第4話 なんで俺が行かないといけないんだよ

 ちょっと長いっす。

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「———んじゃ、一先ずは幹部達だけに伝えるって方面で良いな?」

「ええ、それが1番賢明な判断ですわ。若干名伝えたことによる不安が残る人もいるのですけれど……頑張ってくださいまし、ヒロト様」


 一応今回の召集は何人もの不参加者が出たので、報告だけのつもりだったが、結局今後のある程度の方針も決めることとなった。

 まぁ方針と言っても、幹部以外には魔王がいない事実は隠蔽するのと、魔王がやっていた執務をどのような割合で請け負うか程度しか決めていないが……何か起こった時はその時考えれば良いとの結論に至った。

 3人分の頭があって結論これって中々終わってるよな。


 ———と、此処までは良いのだが……さっき何やらおかしなことが聞こえてきた気がする。 


「…………俺が伝えなきゃいけないの? 魔王が居ないから、実質、魔王軍最高位に座ることになったこの俺が?」

「だからこそ、ですわ。私のような幹部となってまだ日の浅い新人幹部の言葉を、幹部の座に何年……何十年と君臨されておられる方々が素直に鵜呑みにするわけがないですもの」


 何てマリーが俺の目を見つめつつ真剣な面持ちで宣うものだから、一見それっぽいことを言っているように見えるが……俺の目は騙せない。

 俺にはちゃんと見えているのだ。


 ———自分よりクセの強い古参幹部に会いたくない、という整った顔の裏に隠された心情が。


 でも安心して欲しい。

 俺からすれば、お前も古参の幹部達も大して変わんないからな。


「そんな薄っぺらい言葉に俺が騙されるわけないだろうが。お前がどんな言い訳をしようと行ってもらうからな? これはNo.2っていう上司としての命令な」

「ぜぇぇぇっっったいに嫌ですわ!! あんな面倒の塊のようなお方達にお会いすると考えただけで鳥肌が立つんですもの!!」


 おいおい随分と面白いことを言うじゃないか。

 ただ、マリーは自分の立場が分かっていないようだ。


「へー、そんなこと言っちゃうんだー。なら、今すぐ借金返して貰おうかなぁ? ろくに仕事もしない奴に貸しっぱなしじゃ心配だしー?」

「……………ひ、1人だけ行きますわ。それ以上は許してくださいお願いします」


 俺はわざとらしく驚いた顔をしつつ、まるで台本を棒読みするかの如く抑揚なく言えば……痛い所をつかれたとばかりに焦った面持ちでスッと目を逸らすマリー。

 最後ら辺はもはや口調も変わってたので、余程会いたくないらしい。


「えーでも———」

「ヒロト様、ここは譲歩してあげてください。マリー様は、他の幹部達にも借金があるので会いづらいのですよ」

「は?」

「うっ」


 どうせなら全部行かせようと画策する俺を、レフェリカが首を横に振って止めてくる。

 同時に彼女の口から思わず耳を疑うような爆弾発言が投下された。

 これには俺も呆れを通り越して素で声を漏らし、冷めた視線を居た堪れなさそうな表情で肩身を狭くするマリーに向けた。


「お前……マジで何してんの? 俺に1億7千万借金してんだぞ? もはや金遣いが荒いなんてもんじゃないだろ。幹部の座を追放されんぞ」

「ち、違っ……! これにはわけ———「因みに私は7千万ほどお貸ししています」———レフェリカ様は静かにしてくださいですわ!」

「こいつマジかよ……もう幹部に会わなくていいから借金返してこいよ……何なら俺の召集に応じるよりもっとやることあったろ……」

「マリー様は衝動買いの鬼ですからね。今身に着けていらっしゃるモノ全部で数億は下らないと思いますよ」

「……………」

「本当に待って欲しいんですの!! これには大きな誤解が———」


 俺とレフェリカは、横で何やら必死の言い訳を繰り広げているマリーの話を左から右に聞き流し、眠っているプリムを担いで部屋を出るのだった。









 場所は変わって、魔王城から数百メートルの位置にある魔王軍の訓練場。

 そんな暑苦しい場所に、俺とレフェリカは来ていた。


「何で俺が行かないといけないんだよ。俺、この国で1番偉いんだぞ。下々の者を顎で使える権力者なんだぞ」

「そうおっしゃっている割に変装なんかしてるのはなぜですか?」


 そう言って、愚痴を零しながら路傍の石を蹴っている俺を不思議そうに眺めるレフェリカに、パクった兵士の服を着込み、髪を銀色に染めてチャラいイヤリングを沢山付けた俺は堂々と告げた。



「あの兄妹怖い」

「顔と言っていることが全く合っていないですよ」



 呆れた様子でため息を吐いたレフェリカは、俺の耳についたイヤリングを物珍しそうに触りながら尋ねてくる。


「そもそもどうしてイヤリングなんかを?」

「ほら、チャラいと近寄りがたい雰囲気出るだろ? 俺はアイツらに絡まれた時点で逃げられないって学習したんだ。だから今回は一切絡まれないように全部変えた」


 人間というのは、髪とアクセサリーを変えるだけで物凄く印象が変わる。

 垢抜けたなんていう言葉があるくらいだからな。今の俺はイケイケパリピ男子だ。


「ヘイ・ユー、俺と今晩どうだい☆」

「是非ともよろしくお願いします」


 俺が調子に乗ってレフェリカの手を取り、ぱちっとウィンクすれば、当たり前の如く冷ややかな視線と罵倒が……。


「……ん? 今何て言った?」

「? お願いします、と言いましたが?」


 自分が何かおかしいことでも言ったのかと言わんばかりにキョトンとして首を傾げるレフェリカの姿に、完全に虚を突かれた俺は唖然として口を半開きにする。

 きっと今の俺は大層間抜けな表情をしているだろうが、そんなの今更なので、今は心底どうでもいい。

 

 この子、今晩どうっていう言葉の意味を知らないのか……?


「もちろん存じておりますよ。簡潔に述べれば、男女が(ピーーー)したり(ピーーー)することでしょう?」

「おまっ、こんな真っ昼間に普通の声量で言うなよ! てか分かってんなら簡単にオーケーすんなって、ナンパされた時が心配だよ俺は!」


 こいつマジでとんでもないな。

 周りに人がいるってのに堂々と言えるその胆力には、逆に尊敬すらするわ。

 真似したいとは1ミリたりとも思わないけど。


 何て、俺が、羞恥心を何処かのゴミ箱に捨ててきたかのようなレフェリカにドン引きしていると。



「———あ、レフェリカ……と誰?」



 女性にしては少し低い声でレフェリカの名前を呼ぶ1人の女性。

 もう見なくても誰か分かる。

 というか、魔王軍の中で、幹部で魔王の娘でもあるレフェリカを呼び捨てできる人などほんの一握りしかしかいない。


「数日振りです、ファトレイア様。ただ、物凄く汗臭いので私から10メートルは離れてください」

「ええっ、私臭いか!? いや、確かに鍛錬してたから……」

「ふふっ、嘘ですよ。レモンの酸味を凝縮させたかのような酸っぱい臭いがします」

「あ、そうなのか。それなら別に———ちょっと待て、それはやっぱり臭いってことじゃないか!?」


 漆黒の鎧に身を包んだ紫色の髪の美女———ファトレイアがワタワタと自分の身体の臭いを頻りに嗅ぎ、その表情は泣きそうになっていた。

 そんなレフェリカの毒舌の被害者である彼女に同情した俺は、


「別に臭くないからな? ただのジョークだから笑って流した方が良いぞ」

「誰だ貴様は、私に気安く話し掛けるな。身の程を知らず調子に乗ってチャラい格好なんかするな、恥ずかしい。魔王様のような美しい顔になって出直してこい」


 フォローしようとして理不尽な反撃に遭い、一瞬で臨界点を突破した。

 

「おい随分の言い様じゃねーかクソビッチ騎士。そんなテメェに朗報だ、愛しの愛しの魔王が逃げたぞ、跡形もなくな」

「…………は?」


 俺が怒りに任せて喧嘩腰に言えば、何秒か動きを停止させたファトレイアがキッパリと言った。





「———魔王様の御尊顔が見れないなら、私は魔王軍を抜ける」





 ぶん殴るぞクソ面食い女。 

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