まんてんホーリーデイ
七名菜々
前編
鼻の奥を通った冷たい空気の感触で目を覚ました。ポリポリ、ポリポリ、と奇妙な音が耳をつく。なんの音だろう。不審に思って重たい目蓋を押し上げると、そこには思わぬ光景が広がっていた。
「えっ」ミユは思わず声を上げた。
赤と白の帽子を被った、白と黒の生き物が、窓際で小魚とアーモンドのお菓子をつついている。ミユがベッドに入る前、サンタクロースのために用意しておいたものだ。しっかりと戸締りをしたはずの窓は開いており、冬の夜風がカーテンを揺らす。
生き物はこちらに気付くと、少しばつが悪そうな顔で「やあ」と片手を上げた。
枕元のリモコンで電気を点け、その生き物の姿をまじまじと見る。
なだらかな流線型のボディにつるりとした質感の羽毛。嘴と足だけは鳥らしいが、羽は羽というより指のない手のようにも見えて、水を掻くオールのような形をしていた。
ペンギンだ。
それはまさしく、ペンギンの姿だった。
「あなた、もしかして」どぎまぎしながらミユは言う。「サンタさんなの?」
「おや」ペンギンは小さな瞳を丸くした。「よく分かったね、僕がサンタクロースだって」
「だって。今夜はクリスマスイブだし、あなた、サンタ帽を被っているし」
「なるほど、鋭いね」
「それに、サンタクロースはペンギンなんだって、聞いたことあるから」
「へえ。そんなこと、誰に聞いたんだい?」
「分かんない。多分、イッパンジョーシキ」
「あまり一般的ではないと思うけれど」
「でも、わたしの知ってるペンギンとは少し違う気がする」
短い首を傾げる彼の姿を、もう一度上から下まで眺めた。確かに彼の体型はミユの知っているペンギンそのものだ。だが、頭に顎紐の付いたヘルメットを被ったようなその模様を、ミユは見たことがなかった。
「まあ、僕は日本では少し珍しい種類のペンギンだからね」ペンギンはそう言いながら、自分の顎を撫でた。「ほら、ここの模様、顎髭みたいだろ。こういう模様のペンギンの仲間を、ヒゲペンギンって呼ぶんだ」
「ヒゲペンギン?」
「サンタクロースに髭はつきものだからね」
「はあ、なるほど」
ペンギンは「ごちそうさま」と言ってお菓子の皿をミユの方へ押しやると、ぴょこんと立ち上がった。ごちそうさまと彼は言ったが、皿にはアーモンドだけが綺麗に残っている。
「さて、こうしちゃいられない。僕は君に用があって来たんだ」
「用? プレゼントをくれるんじゃなくて?」
「そのプレゼントのことでね。実は、君には希望通りのプレゼントを用意することができなかったんだ」
「ああ」
自分の声に暗い色が滲んだのが分かる。がっかりしたわけではない。どうしてサンタさんへの手紙にあんなことを書いたんだろうと、過去の行いが恥ずかしくなったのだ。
「いいよ、あんなの。無理言ってごめんね」
「いや、無理なわけではないんだよ。サンタクロースの魔法の力を持ってすればね。ただ君は、点数が足りなかった」
「え?」
予想外の言葉に、ミユは首を傾げた。点数って? 一体このペンギンは何を言いだすんだろう。
「良い子にしていないとクリスマスにプレゼントが貰えないっていうのは知っているだろ? サンタクロース協会では一年間子供たちの様子を観察して、その年どれだけ良い子にしていたか査定を出しているんだ」
「サテイ?」
「評価は百点満点で、査定の点数に見合ったプレゼントが貰える。満点なら希望通りの、八十点なら希望の八割のプレゼントだ。そして君の点数は」
まるで焦らそうとするかのように、ペンギンはそこで呼吸を入れた。ドドドドド、とドラムロールの音が頭の中で鳴り響いた。
「六十点だ」
「ろ、ろくじゅう」
信じ難い数字だった。苦手な算数のテストだって、そんなに低い点数を取ったことはない。心の中の柱のようなものがぽきりと折れてしまったようで、ぐらりと目眩いがする。
「どうして!」気付けばミユは大声を上げていた。「だってわたし、ママの言うことはよく聞いたし、宿題だって毎日やったし、遅刻なんてしたこともないのに」
「おやおや。そんなにあのプレゼントが欲しかったのかい?」
ペンギンの目が、人を食ったように細く釣り上がった。あのプレゼント、とは、ミユが手紙で頼んだプレゼントのことだろう。
「違うよ」
ミユは俯き、パジャマの裾を掴む。手紙にあんなことを書いてしまったのは、ほんの気の迷いだ。
「でも、わたしは『良い子』じゃなきゃいけなかったの」
「大丈夫だよ。六十点だって充分良い子だ。ただ一つだけ、足りないところがあっただけだ」
「それは何? 教えて」次は百点を目指すから。
「そうだね。子供たちに改善点を指導するのもサンタクロースの仕事のうちだ。でもその前に、プレゼントの授与と行こうじゃないか」
サンタペンギンはよちよちとミユの元へ歩み寄り、その右手を差し出した。
「さあ、僕の手を取って」
言われるがままに、ミユはペンギンの羽先に触れる。
すると、ふわり、と身体の力が抜けるような感覚があった。次の瞬間、気付けばミユは夜の街の上空に浮かんでいた。
「君は手紙にこう書いたね。『パパに会いたい』と。その六割のプレゼントとして、パパとの思い出の地を巡る旅に出よう」
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