしまう。

 

 俺は決死の思いで上にまたがっている翠を押しのけて逃げ出す。

 意外にも、俺の予想に反して翠は簡単に俺の上から退き、ふにゃふにゃと床に倒れ込んだ。


 「うう…おのれ一志…何するんら」

 翠は床に倒れながら何かぶつぶつ言っているが、よく聞くと呂律が上手く回っていない。


 怪しい呂律にこのふにゃふにゃ具合…俺はついさっきの母親を思い出した。

 まさか。いや、でもそれしか思いつかない。

 

 「翠お前、酒飲んだのか…?」

 俺たちはまだ19歳だ。何より翠が法律を破るようなくだらない真似をするとは思えない。

 

 「酒なんか飲んれない」

 心外だと言いたげに顔を顰めながら翠は立ち上がった。その弾みに服からひらりと何かが落ちたのが目に入る。何だろうと手に取って見て納得した。

 

 「ああこれ、ウイスキーボンボンか…」


 なるほど、パーティを彩るため食卓の端に置かれたお菓子の山の中に、ウイスキーボンボンが入っていて、翠はそれを食べたらしい。


 お約束展開がすぎる…!!


 「一志ぃ、難しい顔してどうした?」

 「近い…なんで抱きついてくるんだ…!」

 …どうやら翠は酔うと距離感がおかしくなるらしい。べったりと抱きついてくる翠を無心で剥がす。


 「おい、なんで剥がすんだ。だいすきな一志を抱きしめてやろうとしてるだけなのに」


 …意識してはいけない、コイツは酔っているだけなんだ。

 もしここで無駄に意識してしまったりして、シラフに戻った時コイツが覚えていなかった場合悲しすぎる。多分立ち直れない。

 

 「一志のばかやろう」

 抱きつかれては剥がしてを繰り返していたら、翠は遂に諦めて拗ねたようにそう言った。

 「一志は私のこと好きじゃないのか」

 「…今の状態のお前に言うことじゃない」

 「どういうことだ」

 じろりと俺を睨む目つきにいつものような覇気はない。

 なんなら酔いのせいか視線が艶っぽいし顔は火照ってるし、なんかもう誰か俺を助けて欲しい。正直めちゃくちゃ可愛いから困る。自分の顔の良さをもっと気遣ってほしい。

 

 頭を抱えていると、翠はいつの間にかパーティ用に壁に飾られていた風船を二つ手にしていた。


 「私におっぱいがないからか」


 ……はい?


 「私が貧乳だからなんだろ!どうせお前みたいなムッツリはボインボインのおっぱいが好きなんだろ!!!」

 

 コイツ、そんなこと気にしてたのか…。


 確かに翠は身長が低くてやや幼児体型気味ではあるが、いつもの不遜な態度を見ているとそんなことは気にしていないのかと思っていた。実際、身長が低くて子供っぽい見た目は、それさえも翠の愛嬌になっている。


 翠は風船を服の中に入れて、夕方母さんがやっていたハイパードデカおっぱいを装着した。

 「見ろ!お前の大好きな巨乳だ!好きなだけ揉めよムッツリ!!」


 言いながら、翠は俺に抱きついて来た。ハイパードデカおっぱいが腕にぎゅむぎゅむと当たる感覚がする。


 誰か…助けてくれ……


 このカオスな状況を諦めて受け入れながら、俺はもう二度と翠に酒を飲ませないことを誓った。


──


 「ママ上、なぜか私、昨日のパーティの記憶が曖昧なんだが」

 「あら、翠ちゃんも?私も気づいたらベッドで寝てたのよね〜」


 翌日、翠はバッチリ昨日の記憶を無くしているというお約束のオチをキメた。


 お酒って怖い…


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