貴方が最強の魔導士でも求婚はお断りします

@enaganeko

第1話 突然の求婚


 世界は魔族によって滅ぼされかけていた。


 しかし、神の祝福を受けた勇者や神官、精霊の加護を受けた剣士や魔導師たちが立ち上がり、魔族と戦い抜いて世界を救った。

 そんな作り話みたいな事実が起こったのがわずか数日前。


 帝都アルバラーン。

 その大通りを帰還した勇者一行が進んでいく。


 精悍で爽やかな容姿の勇者は白金の鎧に身を包み、群衆に手を振って歩いて行く。その後ろに愛らしい女神官、どこか妖艶さのある女戦士が満面の笑みで群衆に手を振る。

 その最後尾に、無表情のまま歩く青年の魔導師がいた。


 一行の中では一番見慣れた姿だ。


 オーロラのような光を宿した銀色の長い髪を雑に束ね、青と白のローブに身を包んだ姿は身なりにあまり気を使っていなさそうなのに、さながら絵画のように絵になっている。

 その姿に見惚れる人々が彼を視線で追うのが視界に入った。

 彼らの気持ちもよくわかる。

 だが、そもそも勇者一行はどういうわけか美貌の持ち主が多いから、彼だけが特別という感じはしない。


 その様子を少し高い所にある道から眺めていたリアーネは、小さく息をついてからきびすを返す。恐らくこんな光景を目にするのは人生において最初で最後だろうと思ったから、仕事の隙を見つけて少しだけでもと思って見に来たのだ。

 しかし、リアーネには溜まりに溜まった雑務がある。


 のんびり平和が訪れたという喜ばしい事実に浸る暇は無かった。


 終わっていなければ叱責を食らう。

 生きていくために平和を祝う暇さえ与えられない。もちろん、それが大切な役割ならば納得のしようもあったけれど、リアーネに課されているのは誰にでも出来るような些末な雑用だ。

 少しくらいこの光景を見ていたってバチは当たらないはずだ。


 けれど、仕事を失う恐怖から辞める勇気は持てなかった。

 何より、生活できる給金はもらっているから、何も言えない。


 これでは、世界が滅んでいてもいなくても、自分にとっては何も変わりなかったのではないかと思いながら、リアーネは職場へと足を向けた。

 職場へ戻るのにそれほど時間はかからない。


 というのも、職場というのは王宮に隣接した魔導士協会だからだ。


 そもそも外出していたのは、買い出しが理由である。

 買い出してきたものを所定の場所に補充して、今度は別の雑用にとりかかる。色々と小さな仕事をこなすうちに夕方近くなっていた。

 少なくても、今日は残って雑務を片付けさせられることはなさそうだ。


 少しは自分のために時間を使える。

 やりたいことはたくさんあった。

 まずは食材や日用品を買って帰ってから何をしようかと考えながら仕事をつづけ、珍しく定時に帰っても良いと言われた時は心の中で小躍りする。


 少しだけ安らいだ気持ちで廊下を歩いていると、不意に前方に影が差したので反射的に横に避けた。もしも当たってしまったら大事だからだ。

 しかし影はふたたびリアーネの前をふさぐように立ちはだかる。


 そこでようやく顔を上げ、思わず息を飲む。


 目の前にいたのは、先ほど大通りで凱旋していたうちのひとり、大魔導士セシリオ・ハーツフェルドその人だった。

 間近で見れば見るほど、人間離れした容姿だということがわかる。


 だが、今はそんなことを気にしている訳にはいかない。

 彼は明らかにリアーネの前に移動してきた。つまり、ただの通りすがりではなく、用事があるということだ。

 正直、何かの雑用でもあるのだろうかと思いながら声が掛かるのを待つが、セシリオは中々口を開かない。


 もう帰りたいのに。

 そう思ったリアーネは恐る恐る訊ねた。


「あの、私に何か御用ですか?」

「あ、ああ」


 緊張しているのか、いつもより声が低い。


「……どんな御用でしょう?」


 用があるのなら手っ取り早く済ませ、とっとと帰りたいリアーネは答えを促した。しかし、セシリオはなにやら歯切れが悪い。

 ゆっくりする計画が、とリアーネが内心残念がっていると、セシリオはようやく重い口を開いた。


「その、君には誰か心に決めた人がいるのか?」

「は?」


 何か雑用を頼まれるのだと思っていたから、思わず変な声が出た。


「だから、君には誰か結婚を考えている相手はいるのかと聞いている!」

「……い、いませんけど」


 突然大き目の声で言われ、リアーネはびっくりしつつも答えてしまう。正直、自分の所属する場所の頂点にいるとはいえ、彼にそんなことを教えなければならない理由は無いと思ったものの、こんな迫力で来られたら答えない訳にはいかない。


 というよりも、彼は何の目的でそんなことを尋ねて来たのだろう?


 不可解すぎて反応に困りつつセシリオの顔を見ると、突然嬉しそうに表情が緩んだ。

 訳が分からない。

 すると、セシリオは次の瞬間リアーネの両手をとると、今度は真剣な表情になって、意を決したように言った。


 「それなら、俺と結婚してくれないか?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方が最強の魔導士でも求婚はお断りします @enaganeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ