第30話 覚悟の日

 ついにやってきてしまった……。

 今日は5月6日の土曜日。ついに菊原と会う日だ。

 広田から連絡を貰った日からずっと緊張しており、昨日なんかは何とか体内時計をゆっくりに出来ないかとだらだらと動画を見る時間を増やしたり勉強中もときどきサボったりしていたのだが、さほど効果はなかった。まあ、今思えばゆっくりだったのかもしれないが、ドキドキと鳴る早い鼓動につられて体感時間も早く感じてしまっていた。はぁ……、あと数時間で話し合いか……。気が重い。

「これも思ったより早く使うときがきたな……。」

 そう呟きながら、クローゼットから青と白の長袖ポのロシャツを手に取る。

 花月のもらったときは向こう一年は着ないつもりだったのに。予定は未定とはよく言ったものだ。

「陽輔君、準備できてますか?」

 扉の向こうから心配そうな声が聞こえてくる。花月からはここで、逃げ出してしまうのではないかと思われてしまうのかもしれない。さすがにそんなことはなく着替えを終わらせたら準備は完了するので、その心配は杞憂だ。

 ……まあ、気持ち的には逃げ出したい気持ちは強いですけどね。でも、ここで逃げ出すのはさすがに違うと思う。会う前から逃げ出すのは全員に悪すぎるし、そんなことをしたら俺自身も罪悪感に押しつぶされてしまうだろう。逃げるのは会ってからでも遅くはない。……と、思っておかないとガラスのハートの俺の足が勝手に目的地と逆方向に向かう可能性があるからな。踏ん張る。

「ふぅ……。準備は出来てる。」

 覚悟を決めるため深呼吸をして俺がそう答えると、勢いよく扉が開かれた。

「あ、じゃあ早く下に降りましょう!もうすぐ広田くんが来る時間ですし!」

「急に大きな声出さないでよ……。折角心を固めてたのに、壊れちゃうじゃん……。」

 ジャネンバと戦ってる時のベジータみたいなことはしないで欲しい。

「はいはい。早く行きますよ。広田君を待たせても申し訳ないですし。」

「適当にあしらいすぎでは……。でも、そんなこと言ってもまだ……」

 と、俺が言葉を続けようとしたところで家のチャイムが鳴った。来ちゃったか……。花月に壊された心のガードを再構築してたところなのに……。

「お、良いタイミングですね。」

 いや、最悪のタイミングだろ……。

 とか思っている俺を置いて花月は先に階段の方へと向かう。仕方ない、広田を待たせるのが悪いのは本当だし、行くしかないか……。

 花月のあとに続いて俺も玄関へと着く。花月が扉を開くとそこには広田がいた。

「よ、準備は出来てるか?」

「はい。ばっちりです。」

「何で、お前が答えるんだよ……。」

 今のどう考えても俺への質問だろ。

「じゃあ、大丈夫だな。」

「お前も納得するなよ。」

 何で、俺の感情が勝手に決められてるんですかね……。勝手に会話しちゃダメって親に教わらなかったのか。そんなこと俺も教わってないですね、はい。

「いや、花月さんが大丈夫っていうなら大丈夫だろ。」

「まあ、そうなんだけどな……。」

 それに関しては異論はない。ていうか、そんなに会ってないはずなのに花月への信頼度高いですねあなた……。

「じゃあ、早速いくぞ。菊原を待たせるのも良くないからな。」

「はぁ……。はい、分かったよ。」

「では、首尾よくお気をつけて。」

 花月の良く分からない挨拶に俺と広田は返し、家を出ていく。

 ……花月のあの言葉、準備してたんだろうか。

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