第7話 面会? ちょっとご存じないですね

 ———目を覚ました俺の顔に、窓から差し込む朝の日差しがかかる。大変眩しい。


「…………俺、生きてるか……?」


 朝一番に言うことがそれか、と言われそうな言葉だが、俺からすれば、ここで命を賭けた戦いを繰り広げていたのだ。

 真っ先にこの言葉が出るのも仕方ないだろう。


 俺は眠け眼のまま身体をペタペタ触って生きていることを確認。

 頬をつねればちゃんと痛いし、胸に手を当てれば心臓も動いているので、どうやら俺はレフェリカを押し退け、貞操と一緒に命も奪われずに済んだようだ。ふぅ、一安心一安心。


 何て、俺がホッと安堵のため息を吐いていると。


「…………おはようございます、ヒロト様。そして私は大変不服です、ヒロト様が約束を破りました。昨日はずっと楽しみにしていたというのに」

「……っ、あんなの冗談に決まってるだろ。そんな頬を膨らませて可愛い子アピールしたって俺は頷かないからな」


 いつの間にか真横に立っていた膨れっ面のレフェリカの姿に驚きつつも言葉を返す。ちょっと可愛いな、なんて思ったのは内緒だ。

 

「ところで今は何時だ? 時計壊れてるから分かんないんだよ」

 

 普段は1時前くらいに寝ているが、如何せん今日は朝の4時くらいに寝た。

 だから、いつも起きる8時を大幅にオーバーしている気がしてならない。


「そうですね、普段より遅いことは確かです。ですが、ヒロト様が思っているほどそこまで遅くはありませんよ」

「あ、そうなのか? なら今何時か教えて…………何で目を逸らすんだ?」


 そこまで遅くないと言いながらスーッと目を横にスライドさせるレフェリカに目を細くして問い掛ける。


 なんだろう、物凄く嫌な予感がする。

 正確には、手遅れギリギリのラインで目を覚ました気がする。

 

 何て徐々に俺の中で焦りが募る中、中々口を割らないレフェリカに業を煮やした俺は手荒な真似に出ることにした。


「おい早く教えろよ。さもなくば、お前が夜這いに失敗したってサキュバス連中に流してや———」

「———11時です!」


 俺がサキュバスにとって何よりも不名誉なことを言いふらそうとすれば、慌てた様子で声を上げたレフェリカ。

 だが、彼女の言葉を聞いて俺はキョトンと首を傾げた。


「11時? 別にそんな隠すほどの時間じゃなくないか?」


 俺的には、彼女の隠しようから正午を裕に過ぎていると睨んでいたのだが。

 

「そ、それがですね……」


 首を傾げる俺に、レフェリカが何やら言いにくそうにしたのち、そっとその場から一歩横にズレると。



「…………全部聞いてた?」

「いいえ、聞いていません」



 見覚えのある女性———俺を嫌っているメイド長のユミルが、俺を侮蔑の色を宿した瞳で此方を見ていた。


 彼女は見てない聞いてないと言っているが……間違いなく俺がレフェリカを脅していたのを見ていたのだろう、俺への軽蔑が凄い。

 もう此方に向けられる視線が絶対零度と言っても過言じゃないくらい冷たい。凍傷になりそうだ。


 俺は軽く心に傷を負いながらも、ユミルに尋ねた。


「それで、レフェリカは何でこんなに焦ってんの?」


 普段から夜以外は冷静沈着なレフェリカがこんなに取り乱しているのも珍しい。

 そう思って尋ねたのだが……俺は聞かなかったら良かったと後悔することとなる。




「———魔英雄、ドレイク辺境伯閣下との面会のご予定が10時より開始となっております」




 既に手遅れじゃないですか。









「———……今何時だと思っている?」

「……っすーっ……11時半ですね」


 場所は移り応接間。

 決して広くはない部屋のド真ん中に置かれたテーブルを挟んで対面に座る俺は、目の前から発せられる怒りのオーラマシマシの壮年の男———ドレイク辺境伯の様子に冷や汗をダラダラかきながら引き攣りった笑みを浮かべていた。


 魔英雄、ドレイク辺境伯。

 数十年前に起きた、百近くのワイバーンの群れの襲来を1人で食い止めた大英雄であり、凶悪なモンスターが生息する魔の森との境界を守る一族の長。


 よくファンタジーでは、モンスターは魔王が作ったとか、魔王の配下だとか言っているが……この世界では違う。

 生まれた理由は不明で、魔族や人族など関係なく襲い掛かってくるとんでもなく傍迷惑な輩共だ。

 

 そんなモンスターがうじゃうじゃいる森から国を守っている辺境伯は……。



「———貴様……この儂を舐めているのか?」



 それはもうブチギレていた。


 ただ、それも仕方がないと言わざるを得ない。

 面会を要求した理由は知らないが、誰だって約束を1時間半すっぽかされたらキレるに決まっている。

 俺だって逆の立場なら机に足を乗せてキレているから、それに比べればよっぽど紳士的だ。


「い、いえ、滅相もありません、ドレイク辺境伯閣下。この国をお守りする閣下を嘗める者などこの国には1人もいませんよ」


 そう言い繕ってみるものの、魔王が居ないとは言えない此方側としては、これ以上の詮索をされると些か困るというもの。

 どうか聞いてこないでくれ……と俺が祈っていると。


「申し訳ありません、ドレイク辺境伯閣下。しかし閣下、あまりヒロト様を責めないでください。この度の遅刻は、全て伝え忘れていた父の失態ですので」


 俺の隣に座ったレフェリカが、一切躊躇う素振りを見せることなく、全責任を魔王の奴に丸投げしやがった。

 いや実際伝えられていなかったのは事実なのだが……こうも純粋な眼差しで父親を売る奴は中々居ないと思う。恐ろしい子。


 しかし、相手はそんなに甘くなかった。


「……だから何だと言うのだ? 仮に魔王様が忘れていたのなら、魔王様直々に儂の下に来るのが筋というものじゃないのか?」


 全くその通りでございます。

 しかしながらですね、魔王の奴は夜逃げしやがって不在中なんですよ。気の毒に。


 何て思わず口を衝いて出そうになるも、何とか既で呑み込み、俺は三下のような遜った笑みを浮かべた。


「ですので、来られない代わりに、魔王様よりどんな願いであっても聞き入れるとの御言葉を授かっておりまして……」

「なら話は早い。つい先日から魔の森に親子のドラゴンが棲み着いたのだが……そのせいでモンスターが我が領に押し寄せている。今の儂ではモンスターからの攻撃の防衛に手一杯でな。代わりに追い払ってくれんか?」


 ドラゴン、ドラゴンか。


「ちょっとお待ちください」

「ああ」


 俺は引き攣りそうになる顔に必死に笑みを貼り付けてそう言ったのち、部屋の隅でレフェリカと小声で議論を交わす。


「おいふざけんなよ。あいつ、ドラゴンって言ったか? そんなの俺に何とか出来るわけないじゃん、最強種舐めんなよ」

「一体どちら側の立場なのですか……しかし、ドラゴンの親子となれば苦戦は免れませんね」


 僅かに眉間に皺を寄せたレフェリカが顎に手を当てるが、俺はその思考に待ったをかける。


「あのさ、断るって選択肢は……?」

「そんなのあるはずがないでしょう? それともヒロト様がドレイク辺境伯閣下にお告げになるのですか?」


 そう言って、チラッとドレイク辺境伯の方に視線を向けるレフェリカに釣られて俺も視線を向け……直ぐに視線を逸らした。


「無理、絶対無理。だって、めっちゃ怒ってるもん。俺にそんな胆力があったらとっくに魔王軍解体して俺専用の軍を立ち上げてる」

「ならば、受ける以外に方法はないでしょう? それに、先程ヒロト様が何でも受けるとおっしゃったではないですか」


 言った、言ったわ。

 あの圧に負けて言ったんだわ。

 まさか自分の言った言葉が自分の首を絞めるとは。


 こうなれば、俺が取るべき行動は1つに絞られてしまう。

 取りたくないが、この場で殺されるよりはマシだ。

 もしもの時はあの兄妹に任せれば良い、いやそうしよう。


 ———ということで。



「その願い、お引き受けいたします」

「ああ、頼んだ」



 俺は泣く泣く、魔王が居ないというのにドラゴン退治を受けることとなった。

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