第31話 これまでの清算
家を出て歩くことしばし、俺と広田は歩道を歩いていた。
右側には青色のホームセンターがあり、今日は休日ということもあって広い駐車場はそこそこ車で埋まっている。この県はとても車社会なので、左にある道路はまあまあ混みあっていた。
今日の日のために、数日前に花月と散歩に出かけていたので、幾分か外に対する抵抗感は和らいでいた。未だゼロというわけではないが、それよりも菊原と話すことのほうに意識を取られているので、ほとんど気にならなくなっている。
……まあ、そうは言ってもやっぱり歩くのしんどいなあ。太陽の日差しも強いし。……暑い。しんどい。
「もう少しでつくが、話す内容は考えてるか?」
俺がやっとの思いで足を動かしていると、広田がふいにそんなことを聞いてきた。
まあ、心配なんだろうな。
「……ここに来て考えてないって言ったらどうするつもりだ?」
「まぁ、それでも菊原のところに放り込むけどな。」
俺の脅しにもどこ吹く風、広田は飄々とそう答える。
「放り込むってなんだよ。巨人がやるみたいに服でも摘まんで、投げるつもりかよ。」
俺がそう言うと、広田は高笑いした。
「ははは、何だそれ。そんなことするわけないだろ。まぁでも、お前は考えてきてるんじゃないか。」
広田はそんな無責任なことを言ってくる。どこからそんな自信が出てくるんでしょうか。
「何その無責任な信頼。万に一つ考えてなかったらどうするんだよ。」
「陽輔が考えてないなんてこと億に一つもないだろ。こういうとき一番考える男だからな。お前は。」
何か知ったような口を聞いてらっしゃる。ほんとどこから湧いてくるんだその信用。俺なんて世間では信用が地の底を突き破っている引きこもりなのに。
「……まあ、当たるとも遠からずといったところだな。」
一応、ここ数日ずっと考えてはいた。どういう話をしてどう話を広げるか。……ただ、それでも上手い話の展開は何も思いついていない。ほんと、どうしよう。
「本当は頭が爆発するくらい考えてるくせに。」
……それはそうなんだよなあ。ただ、結果に結びついていないだけで。……逃げたい。
今もなお、うんうんと頭を悩ましている。しかし、それでもいい案は思いついてくれず、ついに目的地へとたどり着いてしまった。
「じゃあ、頑張って来いよ。」
広田の激励に俺は一応頷きを返す。
まあ、もう行くしか選択肢が残っていないので沼にハマっているくらい重い足を懸命に前へと動かす。
終わりの始まりだ……。
◇ ◇ ◇
GWが終わる二日前ということもあり、店内は非常に賑わっていた。空いている席はほとんどなく、人の往来もなかなか多かった。
久しぶりに外食する俺にとって、人がごみごみしているのは致命的なのだが、今の状況ではそうも言ってられない。
菊原のほうはもう席に座っていると広田から聞いているので、俺は店内をキョロキョロと見渡す。この店には喫煙席と禁煙席があるが、喫煙席にはいないのだろうから禁煙席のほうへと目をやる。……あ、あの後ろ姿はそうかな。
と、俺が歩き出そうとした瞬間、横から見知らぬ人に話しかけられた。
「何名様ですか?」
「……あ、一応二人です。」
「かしこまりました。お連れの方は?」
「あ、多分先に入っていると……。」
「あ、そうなんですね。」
「はい。……心当たりがあるので、ちょっと見てきます。」
言って、俺は足早にその場を立ち去った。
……怖かったあ。視界外から急に話しかけないでよ……。驚きすぎて、何秒間か固まっちゃったじゃん……。大丈夫かな。変な人と思われてないかな。まあ、それに関しては元々変な人なので、どう転んでもそう思われても仕方ない。はぁ……緊張した。ただ、しどろもどろになったのは申し訳ない。
パニックになりながらも頭の中で一人反省会を開催しながら、俺は件の席へと向かう。帰りたい……けど、行くしかない。行くしかない。
そう強く念じながら席へと着く。見慣れた後ろ姿の彼女がきれいな背筋で座っていた。肩につくかつかないかくらいの黒髪を揺らし、机に置いてあった水を飲む。その姿を見ながらこっそり深呼吸をし、意を決して話しかける。
「……3週間ぶりだな。」
「そうだね。」
彼女は切れ長の目でチラッとこちらを向いて、そう返してくる。すぐに視線を元に戻し、向かいの席のほうを見た。座れということなのだろう。
……いよいよだな。
「……お元気だった?」
何か話しかけないとと思い、座りながらそんなことを口走った。何だよお元気だったって。
「特には変わらないよ。……元気かどうかは微妙だったけどね。」
いつも少し怖い雰囲気を纏っている菊原だが、今日はより一層そう感じる。まあ、想像通りではある。逆にこの状況で明るかったら怖いくらいだし。
「そ、そうか……。」
「高鷹は?」
「ま、まあ、いつも通りかな。可もなく不可もなく……。」
「そう。」
言って、菊原は目の前にあるお水に手を伸ばす。……どう、話を切り出したら良いんだろう。何も思いつかない……。
「……高鷹はどう思ってる?」
しばし沈黙した時が流れた後、菊原がそう聞いてきた。どういう質問の意図なのだろうか?
「え?」
「今の状況。」
「……ああ。」
菊原は短く、そう答える。今の状況、か……。曖昧で抽象的な言葉すぎて、真意がどうなのかを当てるのは難しい。ただ、言いたいことは大体分かる。花月が来たことで様々なことが変わった。時間の使い方も変わったし、行動内容も変わった。気持ちも徐々に変わってきてるし、俺にとって良い変化がたくさん起こってると思う。俺にあまり自覚はないが、もしかしたら更生への道を歩んでいるのかもしれない。ただ、そうなってくると……
「私って高鷹のところに行かないほうが良い?」
「いや、そんなことはない。ずっと来て欲しいとは思ってる。」
俺は即答でそう答える。これは本当に本心だ。客観的に見たときに、菊原の結論に俺も至ってしまってはいた。ただ、俺はそれを思いついても即座に心の中で否定していた。来て欲しいと思ってるし、ずっと来てもらうためにはどうしたら良いか考えていた。いやまあ、来て欲しいなんて傲慢で自分勝手な考え方なんだが。ずっと、そのことで頭を悩ませていた。菊原との関係を改善するためにはどうしたら良いか。
……ただ、他の結論にも至っていた。そもそも俺と会わないほうが菊原のためではないかと。引きこもりなんかと会う時間は無駄でしかないだろうから。
「来て欲しいとはって?」
「……俺のところに来ないほうがいいんじゃないかって。」
「どういう意味?」
怪訝そうな顔で菊原はそう聞いてくる。
「引きこもりなんかのために時間を使うのは無駄なんじゃないかってことだ。それを他の時間に使ったほうが有意義に過ごせると思うし、楽しい時間を送れると思う。俺のところに来ないほうが幸せなんじゃないかと思うんだ。」
「……何でそうなるの。私が嫌々行ってるとでも思ってるってこと?」
「嫌々かは分からないが、義務感はあるんじゃないかって……。」
無意識のうちに組んでいた俺の両手が細かく震え始めていた。ずっと、心の奥底で思っていた。高校に通っていた頃俺が菊原とよく喋っていたから、来てくれてるんじゃないかって。心底嫌ってわけではないかもしれないが、少しだけ仕方なくといった感情もあったのではないかと。怖くてそれはなかなか言えなかったが、本当はそうかもしれないな、もしそうだったら申し訳ないなとそう思っていた。
「……そんなことないって言ったら高鷹は100%信じる?」
「……今は難しいかもしれない。」
菊原が優しい人だというのを俺は知っている。もう、二年以上の付き合いで、それは分かっている。じゃないと、毎週毎週プリント届けに来ないだろうしな。だから、それが本心で言っているかというのは判別がつかない。
「そう……。」
「……でも、俺は菊原が嘘を言うとも思っていない。だから、100は難しいけど、85%くらいは信じることが出来る。」
菊原が誠実な人だというのも知っている。だから、全く本心じゃないことは言わないと思っている、いや、信じている。それに、菊原は思っていることはストレートに言うタイプということも知っている。これは学校の同級生全員知っていることでもあるし。
「そう……。」
言って、菊原は今日初めての笑顔を見せてくれた。俺にとっても激レアなその顔は俺の胸の鼓動を早くさせるには十分だった。
「あと、一個これだけは言おうと思ってたんだが……。」
「何?」
俺が言い淀んでいると、菊原は訝しげな目でこちらを見てくる。なかなか言うのは恥ずかしいんだよな、これ。
「出来たらで良いので、毎週来て欲しいです。お願いします。」
なんて傲慢で独占的なお願いなのだろう。この会話の流れでこの提案はお願いというよりわがままに近い。
「……何それ。まあ、言われなくても行くけど。」
言って、菊原は微笑む。こんな矮小な俺なんかのもとに来てくれるなんて、何て優しい人なのだろうか。今回の話し合いでも俺は良くない言葉ばかり並べてたし。本当、そう言ってくれてありがたい。
「……ありがとう。」
「いいよ、別に。」
言って、二人して笑みを浮かべる。一気に空気が弛緩し、緊張状態も解かれる。……怖かった。
「……じゃあ、何か頼もうか。」
「そうだな。」
そういえば、何も頼んでいなかったことに今気づいた。メニュー表を開き、俺と菊原は頼む料理を選ぶ。店員さんを呼び、伝え終わったところで、俺はトイレへと席を立った。
はぁ……、緊張した。別に高校に通っていた頃は普通に喋っていたし、引きこもりになってからも毎週会ってはいた間柄だったので、緊張するほうがおかしいかもしれないけどな。
しかし、久しぶりに腹を割って話をした気がする。ここ半年くらい菊原と会ってもあまり会話というものをしてこなかった。ただ、義務的にプリントの受け渡し受け取りをやっていた感じだった。彼女がどう思っていたのかは分からないが、俺としてはそちらのほうが気が楽ではあった。……あんまり現状のことを詮索されるのが怖かったからな。
まあ、でもお互い思っていることを交換するのは大事だな……。
と、俺が胸を撫でおろしながら歩みを進めていると、誰かがこちらに近づいてくる気配がした。振り向いてみると、そこには見知った人物たちがいた。お前ら……。
「陽輔にしてはよく言ったな。」
「はい。陽輔君にしてはよく言いましたね。」
そこには広田と花月がいた。二人ともニヤニヤとした顔を浮かべており、俺の血圧が上がっていくのを感じる。
「お前ら、いたのかよ……。」
しかも聞いてたんだろうな……。菊原は知ってたのだろうか。
ていうか、よく言いましたねってどういう意味だよ……。保護者目線止めて。
「大きな一歩を踏み出したな。」
「すごい上から目線だな、お前……。」
笑顔の広田に俺は恨めしい目を向ける。
「私を満足させてくださいね!」
ニコッとした笑顔の花月が何か、そんなことを言ってくる。どういう意味だよ、それ。
「……じゃあ、俺トイレいくから。」
俺は逃げるように広田と花月と別れた。本当、外野からなんか言ってくるの止めて欲しい……。ただでさえ、いっぱいいっぱいだというのに。
トイレを終え、元いた席へと向かう。遠くの席を見ると、広田と花月がこちらをニヤニヤとした顔で見ていた。……早く帰れよ。鬱陶しい。
席につき座る前に、ふと菊原のほうへと目をやった。何か違和感があるんだよな……、あ。
「……今日珍しく、ワンピースなんだな。」
紺と黒の間の色のワンピースにブラウン系のジャケットを羽織っていた。
俺が知る菊原の私服はパンツスタイルのものばかりで、スカートもあまり見たことがなかった。話し合いに頭のリソースを取られていて気づいていなかったが、いつもの菊原より幾分か柔らかい印象を与えている。……可愛らしいな
「……たまにはいいかなと思って。」
表情を変えずにそう言って、菊原はさっき取ってきたアイスコーヒーを口に入れる。
「やっぱり似合ってない?」
「いや、そんなことないんじゃないか?似合ってると思うぞ?」
「私が聞いてるんだから聞かれても困るんだけど。」
「いや、俺は自分のファッションセンスに自信がないからな。確証が持てないだけだ。」
あまり自分で服を買いに出かけたことがなく、興味もさほどない。そんなやつに似合ってる似合ってない云々言われても腹が立つだけだろう。
しかし、菊原は不満顔でこちらを見つめていた。
「……高鷹個人の意見は?」
……難しい質問である。
「……とても似合ってると思います。」
「そう……。」
俺が何拍か置いて言うと、菊原は満足そうに微笑みをたたえる。ご納得頂ける返答ができたようで何よりです。
俺と菊原はその後も談笑しながら、ご飯を食べ進める。なかなか心地の良い時間が流れ、三十分ちょっと経った頃合いでお互いの料理がなくなってきていた。
「まだ、お昼だし、このあとどっか行く?」
ふと、菊原がそんなことを聞いてきた。
「そうだな……。俺は時間はたっぷりあるし。」
「でも、GWだからどこ行っても人いっぱいだしね。……難しい?」
「うーん……。」
菊原の憂いは当たっており、俺もそれを考えていたところだ。いやでも、折角外に出てきたし、誘ってもらってるしな……。体力のほうは体調を整えてきたおかげでまだ問題なさそうだし。
「陽輔君なら大丈夫ですよ!」
なんか横から聞き覚えのある元気な声が飛んできた。なんで、あなたが言うんですかね……。
「ああ、折角だしな。」
「あんたたち……居たの。いつから?」
菊原が広田と花月にジトッとした目を向ける。ああ、やっぱり菊原さんも知らなかったのね。
「「……最初からです(だな)」」
「はぁ……。何で言ってくれなかったの。」
ため息をつきながらも明らかに怒っているのが菊原の態度から伝わってくる。その気持ち痛いほど分かります。
「言ったら、話し合いが上手く進まないかなと思って……。なぁ、花月さん。」
「はい。あなたたちのためを思ってです。」
「私たちのためを思うなら、来ないで欲しかったんだけど。」
「「……すいません。」」
二人ハモって謝罪をする。あなたたち、相性よさそうだね……。いつから、そんな仲良くなったんでしょうか……。
「まあ、いいけど。」
「「ありがとうございます!」」
菊原の許しに二人は元気よく返事をする。なんだかヤンキー映画とかでありそうだな、この光景。
◇ ◇ ◇
「では、行きましょう!」
行く場所を決め、俺たち4人は店を出る。空は青空が広がっており、鳥のさえずりの声が聞こえる。良い日だな……。
「何で、花月が一番テンション高いんだよ……。」
「ほんとにね……。」
俺と菊原はげんなりしながら前を行く花月を見る。まあ、テンション高いのは良いことだけどね……。
「あの人、二人でいたときもずっとテンション高くて、なかなか疲れたんだよな……。」
「ああ、……分かる。」
家で二人だけでいるときもほぼずっとテンション高くて、ちょっと引いてしまう時がある。まあ、おかげで嫌な空気が流れたりせず助かっているんだけどな。
「まあでも、いいんじゃない?テンション低いよりは。」
「……まあ、そうだな。」
菊原の言葉に俺は同意を示す。
「あれ?皆さん行かないんですか?」
俺たち3人が花月を見ながら喋っていると、不安そうな顔をして花月がこちらに戻ってきた。
「ああ、悪い。今から行くところだった。」
俺がそう言うと、花月は少し頬を膨らませた。
「それ、いつも言いますよね、陽輔君は。特に夕食の準備前に。」
「え、そうなの?」
「まあ、陽輔らしいっちゃらしいけど。」
花月の暴露に菊原と広田がこちらを見てくる。しかもどちらもニヤニヤした表情で。鬱陶しいな……。
「まあ、そういう時もあるかもな。」
「そういうときしかないでしょ、多分。」
俺が顔をそらしながらごまかすと、菊原が追い打ちをかけてくる。さらに、花月のも菊原の言葉にうんうんとうなずく。……何だろう、すごく居心地が悪いんですが。あれかな?慣れない外出をしているせいかな?
「まあ、陽輔君の恥ずかしい話はこれくらいにして、行きましょうか!」
花月の言葉に俺たち3人は頷きを返して、全員で歩みを進める。
し何だか、少しだけ楽しみな気持ちになっている俺がいた。ごくたまにこういうのも悪くないかもな。
ところで、恥ずかしい話って分かってるんなら、止めて欲しかったところですね、花月さん……。
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