第3話 ウィンドウショッピングというものは、思わぬ善い事があるものですねっ♪

 おはようございます、メフィエルちゃんです。


 ラルトの街は、今日も朝を迎えたようです。迷宮内なのに朝があるのも不思議な話ですね。

 今日のメフィエルちゃんは、ちょっぴり寝すぎてねむねむモード。そのままのろのろとベッドから起き上がります。


「ふあぁあああ。ねむねむですね」


 聖女時代から愛用している寝間着を脱ぎ、下着だけの姿になったメフィエルちゃんは、シャワーを浴びにお風呂場に向かいます。


「あぁあぁあぁあ……」


 魂の抜けたような声を出しながら無心で暖かいシャワーを浴びます。するとだんだんと目が覚めてきて、生きている事の喜び、暖かな寝床がある事への感謝が心のうちから湧いてきます。

 いい感じですね。やはり精神を健康に保つことは、肉体を健康に保つことにもつながる素晴らしい行い。そのままメフィエルちゃんは、シャワーの中で、しばし目を瞑り、世界の人々のシアワセを願い祈りを捧げます。


「世界中の人々がシアワセニンゲンになれますように」


 祈りを終えたメフィエルちゃんは、シャワーから出て、身体をタオルで拭き、下着を身につけると、部屋に戻って錬金術師としての衣服を身につけていきます。


 肩の開いた藍色のワンピースは、左の胸元に明るい桃色の刺繍でハートが大きく描かれており、お気に入りの一着です。その上に錬金術師らしいポケットのたくさんついたコートを羽織ります。そこには既にたくさんのポーション類やアイテム類が詰まっており、その中には、昨日メフィエルちゃんを守ってくれた「聖女のお守りバリア」もあります。


 そしてメフィエルちゃんはさらに背負い鞄を装備し、拾い集めた材料類の収納もバッチリという態勢を作りました。


 姿見の前でメフィエルちゃんの姿を見ます。


 メフィエルちゃんの真っ白なミディアムヘアがウェーブしながら背負い鞄や露出した首元にかかっており、桃色のキュートな瞳は、今日もぱっちりお目目です。

 そこにベージュの錬金術師のコートと藍色のワンピースが綺麗に映えており、我ながら実に錬金術師らしい姿になったと言えましょう。


 メフィエルちゃんは満足しつつ、姿見の前を離れます。


 それから、今日は何をしようかとしばし考えます。


 そういえば、メフィエルちゃんは武器を作りたいなと思っていたのでした。


 ダンジョンで、いちいち弱い魔物を魔法で狩っていると、魔力の消耗が馬鹿にならない事になってきます。


 えいっと振るだけでそういう魔物が倒れてくれるようなグレートな武器を作る事は、今後のメフィエルちゃんの活動を考えると重要でした。


「というわけで、メフィエルちゃんはグレートな武器を作りたいと思います」


 メフィエルちゃんは、いつの間にかメフィエルちゃんの工房に集合していたセドリックさんに、そう告げました。


「はいぃいいいいいいい……!」


 セドリックさんも、そんな元気なお返事を返してくれます。セドリックさんは、メフィエルちゃんのワンピースの露出した胸元や、ミニ丈のふとももなどに視線が釘付けのようです。どうやらセドリックさんも今日のメフィエルちゃんのファッションを気に入ってくれたようだと、メフィエルちゃんは満足気な微笑みを浮かべます。


 さて、いったいどんな武器にしましょうか。


 メフィエルちゃんはややドジっ子なところがあると自負しているので、刃のついた武器は危なくて持ち歩きたくありません。そもそもメフィエルちゃんは錬金術師であり、戦士などではありませんし、ここは棒のようなもの、あるいは杖のようなものがいいのではないかと当たりをつけます。


 そんな考えをセドリックさんに話していると――


「メフィエル様は、魔道具にした杖などを持ち運ぶのがいいかもしれませんね」


 と、素晴らしいアドバイスがセドリックさんから返ってきました。


 魔道具は、あらかじめ魔力の溜まった魔石などをセットしておいて、起動の際にその魔力の一部を使って特殊な魔法現象を起こす事ができます。


 メフィエルちゃん自身の魔力ではなく、魔石の魔力を使って雑魚モンスターを狩っていくのは、理に適っているように思われました。


「しかし、今のメフィエルちゃんは魔石のストックをほとんど使い切ってしまっています。どこかに魔石が落ちていると嬉しいのですが……」


「あ、あ、あの……! そ、それでしたら、このセドリックが冒険の中でストックしてきた魔石のコレクションをすべて差し上げますので! そちらをお使いください……!」


「おお、素晴らしいですね。ですが、そんなものをタダで受け取ってしまいますと、メフィエルちゃんの理想とする【ウィンウィンの関係】ではなくなってしまいます。何かお礼をしないといけませんね」


「そ、そ、そ、それでふぃたら……でゅふふ……そ、それでしたら、ぜひもう一度、このセドリックめに、メフィエル様のキッスを与えてくださいませんでしょうか!」


 セドリックさんは、血走った目で、どこか必死な様子で、そんな懇願をしてきます。


「ふむ。セドリックさんは、そんなにメフィエルちゃんのちゅーがほしいのですか?」


「は、は、は、はいぃいいいいいい……! な、なんといいますか、メフィエル様のちゅーを受けている間は、もう天国とはここだったのか、という境地というか、天国そのものというか、人生でまったく感じた事のない、すさまじい幸福感と、その、ものすごい快感……いえ、ものすごい気持ちよさのようなものを感じて、人生の絶頂とでもいえる状態になってしまうのです……! もうメフィエルさまのキスのためなら、このセドリック、どんな犠牲でも払わせていただく所存です……!」


「ふむふむ、なるほど。セドリックさんの想いは分かりました」


 ですがメフィエルちゃんは、そこである事に思い至ります。


「そういえば、杖を作るにあたって、素体となる良質な木材が必要かと思います。ですが、メフィエルちゃんにはそのような木材の当てが思いつかず……なにかいい考えはあるでしょうか?」


「そ、そ、そ、それでしたらっ! それでしたら、カノッサ魔法木材店という木材店がこのラルトの街の裏通りに存在します。高級な魔法加工木材を多く扱っておりますので、よろしければご案内させていただきますっ!」


「おお、素晴らしい。ですが、メフィエルちゃんにはそのような高級な木材を購入するお金はありませんが……」


「まずはウィンドウショッピングでイメージを固めて、必要であればこのセドリックが、大迷宮で採取してくる事も考えましょう!」


「とてもいい考えですね。セドリックさんは頼りになりますねっ」


「い、いやぁ……それほどでも……でへへ……でへへへへ……」


 メフィエルちゃんに褒められたセドリックさんは、これ以上ないほど顔をデレデレとさせて、幸せそうな表情です。メフィエルちゃんの言葉でこのようにセドリックさんをシアワセにする事が出来たのかと思うと、メフィエルちゃんも心が暖かくなりますね。


 それからメフィエルちゃんとセドリックさんは、二人で連れ立ってラルトの街を歩き、裏通りの一角にある『カノッサ魔法木材店』というこじんまりとしたお店を訪れました。


「おおお、すごいですね」


 店内は、見かけによらず広々とした空間が用意されており、ショーケースに美しい木材が並び、その横に様々な用途や、その用途に向けた数値のグラフなどが事細かに書かれていました。記述はすべて手書きで、とても手間暇のかけられたお店である事がこれだけでも伝わってきます。

 同じお店を経営するものとして、メフィエルちゃんも負けていられないな、とライバル心のようなものが仄かに芽生えてくるのを感じました。尊敬できるお店です。


 メフィエルちゃんがふらふらと店の奥に進んでいくと、店主のカノッサさんらしき初老のおばさまが、カウンターの椅子から立ち上がって出迎えてくれました。


「こんにちは、可愛いお嬢さん。何かこのカノッサ魔法木材店に御用かな?」


 カノッサさんは、印象のいいしわの入った優し気な顔つきのおばさまで、にこりと笑みを浮かべてメフィエルちゃんを歓迎する姿勢を見せてくれます。


「あのあの……メフィエルちゃんは、錬金術師でして。武器として使う魔道具の杖を作りたいなと思い、どんな木材があるのかを見に来たのです」


「ふむ、なるほど……得意な魔法の属性は?」


「メフィエルちゃんは光属性魔法を得意としております」


「光属性の魔道具にする杖だったら、トネリコの木を光属性強化魔法で加工した、そこの木材なんかがおススメだよ」


「ほほう。見させていただきますね」


 カノッサさんの案内で、メフィエルちゃんは白く輝く光を放つトネリコの木材へと誘導されます。


 説明書きなどを読むと、トネリコの木は魔道具にするのにとても適している特性を持っていると、数値などを添えてつらつらと書かれていました。そこに一流の魔法付与師が光属性強化魔法を付与したこの木材は、光属性魔法使いの杖としてベストオブベストである、などと書かれています。


 うーむ、これは欲しいかもしれません。


「セドリックさんっ! メフィエルちゃん、これが欲しいですっ!」


「で、で、ですがメフィエル様……値札を見てみてくださいっ……」


 小声でささやくように告げるセドリックさんの声に値札を見つめてみると、そこに書かれていたのは、なんと……


「50万ゼニー、ですか……これはいささか……」


 流石一流の木材店、お値段も一流のようですね。


 ですが、カノッサさんはそんなメフィエルちゃんたちの様子を目敏く見て取ったのか、こんな事を言い始めます。


「お嬢さん。たしかにお嬢さんのようなお若い人にとっては大金かもしれないが、武器というのは、何よりも大切な命を守り、使い方次第で莫大な稼ぎを生み出す、この世で一番重要な投資といってもいいものだよ」


「お、おお……なんだかそんな気がしてきましたっ!」


「うちのお店は、ローンという販売方法もやってるんだ。いまならたったひと月1万ゼニーの60回払いで、この木材が手に入るよ」


「お、おお! たった1万ゼニーで! これは革命ですよ、セドリックさん!」


 メフィエルちゃんが感動を伝えるように勢いよくセドリックさんを振り返ると、セドリックさんはなぜか、少し暗い表情をしていました。


「で、ですがメフィエル様……よく考えてください。60回払いということは、合計金額は60万ゼニー。10万ゼニーも利子がついているんですよ! さすがにこのセドリック、いくらD級冒険者としてそれなりに稼ぎがあるといえども、気軽に支払える金額ではないですよ……」


 セドリックさんの説明は、よくよく考えると至極真っ当なもののようにも思われました。


「むむぅ、そうですか……」


 ですがメフィエルちゃんは、そこである閃きを得ます。


「セドリックさん。メフィエルちゃん、善い事を思いつきました」


「な、なんでしょうか?」


「セドリックさんがこの1万ゼニーを全て支払い終わったら、メフィエルちゃんに一つ、なんでもお願い事ができるというのはどうでしょうか?」


 それほど期待せずに言ってみた言葉だったのですが、意外にも効果は抜群でした。


「な、な、な、な、な、なんですとぉおおおおおおお!」


 セドリックさんは、はぁ、はぁ、と息を荒げて、メフィエルちゃんのお顔を食い入るように見つめます。


「たとえば、メフィエルちゃんに肩もみをしてもらうとか、メフィエルちゃんの手料理を食べるとか、メフィエルちゃんと一緒におでかけするとか……そういう素敵な体験で、メフィエルちゃんなりにご奉仕させていただきたい所存です」


「お、お、お、お願い事というのは、ど、ど、ど、どのような内容でもよろしいのですか?」


「はいっ。メフィエルちゃんに可能な事であれば、なんでもご奉仕させていただきます」


 メフィエルちゃんはにこっと微笑みを浮かべて、セドリックさんを明るく見つめました。


「ご、ご、ご、ご奉仕なんて……! そ、そんなの……そんなのぉおおおおおお……! み、み、み、魅力的過ぎますぅううううううう!」


 果たしてセドリックさんがどのようなお願い事を考えているのかは分かりませんが、とてもこの提案に惹かれてくれている事は確かなようです。


「このお話に同意してくれますか、セドリックさん?」


「は、は、は、はいぃいいいいいいいいいいいいいっ……!」


「あのあの、カノッサさん。こちらのセドリックさんという方が、そのローンという仕組みで支払ってくれるそうですので、そのようにしていただいてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ……嬢ちゃん、見かけによらず、やり手だねぇ……」


 カノッサさんがどこか呆れた様子でそんな事を言っていましたが、メフィエルちゃんの意識は既に、今回手に入ったトネリコの光属性木材に向けられていました。


 ふふふ、ウィンドウショッピングというものは、思わぬ善い事があるものですねっ♪


 かくしてメフィエルちゃんの武器作りは、するすると順調な滑り出しを見せたのでした。


 ローンの魔法契約にサインするセドリックさんも、なんだか心ここにあらぬ様子でぐへぐへと笑みを浮かべており、とってもシアワセそうな表情でした。


 これぞ、メフィエルちゃんのバイブル『最高に意識高い人間として世界をハッピーにしていくための47の心がけ~ミーシーでアプリオリな思考ロジックでミラクルパーソンを目指そう~』に描かれていた、【ウィンウィンの関係】そのものであるといえるでしょう。


 そんな感じで、メフィエルちゃんは、今日もごく普通の錬金術師として、錬金術師らしい一日を過ごしています。

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