第5話 お前らマジでキャラ濃いんじゃボケ
———ファトレイア。
魔王軍幹部の1人にして、魔王騎士団の特殊部隊の隊長でもある彼女の実力は折り紙付きだ。
戦場では本当に頼りになる……と言いたい所だが、そうでもない。
「あんなイケメンは世界を巡っても決して見つからない! それなのに……魔王様が逃げ出しただと? 魔王様の居ない魔王軍だと? ……はっ、それに一体何の価値がある!? 魔王様が居ないこの軍はゴミ以下だ!!」
「ぶん殴ってやろうかなマジで」
この女———極度の面食いである。
人間誰しも顔が良い人は好きだろうが、こいつの場合は、超絶美少女又は超絶イケメンでないと態度が豹変する。
今さっきの俺への態度が良い例だ。
そして超絶イケメン相手だと、例えそこが戦場で敵同士であっても直ぐ様求婚するレベルの面食いである。
魔王軍に入った理由も、魔王の奴が超絶イケメンなのが9割8分、兄が魔王軍にいるのが0割2分といった所なのだとか。
当然だが、こいつの特殊部隊の隊員は、例に漏れず全員が全員イケメンだ。
更に言えば、イケメンはどんなクズでも殺さない、をモットーとしているらしい。
だが、そんなモットーなど、今直ぐドブに捨てろと言ってやりたい。てか俺が捨ててやる。
皆んな、こんな奴が幹部なんですよ。
マジで世も末って感じですよね。
そんなもんだから、ここまで来ると、もう魔王軍なんざ解散して俺好みの軍でも作っちゃおうかな……何て考えてしまうが、解散なんかしたら俺はいよいよ部下達の針の筵にされて殺されるまである。
ただでさえ何もしてない人望なしに加えて、俺って魔王軍では2人しかいない敵対する種族の人族だから、毛嫌いされてる節もある。
そんな俺が召集を掛けたところで、勇者達に対抗できるほど集まるとは到底思えない。
何て俺が怒りと共に種族によるこの世の不条理さに嘆いていると。
「というか、貴様は本当に誰だ? 悪いが、イケメンと美女以外は基本一瞬で記憶から抹消されるので、憶えているなどという淡い期待は持たない方が良い」
「上司の顔を忘れてんじゃねーぞコラ」
ファトレイアは本気で分からないと言わんばかりに首を傾げていた。
これには変装をしたとは言え、プライドを傷付けられた俺は反射的に言葉を返してしまう。
しかし、直ぐに自分のミスに気付いて『あっ』と声を漏らすが、時すでに遅し。
ファトレイアが訝しげに俺をじっくり見つめ……。
「む、上司だと? 私の上司は魔王様を除けばヒロト……あぁ、貴様がヒロトか」
速攻でバレた。
やっすい挑発に乗ってしまった自分が憎らしい。
さて、ここで俺がとれる最適解はただ1つだ。
「違います、人違いです」
「どっちなのだ貴様は!? さっき自分で上司と言っていたではないか!」
「何を言っているのですか? ヒロトという者は黒髪でしょう? 俺は綺麗な銀髪ですから全くの人違いです」
「え、ええぇ……っ?」
ピクリとも表情を変えることなくしらばっくれることこそ、最適解。
ファトレイアって強いけど頭は馬鹿だからこれで行けるはずだ。
現に今も、困惑げに眉間に皺を寄せて首をひねっている。マジでいけるのかよ、この女ちょれー。
「てかそもそも俺の名前はゲンタ———」
「ヒロト様、ファトレイア様で遊ぶのもそこそこにしてください。ただでさえ脳の出来が悪いファトレイア様の脳が過負荷で爆発四散してしまっては、流石のヒロト様も罪悪感を憶えてしまうでしょう?」
「「1番えげつないこと言ってるよこの子」」
真顔から放たれる、キレッキレな毒舌を越えたもはや悪口にしか聞こえないレフェリカの言葉にドン引きする俺とファトレイア。
言葉のナイフって例えは、正しく彼女のためにあるようにしか思えない。
しっかり俺とファトレイアの胸にピンポイントで刺さったよ。
調子いいね、ナイスコントロール。やかましいわ。
「というか結局お前はヒロトなのかっ? どうしたそのヘンテコな髪色は!? 普段の5割増でブサイクに見えるぞ!?」
「おい何がブサイクだよ、どっからどう見てもオシャンティーだろ! てか俺は別に顔悪くないし! 銀髪がヘンテコなら、お前の地毛紫の方がよっぽど珍しいし!」
「そうですよ、ヒロト様の御顔は決して悪くありません。この場合はファトレイア様の目が腐っていらっしゃるのでは?」
「レフェリカ……っ! お、お前、ヒロトを擁護する時の口が悪すぎないか!?」
「良いぞもっと言ってやれ、面食い女に鉄槌を下せ!」
「貴様は、男として、ずっと女の後ろに隠れていて恥ずかしくないのか!」
なぜかは知らないが物凄くお口が悪いレフェリカの背中に隠れて野次を飛ばしていると、今にも斬り掛かってきそうな形相で指摘してくるファトレイア。
だが、今の俺には怖くないし響きもしない。
「いや全く。寧ろ賢い生き方だろ」
「こ、この男はやっぱりブサイクだ! 顔以前にまず心持ちからブサイクだ!」
「面食い女に言われても全く刺さんないなー」
「くぅ……!!」
ヤバい、超楽しい。
普段鍛錬に付き合わされて、ボコられてばっかだったから胸がすく思いだ。
どうやらこの女にはレフェリカを連れて来さえすれば勝てるみたいだ。
良いことを知った。
ファトレイアの悔しげな顔を見れたことで大分満足した俺は、彼女の睨みをスルーして仕方なく尋ねる。
「てかお前の兄貴は?」
「い、いきなり話を……落差で風邪———」
「ファトレイア様?」
「ひっ!? い、今は鍛錬中のはずだ! もちろん私が呼べば来ると思うが……何なら私が伝えておくぞ?」
軽口を叩こうとしたファトレイアの言葉を先回りして潰すという、鬼もビックリの鬼畜っぷりを披露するレフェリカに悲鳴を上げつつ、柄にもないことを提案してくるファトレイアに、俺は目をパチパチと
「え、良いの? お前、そんな気の利く奴だったんだな。んじゃよろし———」
「———ヒロトきゅーーーーんっっ!!」
その声が聞こえたてから、俺の行動は早かった。
もはや確認はしないし、確認の時間すら惜しかった。
ただがむしゃらに、過去一と言っても過言ではないほどの反射速度で、その場から飛び退く。
だが、相手の方が1枚上手だった。
「ま、待て———ごほぉっ!?」
「久し振りねぇ、ヒロトきゅん! お姉さん、ずっと会いたかったわぁ!」
「ぐ、ぐるじいでし……じぬ……!」
俺は、俺の顔を胸に抱いた巨漢の腕をギブと叩く。
すると、女用の兵士服に身を包んだ190を越える化粧バッチリの巨漢が慌てて俺を離し、自らの頭を小突いて舌を出しながらパチッとウィンクをした。
彼女の名前はゴードン。
まぁ見た目や名前からも分かる通り、お姉さん気質のゴリラを超えた力を持つオネエである。
力の制御が感情の起伏によって不安定なのを除けば、幹部の中でも結構マシな部類だ。
何なら幹部一の常識人まである。
まぁその力の制御が不安定なのがぶっちぎりのマイナスを叩き出しているわけだが。
「ごめんなさいねぇ、ヒロトきゅん。お姉さん、つい興奮しちゃったわあ」
「ああぁ、うん、だろうね。危うく首の骨が逝かれるところだったからね」
俺は、既に目の前のゴードンのビジュアルと性格に全く違和感を憶えないくらい慣れてしまったことへの恐怖に慄きながら、痛む首をさする。ヒビはいってね?
「……痛い」
「ホントごめんね……ワタシ、力が強過ぎて制御がたまに出来なくなるのよねえ」
「ならヒロト様に触れないで下さい。ヒロト様の肉体強度は幹部の誰にも勝てませんから、貴女のハグすら危険です。命に関わります」
「え、俺ってプリムより体弱いの?」
流石にあの寝坊助引き篭もりマッドサイエンティストには勝てると思うんだけど。
「プリム様は自らの身体も人体実験に使われておりますし、毎回爆発を直で受けています」
「あー……なるほど」
あいつぼーっとした顔して、随分えげついことしてんだな。
自分の身体で研究とかマッドサイエンティスト過ぎるだろ……。
何てプリムにドン引きしている俺へ、ゴードンが嬉しそうに手をパチンと合わせて言った。
「———あ、折角会いに来てくれたわけだし、もちろん今日も鍛錬していくわよねえ?」
いや、俺は帰らせていただき……はい、やります、やらせてください。
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