第6話 どいつもこいつもやべぇ
「———死んじゃう、これ以上は死んじゃうから! もうやだ部屋のベッドに帰りたい、今直ぐベッドにダイブして寝たい! 何で俺がこんなことをしないといけないんだよ!!」
「頑張れ頑張れヒロトきゅん! 負けるな負けるなヒロトきゅん! あともう少しだからねえ!」
「そうですよ、ヒロト様。本当にあともう少しです。あと少しで終わりですからラストスパート頑張ってください」
クセ強兄妹に会いに行ってから早くも数時間が経ち、既に空は茜色に染まり、斜陽が鍛錬場を照らしている中———俺は地面に倒れ込みつつ、子供のように駄々を捏ねていた。
横で俺をこんな状態にした元凶であるゴードンと、同じメニューをしていたはずなのに涼しい顔したレフェリカが、俺に向けて声援を送ってくるが、
「うるさい、そんなの待ってられるか! こっちはもう身体が限界なんだよ! 何があと少しだ、こちとらもう一歩も動けねーよっ!!」
やる気なんざ疾うの昔に全消費してしまった俺は、キレ気味に言葉を返す。
そもそも運動は好きでも、鍛錬は大嫌いなのだ。
しかもゴードンの鍛錬は魔王軍の中でもキツイと有名ときた。
俺が駄々を捏ねるのも仕方ないと言えるだろう。
もし鍛錬が好きとかいう奴が居たら絶対友達になれない。寧ろ俺からお断りだ。
何て胸中で言い訳を募らせていると、特殊部隊の者達を指導していたファトレイアが引いた表情でやって来た。
この程度で引くなど、とても特殊部隊の奴らに性的な目を向けていた者とは思えない棚の上げようだ。
「お、お前……部下の前で、は、恥ずかしくないのか……?」
「恥ずかしいって感情でこの地獄を抜け出せれるのか? 抜け出せれないよな。つまりそういうことだよ」
俺が地面に大の字になったままファトレイアを見上げて言えば、ファトレイアがチラッとレフェリカに視線を向けて言った。
「お、お前を唯一慕うレフェリカが目の前にいるのにか……?」
「レフェリカなら俺がこんなだって知ってるよ。レフェリカを舐めんな」
「そうです、私を舐めないでください。貴女のような狭量な女ではありませんので、ヒロト様が例え引き篭もりになったとしても支えてみせます」
任せてくださいという風に、ふんすっと胸の前で拳を握るレフェリカ。
そんな彼女の姿にファトレイアが愕然とした表情で一歩後退り、俺はドヤ顔を浮かべた。
「ほらな、言ったろ? レフェリカはお前みたいな顔面しか見てないクソ面食いの狭量な女じゃないんだよ。ほら、レフェリカに謝れ! お前みたいな奴と同じだと思っていたことをレフェリカに謝れよ!」
「ば、馬鹿な……それではレフェリカがダメ人間製造機みたいな……。というか、どうして私がレフェリカに謝らなければならない!? それに随分私を馬鹿にしてくれたな……貴様は私の手で討ち取ってくれる!!」
そう言って激昂するファトレイアが剣を振り上げるので、俺は顔の前に手を交差させながら叫んだ。
「や、やめろ、剣を振り上げるな! てか、鍛錬中だっていうのに、部下の汗をかく姿見て鼻息を荒くさせてる女を馬鹿にして一体何が悪いんだよ! ほら、違うって言うなら言ってみろ!」
「ち、違うに決まって……決まって……あっ、違っ……! ま、待ってくれ、私は決してそんな邪な……!! ああっ、そんな目を向けるな、弁明をさせてくれ!!」
やはり図星だった様で、羞恥に顔を真っ赤にしたかと思えば、冷たい視線を向ける特殊部隊の隊員達の下に涙目で言い訳をしに駆け出した。
そんな後ろ姿を眺めながら、俺はポツリと呟いた。
「…………勝った……っ!」
「ヒロトきゅん、ランニング追加だからね?」
…………………えっ?
「———これからはプリムを向かわせよう。うん、そうしよう、それがいい」
結局日が沈むまで続いた鍛錬を終え、湯船に浸かって疲れだけは何とか緩和された俺は、今日一日を振り返ってポツリと呟いた。
もう全身筋肉痛にはなりたくないからね。
「それにしても魔王の奴、何で逃げ出し……」
……いや、理由なら分かるわ。
現在進行系で俺が感じていることが全てだわ。
とにかく疲れるのだ。
それも幹部達と関わるだけで、4日分くらいのカロリーを消費している気がする。
ちょっと盛り気味かもだが、雑務を黙々とこなしている方が何千、いや何万倍も楽なのは間違いない。
きっと、魔王の奴もあんなクセの塊みたいな幹部しかいないから逃げ出したに違いない。
金遣いが荒く、魔族領だけに飽き足らず、4種族領でも数え切れないほどの恨みを買うくせに、戦いの時は召し物が汚れるとか言って行きたがらないポンコツ貴族、マリー。
常に自分の研究室に篭っているくせに成功なんざ一度もないどころか、首都に失敗作が逃げ出したことで数十億の損害を生み、毎日のように研究室を爆破しているポンコツマッドサイエンティスト、プリム。
戦闘能力は幹部中トップクラスの実力者ながら超極度の面食いにして、戦争中でもイケメンがいたとならば全てをほっぽって給料の全額を貢いでしまうほどのポンコツ面食い女、ファトレイア。
ファトレイアの兄にして魔王軍幹部最強の名を冠する猛者なものの、実際は見た目に似合わずオネェなのはまだしも、力が強過ぎて感情の起伏によって制御が緩くなる全身兵器オネェさん、ゴードン。
今日来ていなかったが、もう1人の幹部もこいつらに負けず劣らずのポンコツっぷりだ。
そして最後に……。
「———何で俺の上に乗ってるのか聞いても?」
「ヒロト様がおっしゃったではないですか、『俺と今晩どうだい?』と。忘れたとは言わせませんよ」
「やっば、覚えてんのかよ」
今俺をベッドに押し倒しているサキュバスと魔神族のハーフ美少女、レフェリカ。
扇情的なネグリジェ姿の彼女は、サキュバスらしく俺の上に跨って、恍惚とした表情をしつつ自らの唇をペロっと舐める。
正直物凄くエロい。
もう俺の息子だって元気満々だ。
だが、ここで身体を許すわけにはいかない。
仮にコイツが有能なサキュバスであれば、俺は喜んで彼女の好きなようにさせていただろう。
美少女に逆夜這いされるなんて男の夢だし、サキュバスは超テクニシャンで有名だから。
しかし、現実は甘くない。
サキュバスに魔神族の血が混ざったことで超強化されたことにより、一度でも身体を許したが最後、俺は死んでしまう。
文字通り全生命力を搾り取られてしまうのだ。
そんなの嫌だ。
幾ら相手が物凄い毒舌で偶にサキュバスの本能で発情して我を失うの以外はマトモな美少女であっても、命には変えられない。
普段ならば魔王が何とかしていたみたいだが……生憎のところ、魔王は不在。
本当にウチの魔王ってめちゃくちゃ有能だったんだな、何て現実逃避気味に思いつつ、
「降りて」
「嫌です。折角父様が居ないのです、もう我慢なんてしませんよ」
「我慢してくれよ! さもないと俺が死んじゃうから!」
何て血相を変えて俺が起き上がろうと手を付けば、レフェリカが阻止するように俺の胸を押した……えっ、力強っ!?
「大丈夫です、天井のシミでも数えていれば終わりますから」
「数えててポックリ死んだら、それこそ意味ないだろうが! それに、お前が毎日ピカピカに掃除してくれるからシミ1つないよ、いつもありがとう!」
「どういたしまして。それではお礼に、ヒロト様の御身体を心ゆくまで堪能させていただいても?」
「この子話題変えてもギュンッて戻してくるじゃん。何しても逃がしてくれないじゃん。あっ待て、絶対ダメだからな! だ、誰か助けっ……おい服脱がそうとするな! あっ、やめろ! やめ……やめてくださいお願いします!」
助けてください魔王様ああああああああああああああ!!
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