【1話読み切り】健康家族

水也空

並行世界

 『家族の健康』―――これぞ我が使命そして生き甲斐。

 そう豪語してやまない我が母あきみ。

 その食におけるこだわりときたら、まこと細やか。口に入れるものなら食べ物は当然、歯磨き粉にさえ目を光らせるとくるから、狂気じわる。


 そのくせ、オーガニックにはこだわらない謎。

 とにかく旬のもの、そして地産地消が絶対正義。「流通コストが抑えられて地球にやさしい!」と神がかったお顔で布教する一方、お買い物は自家用車で縦横無尽よ。あんたもそうせい言われたところで、どんな顔をしたらいいんデスかね。


 しかし田舎も田舎、その僻地も僻地だからとでも弁護しておく。

 日常、きびしいことばかり追究できない。例えそうしたところで火の七日間ぜよ。地球より先、家族が滅んでしまうでござる。

 なにより母本人が意気揚々。笑顔はじける。まぶしい限りで畏れ入る。


 これ健康と、わたしはなんとなく上を向く。

 その耳朶へまた母が吹き込む。「白砂糖は脳を溶かす地獄の怨敵」―――滅殺いたさん。調伏いたさん。

 そのくせ、ミスドとは大の親友。太古の昔から店を見つければ、ときめき勇んで入っていった。これをおそるおそる「何で?」と訊けば、他でもない、


「だってスキなの」


 つよい。

 強すぎるぞ我が母あきみ。

 ちなみに砂糖が溶かす―――という表現が正しいのかはわからないが―――のは脳でなし歯や骨すなわちカルシウムじゃないんですかというわたしの小声など、笑止千万。はなくそ扱い。どうも次元を隔てた別の地球にお住まいらしい。


 そんな健康ガチ勢我が母あきみにも、なんと弱点がひとつある。

 米のひと粒からその色艶かたちがお気に召さなければたちまち暗雲垂れこめてヘルモードに突入するあのあきみにも、強烈な誘惑が、この世にたったひとつあるのだった。

 これぞ神魔もおそれる、キング・オブ・スナック。

 パリッとおいしい。

 あきないおいしさ。

 その名も『馬鈴薯三昧ポテトチップス』。


「なんでなの」


 母が問う。


「あんたなんで帰ってくんのよ」


 実家くらいたまに帰らせてもらえませんかねと喉元までくる言葉を、ぐっとこらえて。こらえて、わたし

 母曰く、ポテチをこっそり食おうと袋を開けた途端にわたしがひょっこりやってくるらしい。この現象、ホラーだそうな。まことに不気味でならない、理解に苦しむと、遠慮のないねじれたお顔がまあこわいこと。


「あんたなんなの」


 コッチの台詞。

 ミスドは堂々すすめてくるくせ、ポテチは隠す。その行いこそ娘は気になる。気になりはするがこれにまともな正誤などない。ただの不毛だ。

 わかってはいる。

 それだけに膝を詰めて問いただしてくれたい個人的なただの感情が大暴れに暴れているが、まちがってはいけない。母は母、わたしはわたしという並行世界で容易に相容れないのだった。そう、


 母は母。

 わたしはわたし。


 お互い様いろいろ思うところはございますけどねと、半目でわらって、ポテチをいただく。

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