何屋さんだか、わからない!

崔 梨遙(再)

1話完結:2000字

 30代の終わりから40歳くらいまで、要するに、もう10年くらい前。かなり前の昔話だが、僕はフリーの求人広告屋(採用コンサルタント)として、ついに行き詰まっていた。電話はジャンジャンかかって来る。以前なら、仕事の依頼だった。勿論、採用関係だ。ところが、末期は採用以外の電話の方が圧倒的に多かった。これが僕のフリーでの活動の末期だった。


 例えば、或るお客様から電話があって、


「仕事のことで話がある、来てくれないか?」


と言われて行ってみたら、“食器洗浄機の営業を完全歩合制でやってくれ!”と言われた。


 実機を見た。値段も聞いた。“売れないだろうなぁ”と思った。


「すみません、僕、これを売る自信は無いです」

「そう言わずに、やるだけやってみてくれないか? 気楽にやってくれたらいいから。サンプルに実機を1台送ろうか?」

「じゃあ、実機を1台ください。2週間お試しとか、そこまでなら出来ると思います。ですが、お試し期間が終わって買うか? というと自信は無いですよ」


 僕は、某飲食店にお試しで2週間、使ってもらった。お試し期間が終わり、


「お買い上げいただけますか?」


と聞いたら、“要らない”と言われた。予想通りだ。もうガッカリもしなかった。何故か? 僕でも買わないからだ!


 あと、雰囲気の良い喫茶店でも使ってもらった。お買い上げには至らず、僕はそのサンプル実機を送り返した。


「すみません、これは僕には売れません」


 しばらくして、その食洗機の会社から電話があった。要するに、売れないから会社は倒産、大量の食洗機をみんなで買い取ろうと言われたのだった。勿論、僕は買い取らなかった。



 その次に頼まれたのは、Wi-Fi機器の営業だった。或る電話会社のWi-Fiを、様々な店舗に取り付けてもらうという営業だった。ワンタッチで接続完了、証拠写真を1枚撮るだけ。それで、1件あたり3000~4000円。儲かると聞いて話を聞きに行った。


 ところが、行ってみたら別の電話会社のWi-Fiの営業だった。これが、設置に手間がかかる。設置工程毎に写真を撮っていく。写真は10枚以上必要。つまり、設置工程が10工程以上あるということ。これで、1件あたり1万円くらい。話が違う。僕はやる気が無くなった。更に、自由に営業が出来ない。自分の営業エリアを決められる。僕に振られたエリアは交通の便の悪いエリアだった。僕は迷わず断った。完全歩合制の営業なのだから、やりたい者がやればいいのだ。きっと、“やりたい”と言う人もいるだろう。そういう人達に任せる。



 最後に至っては、陶磁器の営業を依頼された。特殊な陶磁器だった。置いてくれる店を、2日間探してみた。置いてもらえる店は1件も無かった。ということで、僕は送られて来た陶磁器を送り返した。本当に、何をやっていたのだろう?



 どれも、売れそうにない商品ばかりだった。やっぱり、最初に“売れないだろうな”と思う商品は売れない。自分の勘が結構当たることがわかった。



 だが、一応、広告の延長の仕事もあった。僕は、某広告代理店と代理店契約を結んだ。ペイントしたトラックを走らせるという商品があった。僕は某アミューズメント企業に提案した。ちょうど、企画会議の前。先方の販促担当者様とは長い付き合い。担当者は僕には好意的に接してくれて、その時も好意的な返事をくれた。


「今度の企画会議で、みんなの前でプレゼンしてくれや。崔さんやったら、みんな知ってるし。緊張しなくていいから」


 僕は、広告会社の代理店サポート担当の若い営業マンに報告した。というか、プレゼンをする際の細かい点を確認したかっただけだった。だが、担当は思いがけないことを言った。


「僕がプレゼンに行くから、崔さんは来なくていいですよ。大丈夫、歩合は支払いますから」


 見え透いている。手柄の独り占めだ。だが、今から営業しようという、その会社はちょっと閉鎖的な会社だった。僕は店長以上の人物とは全員顔見知りだったが、いきなり初めましてで大きな額の提案を受け入れてくれる社風ではない。僕は言った。


「僕は、店長クラスや重役を全員知ってるんです。同席させてください」

「いや、大丈夫、大丈夫、任せてください」


 その時点で、僕は商談が失敗することを確信した。担当者から連絡があった。


「商談はまとまりませんでした」

「そうだと思っていましたから、もういいです」


 僕は、もう2度とその広告会社の商品の営業はしなかった。



 あの頃を思い出すとゾッとする。本当に、思い出したくないくらい最悪の時期だった。僕は、採用関連の人間ではなく、“フリーの営業マン”だと思われてしまっていたようだ。どうしてみんな、売れない物を作るのか? そこがわからない。僕の営業力を認めていただいてのお誘いだったかもしれないが、明言したい。売れない物は売れない! 売れるかどうか? 最初にわかる! 最初の自分の勘を信じた方がいい!







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何屋さんだか、わからない! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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