第3話 お前ら忘れてないよな?
———待つこと1時間……結局3人から増えることはなかった。
「………俺、もう魔王軍抜けても良いかな?」
俺は、自分のあまりの人徳のなさと、魔王不在で結構オワコンな魔王軍の将来を冷静に見通した結果……普通に引退しようか迷う。
いや、結局1時間以上待って残りの3人は欠席ってどう言うことなんだ。
一応この魔王軍のNo.2だぞ、俺。
魔王の右腕で幹部達の直属の上司だぞ?
何でこんな舐められてるんだろうな。
さっぱり分からない……何て俺が首を傾げていると。
「あら、やっと身の程を弁えられるようになりましたのね? ワタクシは賛成ですわ! 寧ろ早く引退しろですわーっ!」
「……私も、賛成」
皮肉なことにマリーもプリムも、俺を引き留める素振りを見せるどころか俺の引退に喜んでいる様に見える。というかそうにしか見えない。
「お前らふざけんなよ、少しくらい引き留める素振りを見せろよ! 俺がどんだけテメェらの尻拭いをして来たと思ってんだ! マリー、テメェは俺に1億7千万ギルの借金があることを忘れんなよ!」
俺が激昂してマリーにビシッと指差せば、マリーが目を縦横無尽に泳がせた。
ここで知らぬ存ぜぬな態度なら殺してたが……まぁ流石に自覚はあるようだ。無かったら物理的に思い出させてやる。
さて次だ。
「次はお前だからな、プリム」
「……っ、……わ、私は何もない、はず……」
俺がギュンを勢いよく顔を向けると同時にビクッと身体を震わせつつ阿呆なことを抜かすプリムへ、現実を突き付けてやる。
「これまでお前がやらかしたことで、どれだけ賠償金が掛かってると思う? ん?」
「……1千万、くらい?」
「ブブー、正解は27億3千万ギルでした! その内俺が片棒を担いだのは1億5千万な。つまりは俺に1億5千万の借金があるわけだ」
そう言いながら、俺が顔を青ざめるマリーとプリムにニコッと精一杯の笑みを浮かべると。
「今すぐ全額キッチリ返せよ?」
「「誠に申し訳ありませんでした」」
2人は恥も外見も捨ててその場で土下座を繰り出した。
それは人の上に立つ者とは思えない素晴らしく美しい土下座だった。
そんな2人の姿に、普段2人に困らされてばっかの俺が胸がすく思いがして満足気に頷いていると。
「女性に土下座をさせる、ですか……。それがヒロト様の趣味なら言ってくだされば宜しいのに。私が毎日して差し上げますよ?」
「おい、人聞きの悪いことを言うなよ。てか絶対やめろ、俺の風評被害がまた増えるだろうが!」
若干引いた態度を取りつつ的外れで心外なことをレフェリカに言われて、慌てて否定する。
そんな噂が出たらいよいよ俺の人徳が無に喫してしまう。
「良いか、俺に女性を土下座させて喜ぶ趣味はないからな?」
「分かっています、分かっていますから落ち着いてください。私は貴方の全ての性癖を受け入れられますから安心してください」
「全然安心できねーよ! おい、そんな私分かってますよ的な顔をして土下座をしようとするんじゃない! やめて、ごめんなさい!」
俺は土下座をしようと膝を折るレフェリカを止めるべく立ち上がった。
誤解を解くのに10分掛かった。
「……つ、疲れた……」
何とかレフェリカの誤解を解くのに成功したのは良いものの、代わりに物凄く体力を奪われた。
そのせいで机に肘を付きつつ手の甲に顎を乗せた俺が、ゼーハーゼーハーと荒い息を吐いていると。
「ヒロト様が誤解を招くようなことをなさるからです」
コイツ、1発ぶん殴ってやろうか。
……いや、何かまた変な誤解を生みそうだしやめておこう。
俺は素知らぬ顔で椅子に座るレフェリカに思わず手が出そうになるのを抑えつつ、借りてきた猫のように大人しいマリーとプリム、それと空いている席4つを見渡して。
「簡潔に言う。———魔王が逃げた」
ストライクゾーンド真ん中に、変化一切なしのドストレートを投げるかの如く、今回の召集の本題の核心を告げた。
もちろん直ぐに困惑の声が上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくださる!? ま、ままままま魔王様が逃げっ……逃亡なされたと仰りたいので!?」
「イエス」
「あ、ありありありっ、ありえ、あり得ないのですわわわわわわわ……っ」
俺の簡潔な返事に、先程までとは比にならないくらいの大焦り様でオロオロするマリー。
そんなマリーを押し除けるように、プリムが身を乗り出すと。
「……洒落に、なってない」
「洒落じゃないからな」
眠そうとは程遠いと断言できるくらいお目々を見開いたプリムへと、俺は肩を竦めれば。
「う、そ……魔王様が、いない……? まおうさまがいない……?」
愕然とした様子でストンと椅子に座り直し、机と睨めっこをし始めた。
その姿に俺は何もしてないのに気まずくなって目を逸らしてしまう。
……しょうがないじゃん、事実なんだもの。
だから、俺にそんな睨みを効かせても、机を見てても、魔王の大馬鹿オタンコナス野郎は戻って来ないよ。
何て取り乱しに取り乱した2人の様子を側から他人事のように眺めなから。
「やはり予想した通りでしたね、欠片も使い物になりそうにありません。まさしくゴミです」
「お前、俺以外には俺の3倍くらい口悪いよな」
「職場で出会っただけの同僚ですので」
「少しは手加減してやれよ……」
情けないとばかりに肩をすくめて首を横に振るレフェリカの毒舌に若干頬を引き攣らせる。
しかし、彼女の言葉に決して嘘はない。
魔王軍の者達は、基本、魔王という絶対的な強さと心優しい魔王の人柄ゆえに命を賭ける覚悟をしてきた者達だ。
そしてその心は、魔王軍幹部ともなれば軍内でも最上級と言え……今の2人の状態を見れば言わずとも分かるだろう。
つまりは———魔王が居ない時点で魔王軍崩壊の危機と言えるわけだ。
…………やっぱやめよっかな。
俺は魔王の尻拭いが想像の何倍もキツそうなことに改めて気付き、全部ほっぽり出して魔王みたく逃げたい欲求に駆られる。
ところが、横からガシッと細いながらも力強く肩を掴まれたかと思えば。
「逃しませんよ、ヒロト様。父様は別にどうでもいいですが、貴方様が逃げたら私が地の果てまで追い掛けてやります」
「やだよ怖い。というか今の話、魔王の奴が聞いたら泣くぞ」
ハイライトの失った蒼銀の瞳で俺を覗き込むように見つめるレフェリカの姿に、思わず身体を震わせると共に……これからのことを思ってこれでもかと顔を顰める。
ただ、今後のことは———
「レフェリカ、お茶ある? 話し過ぎて喉渇いたしちょっと痛い」
「普段声を出さないからですよ、直ぐご用意いたします」
「お前、ほんと一言多いよなぁ……」
一先ず水分補給してから考えることにした。
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カクヨムコン用の新作で、作者の好きを詰め込んだコメディー作品です。
多分新作はこれ以外出さないと思います。
☆☆☆とフォローよろしくお願いします。
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