第9話 何か俺達より先にドラゴンと戦ってる奴がいるんだが

「———本当に来ちゃったよおい、どうしてくれんだよおい。カモがネギ背負ってやってきたのとなんも変わんねーよ。俺達仲良くドラゴンの餌にされるのがオチだって」

「どうもこうもありませんし、餌になることもありません。さっさとドラゴンを殺して戻れば宜しいのです」

「そのドラゴンを殺すのが難しいって言ってんの分かってるか?」


 1回辺境伯の家を経由するのかなぁ……何て思っていたら、全然魔の森の手前に降ろされた。家を掠りすらしなかった。

 何なら降ろされたと同時ぐらいに俺達を乗せていた馬車は颯爽と居なくなった。


 これでも俺、魔王軍のNo.2のはずなんですけどね。

 扱いが雑すぎやしないですかね。


「魔王軍に入ってからの3年間、ヒロト様は一体何をしていらっしゃいましたか?」

「おいおいおい、俺を舐めるのも大概にしろよ? 俺だって3年もあればそりゃあ……そりゃあもちろん…………あ、あれ? な、なぁレフェリカ、俺って魔王軍に入ってからの3年間なにしてたっけ?」


 俺は腕を組んで頭をフル回転させるも……びっくりするくらい全く思い付かないことに内心冷や汗を垂らしつつ、此方を呆れすら孕んでいそうな瞳で見つめてくるレフェリカに助けを求めるも。


「……1度しっかり御自分の胸に手を当てて考えてみてください」

 

 ……手を当てて、か。


 俺はまず形から入るべく手を胸にやり……じっくり考えてみる。


 入った当初は、魔王が渡してきた雑務をちょろちょろっと片付けたら、好きなだけ食っちゃ寝して。

 入ってから半年くらい経ったら、人族なのを良いことに旅行に出掛けまくって。

 入ってから1年が経ったくらいの頃は……あ、戦争が勃発したから魔王の後ろに隠れてたっけ。

 そんで入ってから2年が経って……。


「……ろくでもないな、俺」

「でしょう? そんなことしかしていらっしゃらないのに、果たしてヒロト様の扱いが良くなると本気で思われているのですか?」

「思われてないです。当然の結果だと思います」

 

 もうぐうの音も出ないくらい納得した。

 3年も魔王軍に居て、なおかつ魔王の右腕ポジという魔族の誰もが羨む地位に居座っていながらろくに仕事もせず食っちゃ寝して、挙げ句の果てに戦争中は魔王の背中に隠れているNo.2を尊敬する人間なんて多分何処を探してもいないと思う。

 今までのツケが今やっと回ってきただけでした。


「でもさ、そうは言ってもドラゴン退治は幾らなんでもやり過ぎだと思うんだよ。だってドラゴンだぞ? 魔力も高くて肉体も強い魔族の完全上位互換なんだけじゃなくて、ついでに高度な知能まで持ち合わせてるってバケモンだからな? そこのところちゃんと分かって俺に依頼してきたのかな、あのおっさん」

「ヒロト様の数百倍は裕に尊敬されているドレイク辺境伯閣下をおっさん呼ばわして処刑されるのはヒロト様ですからね」

「ここフルカットで」


 俺は一応誰も居ないかキョロキョロを見回したのち、


「…………行く、のかぁ……? い、嫌だなぁ……このまま回れ右して帰っちゃ駄目かなぁ……!」

「そんなことをされれば、いよいよヒロト様の名声は地に落ちますよ。恐らくヒロト様を引き摺り下ろさんと暗殺者———」

「よし、ドラゴン退治といこうじゃないか!」


 レフェリカの脅しにあっさり屈して森の中に歩を進めた。












「———てかドラゴンってどこら辺にいんだよ! 右も左も分かんないし、もうやる気もクソもねーよ! これなら暴動とか暗殺者の方がずっとマシだろ、餓死よりはまだ苦しくない死に方出来るだろ。何か地図とか貰ってないの?」


 殆ど太陽の光が届かぬ、薄暗く草木が鬱蒼と生い茂る森に入って数分。

 宛もなく彷徨っていたら、案の定迷子になりかけてあっさり進むのを止めた。

 というより、俺は生きるのすら半ば諦め掛けていた。


 先に進めばどこに居るかも勝てるのかも分からないドラゴン探し、引き返せば面倒極まりない暴動&暗殺者が押し寄せてくるルートまっしぐらときた。

 どっちを取ったとしてもお先真っ暗なのだから、誰だって生きるのを諦めるというものだ。


「ヒロト様、魔の森で大声で騒ぐのは、どんな行動より犯してなならない愚行として有名ですが……」

「そんなの知るか、俺は異世界人やぞ」

「3年も魔王国に住んでいらっしゃるというのに何を仰っているのですか。もしかして魔の森自体初めて……」


 恐る恐るといった風に俺の顔を覗くレフェリカに。


「魔の森って、暗くて広いんだな」

「…………」


 辺りに物珍しげに視線を巡らせつつ言えば、レフェリカが声も出ないと言わんばかりに眉間をつねった。


「……ヒロト様、今度私めと魔王国を回りましょう。代理とは言え、一国を治めているお方が御自分の国を知らないというのは……恥ずかしいや怒りなどという感情を通り越して論外です」

「言い過ぎだろ。あと、俺は一国を治める気なんざサラサラないからな」

「ですが、今は父様……魔王様が居ないのです。そうなれば必然的にヒロト様が治めなければ国が崩壊してしまいます」


 レフェリカには悪いけど、多分俺がやったところで崩壊すると思う。

 俺にクセ強な魔王国を治められるスペックがあるなどと期待するのは止めていただきたい。

 この国を治めていた魔王には心の底からの尊敬を抱いている真っ最中である。


 何てレフェリカの言葉から意識を背けようと———。





「———グルアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」





 突如、人間の矮小な鼓膜など一瞬で破裂するであろう轟音とも言える咆哮が耳朶を揺らす。

 同時に前方数キロ先から、幾つもの膨大な魔力が俺のセンサーにビンビンに反応し始めた。


 ———……?


「…………これ、だれか戦ってね?」

「そのようですね……まさかこの世に無謀にもドラゴンに戦いを仕掛ける生粋な阿呆が居るとは、この私も流石に驚きが隠せません」

「その生粋の阿呆が俺達なのをまず忘れるなよ?」

 

 てかやっぱりドラゴンに戦いを仕掛けるのって無謀なんじゃねーか。

 俺達マジでどうすんだ……ちょっと待て。



「———これ、キタかもしれん」



 俺は口元に手を当て、喜悦を抑えきれないままに漏らす。

 そんな俺の様子に、レフェリカは不思議そうに首を傾げていた。


「キタ、とは一体どういうことなのですか? まさかお花摘みの時間が……」

「全然違う、掠りもしてない。寧ろ今の話の流れでどうしてトイレの話になるんだよ! ……ってそんなのはどうでも良くて! ドラゴンだよ、ドラゴン!」


 俺は興奮気味に自らの妙案を披露する。


「この魔力反応からして、ドラゴンと相対している奴も相当な使い手に違いない。流石のドラゴンも相手を倒すのに苦労するはずだ。そして相手が倒れ、ドラゴンが気を抜いた瞬間を狙って———俺とレフェリカの渾身の一撃をお見舞いするんだ」

「相手が倒した場合はどうするのですか?」


 相手がドラゴンを倒した場合だって?

 どう考えても1つしか無い。


「アホか、そんなの金で解決するに決まってんだろ。この世界に金で動かない奴はほぼいないからな」

「完璧ですね、流石ヒロト様です」


 残念ながらこの場所にツッコミ役が不在のため、俺達の話は一切否定も反駁もされることなくポンポン進み……。



「名付けて———漁夫の利大作戦、開始! 行くぞ、レフェリカ!」

「かしこまりました」



 俺達は魔力や気配を極力消して走り出した。

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