第10話 ごめん、ウチの幹部が原因なんて聞いてない

 ———何で俺の人生というモノは、いつもこうなのだろう。


 一体俺が何をしたというのか。

 寧ろ何もしていないのがいけないのだろうか。

 だが、人生何事もなく安泰なのが1番幸せだと信じてやまない俺からすれば、何かすること自体に忌諱感を抱いてしまうのは致し方ないこと。

 何て余計な御託を並べて、やることもやっていなかったからいけないんだろう。


 始めは上手くいくと思っていた。

 我ながら完璧な作戦を思い付いたモノだと誇らしかった。

 それはもう意気揚々としていた。




 ———剣士の後ろの草むらに隠れるプリムの姿を見るまでは。




 今隠れる俺とレフェリカの前には、


「グルァアアアアアッッ!!」

「くッ……まさか、こんなに強いなんて……!」


 子供がいるからか、普段の5割り増しくらいで激怒しているドラゴン。まぁ普段の姿も見たことないので何とも言えないが。

 そして、ドラゴンと対峙するのは、相当な剣の腕前を誇っている、急所を守る程度の防具に身を包んだ青年。

 既にボロボロで、美しかったであろう顔は血で濡れ、素人目にも業物だと分かる剣も血塗られて輝きを失っている。

 

 まるで御伽話の一節のような光景が広がっているのだが……その後ろで。


「……想像以上。ただの、ドラゴンじゃない。絶対欲しい。……でも、あの男じゃ勝てない。どうしよう」


 草むらからひょっこり顔だけを出しつつ、焦燥感と高揚感の入り混じったかのような表情を浮かべた、我らが魔王軍幹部の1人———プリム。

 しかも魔族の象徴である角や尖った耳は跡形もなく姿を消し、人族のような丸い耳と何もない綺麗な額を晒している。


 どうしてアイツは人族の姿をしているのだろう。

 そもそもどうやって人族の姿に変わったのか知りたい。

 てか、こう言う時『あーっ、プリムじゃん! どうしてこんな所に居るんだよ、魔王軍幹部のくせにサボって何してんのー!?』って大声出して全バラシしてやりたい気持ちに駆られるのは、何も俺だけじゃないはず。


「なぁ、これってどういう状況?」

「申し訳ありませんが、私も何が何だかさっぱりです。ただ1つ言えることがあるとすれば……『こんな大変な時に勝手に抜け出してんじゃねーよ、全額今直ぐ払ってもらうぞコラ』ですかね」


 ヒロト様の思考を想像して寄せて言ってみました、と端正な顔に満面のドヤ顔を浮かべるレフェリカ。

 正しく俺が言おうとしていたことをドンピシャで当てられたことはさておき。


「……これからどうしよっか」

「一先ず様子見、ということでよろしいのでは? 無駄に出しゃばってあの剣士に素顔を晒したくもありませんし、そもそも私達の目的はドラゴンの退治ですから」


 ……それもそうか。

 ちょっと予想外の出来事の連発で頭が混乱してたが、よくよく考えたら今の状況は俺にとって良いものでしか無いのだ。

 このままドラゴンが勝つもよし、剣士が勝つもよし、何方にしろやることは変わらない。ただ説得の相手にプリムが増えたってだけの話だ。


「よし、それならのんびり戦いが終わるのを待つとするか」

「そうしましょう」


 落ち着いて冷静になった俺達は、一先ず、余波を受けないように少し離れた所から様子を見ることにした。






 

 


「———お、やっぱりドラゴンが勝ったな」

「そのようですね。全く……阿呆な人族です、ドラゴンに単身で挑むなど、自ら死にに来ましたと裸で諸手を上げて来るのと同じだと言うのに」

「やっぱりドラゴン退治ってとんでもないじゃないか」


 俺達が観察を始めてから数分。

 剣士の青年も大分粘っていたように思えるが、とうとうドラゴンの鋭い鉤爪に引っ掻かれて、胸から血を噴き出させながら吹き飛ばされてしまった。

 しかし、ドラゴンの方も御自慢の鱗をボロボロにして至る所から血を流している。


「さて、奇襲といきますか。丁度プリムっていう囮が居るわけだし」

「ヒロト様がプリム様を相当恨んでいることは分かりましたが、流石に私達の攻撃をモロに受ければ死んでしまいますよ?」

「そこんところは多分プリム自身で何とかするだろ。もし死んでも新しい幹部を迎える口実になるし」


 何なら新たな幹部を迎えた方が良いまである。

 今の所プリムが魔王軍のために何か役に立つことをしたかと問われれば、役に立つどころか損害しか与えてないと誰もが口を揃えて答えるだろう。

  

 …………。


「あれ? 少し考えたけど、プリムが死んで損することなんて新しい幹部を探すのに多少手間取るだけで、寧ろ得しかなくないか?」

「その言葉は絶対に本人に伝えないようにしてください、凹みますから」


 俺が首を傾げて言えば、レフェリカが若干引き気味に止めてくるが。


「いや、別にプリムに死んで欲しいとか言ってないからな? あくまで、の可能性でしか無いからな?」

「そう仰られながら、先程まであれほど使うのを躊躇っていらっしゃった秘蔵の魔導具を取り出さないでください。説得力の欠片もございませんよ」

 

 おっと、身体が俺の思考を逸脱して動いていたみたいだ。

 だが、これは別にプリムを巻き添えにしたくて使うわけじゃないから、決して勘違いしないで欲しい。


「よし、321の俺の合図で行くぞ。3、2、1———」


 そう合図と共に俺達が飛び出そうとしたその時。




『———妾の子供を返せ、矮小な魔族の女がッッ!! 貴様がこの森に、妾の子供を隠しているのは分かっておるのじゃ!!』




 …………。 


「…………レフェリカ、ちょっと良いか?」

「はい、何なりとお申し付けください」


 完全に動きを止めて呼び掛ける俺の前に、レフェリカが恭しく跪く。

 別に跪かないでも、と思わないこともないが、そんなことは今はどうでもいい。

 俺はガンガンと痛むこめかみを押さえつつ、口を開いた。



「……これ、もしかしなくても、ウチのプリムのせいだよな?」

「もしかしなくてもプリム様のせいだと思われます」



 だよな、今の言い方的に絶対そうだよな。


 つまりは、だ。

 プリムが余計なことをしなければ、ドラゴンがここに来ることもなく。

 ドラゴンが来なければ、モンスターは逃げ惑うことにならず。

 モンスターが逃げ惑わなければ、ドレイク辺境伯閣下が手を焼くこともなく。

 ドレイク辺境伯閣下が手を焼くことがなければ、俺はこんな迷子になりそうな森に来ることもなかったわけだ。


 ……なるほど、やることが決まった。


「レフェリカ、作戦変更するわ」


 俺は魔導具を懐に仕舞い込み、腰を低くすると。





「———ウチの幹部が本当にすみませんでしたーーっっ!!」





 ドラゴンに奇襲などという考えは一切捨て、全力ダッシュで驚くプリムの顔面にドロップキックをかましつつ、ドラゴンの目の前で土下座した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る