第8話 ドラゴン退治とか正気の沙汰じゃないです

「———嫌だ、絶対行きたくない! 俺は人を顎で使ってぬくい部屋で優越感に浸るんだ! それが俺の仕事なんだよ!」


 爽やかな風が吹く魔王城の正門前に、喉が千切れるくらいの声量の絶叫が響き渡る。内容については触れないでほしい。

 そんなぐする俺を引っ張るのは、魔王軍幹部にして魔王の娘たるレフェリカ。


「ヒロト様、良い加減わがままおっしゃってないで行きますよ。御自分で御自分の首を絞めただけでなく、御自分で引き受けたのですから、これはもう行かなければ色々な所から総バッシングを受けてしまいます。これが終われば、私が何でも言うこと聞いてあげますから」


 何て甘い言葉で俺を釣ろうとしてくるが、そんなことしなくて良いから、俺を行かせようとするのをやめてほしい。

 ドキドキより平穏が欲しい年頃なのだ。

 あと、レフェリカの何でも言うことを聞くは、正直こっちが損をして彼女が得をしそうな予感しかしない。


「何で俺なんだよ! マリーとかプリムとかゴードンとかファトレイアとか居るじゃん! プリムは貴重な素材とか言って、ゴードンはドラゴンの肉食べれるって言って喜びそうじゃん!」


 俺は腕を引っ張るレフェリカにしっかりと地面に足を付けて対抗しつつ、他の候補を上げてみる。

 ところが、レフェリカは一切動じた様子なく淡々と返してきた。


「今動けるのが、私とヒロト様しかいません。私はヒロト様のメイドですので、もちろん貴方様に同行いたしますが、マリー様は借金返済のためナイトクラブで馬車馬の如く働いている真っ最中です。そしてプリム様は研究材料の調達で居ませんし、ゴードン様とファトレイア様は王都の防衛があります。セフィラ様は……」

「あーそれ以上は何となく分かるからいいや。あいつに借りを作るくらいなら、俺は喜んでドラゴンと戦うね」


 レフェリカの口から出たセフィラという名前を聞いてスンッと気持ちが萎え、一気にどうでも良くなった。

 正直セフィラのことは色々と面倒くさ過ぎて考えたくもない。

 

「あいつは好きにさせてりゃいいよ。今回の召集にも来なかった時、実は物凄くホッとしたんだよな。出来ればこのまま死ぬまで会いたくない」

「ヒロト様にしては物凄い言い様ですね。まぁかくいう私もセフィラ様は好きではないですが。流石に初対面で『ヒロトの半径100メートルに入らないで。ヒロトの———」

「やめて、それ以上は聞きたくない。何か無駄にクオリティー高いし、そもそもあいつが好きとか言う奴とは絶対分かり合えないと思ってるから」


 まぁあれでも見てくれは良いし、第一印象が良くなるのは仕方ない。

 だが、少しでも関わりを持ってなお好きとか言ってる奴がいたら、俺なら1度本気で医者を勧めるだろう。

 面接ならその言葉を言った時点で落とす。

 

「はぁ……人手足りないなぁ……幹部増やそうかなぁ……。次こそは真面目でポンコツじゃない奴が欲しい、マトモで仕事も出来る人」

「つまりは私みたいな方、ということですね」


 …………?


 俺は何処か誇らしげにむんっと胸を張って自己主張してくるレフェリカを視界の隅に追いやりつつ、キョロキョロと辺りを見回し。

 

「……ごめん、どこにそんな奴が居るんだ?」

「此処に居るではないですか、ほら、今ヒロト様の目の前に」


 ズイッと俺の真ん前まで顔を近付けるレフェリカへと首を傾げた。


「すまん、目の前には俺の命を狙うポンコツサキュバスしかいないんだが」

「今直ぐ吸い尽くして差し上げましょうか?」

「ごめんなさい」


 早く謝るが吉。俺の全細胞がそう叫んでいる。

 多分、こいつなら本当にやりかねないので、余計にタチが悪い。


「そうですよね、貴方には私という完璧なメイド兼部下兼夜のお世話係がいるのですから新しい者は一切必要ないですよね」

「ツッコミどころしかないなおい。てか1つとんでもないのが混ざってた気がするんだが……」

「気の所為です」

「いや間違いなく言って———」

「気の所為です。……ほら、急がなければまたドレイク辺境伯閣下に睨まれてしまいます」


 そう言ってまるで先程までのやり取りがなかったかのように、素知らぬ顔と流れる仕草で俺を馬車にエスコートする……ちょっと待て。


「俺はまだ行くなんて言ってな———おいコラ! 羽交い締めは駄目だろ、メイドが主に羽交い締めは駄目だろ! てかおっぱい当たってるから!」


 俺は背中に感じるやわこい感触に『まさかコイツ……ノーブラなのか?』何て禁忌の疑問を抱きつつ、振り解こうと藻掻くが……どうしても背中の感触が気になって本気を出せない。恐ろしや、おっぱいの力。


「おい、おっぱい押し当てるのは卑怯だぞ!」

「おっぱいおっぱい連呼していないで大人しくしていてください。それにおっぱいくらい無視してください。そんな過剰に反応してしまうから童貞などと言われるのですよ」

「ど、どどどど童貞ちゃうわ!」


 こいつ、言ってはならないことを言った!

 俺が最近気にしてることを言った!


「まぁサキュバス界隈では童貞は最高級の嗜好品ですが」

「それは詳しく聞きたいけど一先ず外に出し———おいコラ何で進んでんだよ! 止まれよ、今直ぐ止まれ! 俺はこの国で1番偉くなったヒロト様だぞ! だからさっさと馬車をとめろおおおおおおおおお!!」

「どう……ぞ、私達のことは気にせず……ヒロト様、暴れないでください。……話を戻しますが、我々のことは無視して目的地までお進みください」

「そんなの絶対俺が許さないからな、顔は覚えたからな! ドラゴン退治なんてやっぱり嫌だ!!」


 俺を羽交い締めしたまま口を塞ごうとするレフェリカと、そんな彼女の手から顔だけ逃げて喚き立てる俺の注目を一心に浴びた若げな御者は。


「……えっと、あの、えっと……」


 可哀想なくらい困惑した様子でオロオロしていた。 


 そんな騒がしい出発から数時間後———。






「…………どういう状況?」

「……申し訳ありません、私もさっぱり分かりません」


 何故か怒り狂ったドラゴンと、それとボロボロになりながら戦う剣士と、それを草むらから見て不気味な笑みを浮かべる人族の姿をしたプリム……を傍から見る俺達というカオスな状況に巻き込まれているなど、この時の俺は知る由もない———。

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