魔王は目覚める

_____東の果ての祠で、一人の青年が瞼を開く。

色素の薄い紫髪を肩まで伸ばした、黄色の瞳が特徴的な青年だった。その顔には凛とした雰囲気があり、誰の目から見ても顔立ちが整っているのは確かだ。

青年は寝台の上で眠っていた。


「ここは・・・」


体を起こして青年は周りを見回す。

薄暗い雰囲気の部屋だ。青年が眠っている寝台以外には何も無い、陰気臭い部屋。

青年は自分の手のひらを開閉しながら思う。


「(時間はあれからどれくらい経った?俺が封印されてから結構経ってんのか?)」


青年は寝台から降りてそこでやっと気付く。全裸なのだ。青年の白い肌が惜しみなく露出している。

青年は自分の姿に顔を顰めながら指を鳴らした。その瞬間、青年の体が服に包まれる。

黒色のシャツに白のズボン、タンザナイトのループタイといったシンプルな服装だ。

青年は裸足のまま、外からの光が漏れている方を見た。

扉をついていないが、出口までの通路が約10mはある。青年は静かに、足音をペタペタと鳴らしながら歩く。

____眩しい____

青年はそう思った。暗闇にいた青年の瞳には久しく見た太陽に光がとてつもなく眩しく思えた。

青年は太陽から目を逸らし、自分の周りに広がる広大な自然を眺める。その目を足元に落とし、久しぶりの草の感触を感じた。思わず綻びそうになる頬を引き締める。

そのまま、青年は自分が出てきた建物を振り返った。


「これは・・・祠か?」


それは鉄で作られた建物だった。全体的に丸い形をしている建物だ。青年は建物から目線を外し、草の上を歩く。

このこそばゆい感覚さえも今は心地良い。

青年は当てもなくただ歩いていた。目的地も何もない。ただ、久しぶりのこの世界を見たかったのだ。

肌に触れる風、あちらこちらから香る花の匂い。

この体が感じる全てが愛おしく思える。懐かしく思える。

青年は鼻歌でも歌いそうな足取りでただ一人、歩いた。

______”凶王”と恐れられたシェードは、200年の封印から目覚めた。



その頃、ソル王国の王城、”議の間”。


「”凶王”が封印から目覚めました」


そう言ったのは紫のローブを頭からすっぽり被った魔道士だ。

魔道士の言葉に王国の要人たちはザワザワと騒ぎ始める。そんな彼らを収めたのがソル王国の第52代目の国王であるアルバだ。

アルバは手に持っていた杖を強く床に叩きつけ、場を収めた。


「案ずるな。我が王国の現在の騎兵団は”凶王”を封印した当時の騎兵団よりも格段強い。例え”凶王”が再び魔軍を率い、国を襲ったとしても今の王国なら被害は最小限に抑えれる。それで魔道士カミーノよ、”凶王”が王国に辿り着くまでどれ程かかる?」


「祠からの距離を考えれば1週間ほどでしょうか。ですが”凶王”は部下一人もおりません。彼一人でも十分強力ですが、恐らく”凶王”は部下集めをするでしょう。期間はざっと5ヶ月ほど」


「そうか、それなら”凶王”が攻めてくるまでに迎撃準備を完了させる。王国史で最も強力な戦力を用意しろ」


アルバがそう指示すると、軍の最高司令官であるアブラサドールはその場で恭しく頭を垂れた。


「魔軍を圧倒的な戦力差で討ち取ることが出来る戦力を必ず揃えましょう」


「ああ、そして魔道士カミーノ。貴様は王国中の魔道士に呼びかけよ。貴様ほどの者ならば可能だろう」


「さて、どうでしょうか。魔道士には変わり者が多いのでね」


「ならばそれらは説得してみよ。それでも不可能ならば実力で示せ」


アルバの言葉にそれぞれの者は頭を下げ、その場を離れた。

そして、指示したアルバは杖を握りしめると未だ残っている要人たちを見回した。


「余も戦場に出よう」


「国王様もですかっ!?確かに『夜剣やけん』があれば千人力ですが・・・あまりにも危険すぎます‼️」


「王国の危機に玉座に座って平気で見とるような王がいようものか。余が戦場に立ち、この腕を振るおう。でなくては王などと名乗れるものか」


アルバの言葉には空気すらも焦がすような熱が込められていた。要人たちは実際に空気が焼けるような感覚を味わいながらも毅然とした態度でアルバを見ている。


「”王自らが最戦前に立ち、民を自らの手で護る”。王族に代々受け継がれてきた思想だ。そして、今まで全ての国王も王国の危機さえあればそうしてきた。父上も、お祖父様も、曾祖父様も、全ての国王がだ」


そう言ったアルバの瞳に熱が宿った。

王の熱意に負けた要人の一人_____宰相のスィエロは呆れたような、それでいてどこか羨望するような眼差しをアルバに向け、


「くれぐれもお命をお大事に。貴方様がお命を落とされればこの国は終わりです。群れの頭を落とされば、その群れが崩れていくのと同じように」


「ああ、分かっておる。だがその気持ちも杞憂だ。余が死ぬことは断じて有り得ぬ。それが神であっても、天使であっても」


そう言い放ったアルバは要人らに背を向け、”議の間”を出る。

アルバが部屋から出たあと、スィエロは額に手を当て天井を仰いだ。


「国王様の志は構わないのですが、それでもし命を落とされたらどうされるおつもりなのでしょうか」


「あれでいて色々お考えがあるお方だ。命の危機があっても脱することは出来るだろう」


「だが、もしもの場合を考えると対策を考えなければならないな」


「____ですが、兄様あにさまならば一人で状況を変えることが可能なのもお忘れなく」


そう、突如高い声が会話の中に入り込んできた。

スィエロらが声が聞こえた方を見てみると、そこには年若い少女がいた。

アルバの妹である、ルナだ。

ルナはカツン、カツンと音を鳴らしながらスィエロに近付く。


「もしかして、兄様の力を信じていないのですか?」


「ルナ様、私が言っていることは違います。王の力はこの国でもトップクラスでしょう。ですが、彼でも敵わない相手がいるはずです」


「そのような相手の対処法は兄様だって考えております。別に心配する必要はないのでは?」


スィエロとルナの間の空気が張り詰めた。

だが、すぐに手を引いたのはスィエロだ。


「・・・・・・異常事態に言い争いしてる時間はありません、この話は終わりにしましょう」


「あら、相変わらず諦めの早いこと」


睨み合う二人はお互いの考えを読もうとしている目をしていた。

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勇者に負けた魔王様はもう一度この世を支配されるみたいで @natu_0106

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